勤務先でグラドル時代を「人生の汚点」と言われ…「100万人に2~3人」の病気に苦しむ30才女性が、それでも芸能活動を続けるワケ
◆わんこそばの250杯は「16人前くらい」
--ご家族も身長が高いとか。
生田:そうですね。父は187センチありますし、私も小6の時点で168センチありましたから、その血筋を引いたなとは感じます。ただ早生まれだったこともあって、小学校くらいまでは背の順で一番前だったりもしました。10歳くらいのときに急に伸びたんですよね。
生田:そうですよね(笑)。中学3年生のときにバスケ部だったのですが、当時は250杯平らげたんですよね。実際に記録も残っています。ちょうど通常のそばで言うと、16人前くらいだと言われています。重さだと4~5キロといったところでしょうか。
◆もともとは役者志望だったが…
--衝撃の胃袋です。その生田さんがグラドルを目指したきっかけが気になります。
生田:高校時代は役者を目指していたんです。ただ、大学で地元の岩手県から上京したタイミングで10キロくらい増えてしまって……。すると、グラビアのお仕事ばっかりくるようになって。始めてみると面白かったし、家族には「大学在学中に芽が出なかったら辞めるから」と約束していたので、自分なりに認めてもらえるように頑張った感じです。
--ご家族の受け止めは。
生田:グラビアには否定的でしたね。特に母は、「肌を露出する必要があるの?」と言っていました。家族は私を愛してくれますが、地方の堅牢な価値観ではあるので、娘が人前で肌を露出することに抵抗がかなり強かったようで。
--帰省のたびにちくちく言われる。
生田:いや、そういうことはないんですが、どっちかというとグラビアの話は我が家ではタブーです(笑)。その話題以外であれば仲良く話ができるので、私もそれでいいかなと思っています。
--結局、「大学在学中に芽が出なかったら辞める」は履行したのでしょうか。
生田:そうですね、大学卒業後、2年制の保育の専門学校へ行き、保育士資格を取得しました。それで、実際に保育園に勤めました。大学在学中にいろいろ考えたんですよ。私の性格上、一般企業への就職は向かないだろうなぁとか。でもアルバイトでやっていた子どもたちに対する水泳の指導は好きだったから、きっと子どもに関わる仕事ならば続けていけるだろうと思って。
