「低い椅子から立ち上がりにくい」は危険?甲状腺の異常から起こる初期症状と原因
甲状腺中毒性ミオパチーは、初期の段階では症状が軽いため、日常生活のなかで見過ごされやすい病態です。このセクションでは、発症初期に現れやすい筋力低下や疲れやすさのサインを具体的に紹介します。どのような身体の変化に注目すべきか、確認していきましょう。
監修医師:
井筒 琢磨(医師)
2016年仙台市立病院循環器内科
2019年江戸川病院糖尿病・代謝・腎臓内科
2023年岩手県立中央病院糖尿病・内分泌内科 兼 救急診療科
2023年医療法人社団啓愛会理事
2026年孝仁病院美希病院
所属学会
日本医師会 産業医
日本循環器学会 循環器専門医
日本糖尿病学会 糖尿病専門医
日本内科学会 総合内科専門医
甲状腺中毒性ミオパチーの初期症状①:気づきにくい身体の変化
甲状腺中毒性ミオパチーとは、甲状腺ホルモンが体内で過剰になる(甲状腺機能亢進症)ことで、全身の筋肉(筋組織)に障害が生じる病態です。「ミオパチー」とは筋肉そのものの病気を意味します。初期の段階では症状が比較的軽度で徐々に進行するため、日常生活の中で見過ごされやすいという特徴があります。このセクションでは、発症初期に現れやすい身体のサインについて解説します。
筋力低下から始まる初期のサイン
甲状腺中毒性ミオパチーの初期症状として、まず顕著に現れるのが「筋力の低下」です。特に、体幹(身体の中心)に近い部位の筋肉(近位筋:きんいきん)である、太もも、腰まわり、肩、腕の付け根などに力が入りにくくなりやすいとされています。
日常の動作に置き換えると、筋肉痛のような症状や、以下のような小さな違和感から始まります。
・低い椅子や和式トイレから立ち上がるときに、膝を手で押さえないと立てない
・階段を上がるときに、以前より足が重く感じて手すりが必要になる
・洗髪時や洗濯物を干すときに、腕を上げ続けるのがつらくなる
この筋力低下は一朝一夕で起こるのではなく、じわじわと進行します。そのため、多くの患者さんが「最近運動不足だから」「年のせいかな」と自己判断してしまい、受診が遅れてしまうケースが少なくありません。
また、筋力低下と同時に「筋肉の疲れやすさ(易疲労性:いひろうせい)」も初期から現れます。少し歩いただけで脚全体がパンパンに張り、すぐに足がだるくなる、長時間の立ち仕事が続かないといった症状です。さらに、甲状腺機能亢進症の代表的な全身症状(動悸、汗をかきやすい、手が細かく震える、しっかり食べているのに体重が減る、イライラ感など)を伴うことも多いため、これらのサインが重なっている場合は注意が必要です。
日常生活で見落としやすい症状の特徴
初期段階では、筋力低下の程度が軽いために、日常生活への支障がそれほど大きくないことがあります。たとえば、「最近、階段を上るのが少ししんどくなった」「重いものを持つのが以前より大変になった」といった、わずかな変化として現れるケースが多いです。
こうした変化は、仕事や家事が忙しいと見過ごしてしまいやすく、ほかの疾患との区別も難しいことがあります。特に、更年期障害や加齢による筋力低下(サルコペニア)、慢性疲労症候群、うつ状態などと症状が重なりやすいため、専門医による慎重な鑑別が必要とされています。
注意すべき点として、甲状腺中毒性ミオパチーでは筋肉が萎縮する(やせていく)ことがあります。腕や太ももの筋肉がふっくらとしていたのに、服のサイズ感が変わり、なんとなく細くなってきたと感じる場合は、ミオパチーの進行を示しているサインである可能性があります。
また、筋肉の痛み(筋痛)が現れることもありますが、すべての方に痛みが出るわけではありません。痛みがないからといって安心せず、筋力の低下や疲れやすさを感じる場合は、早めに医療機関を受診することが望ましいといえます。日常の小さな変化や不便を感じた動作をノートに記録しておくと、受診時に医師へ正確に伝えやすくなります。
まとめ
甲状腺中毒性ミオパチーは、甲状腺ホルモンの過剰によって全身の筋力低下が引き起こされる病態です。初期段階では立ち上がりにくさや階段の上りにくさといった「近位筋の力が入りにくくなる症状」から始まり、放置すると日常生活に大きな影響を及ぼします。
しかし、早期に正確な診断を受け、原因となっているバセドウ病などの治療を開始すれば、筋力の回復を十分に目指すことができます。手足の力の入りにくさや理由のないだるさを感じた際は、決して放置せず、早めに内科や内分泌内科を受診して専門医にご相談ください。
参考文献
筋疾患(ミオパチー)について | 国立精神・神経医療研究センター
糖代謝と甲状腺ホルモン | 日本内分泌学会
甲状腺機能亢進症・バセドウ病|一般社団法人 日本内分泌学会

