松原のぶえさん 急死 65歳 10日までコンサート出演「元気そうに歌っていたのに…」
「おんなの出船」などで知られる演歌歌手の松原のぶえ(まつばら・のぶえ、本名広原伸恵=ひろはら・のぶえ)さんが13日午前5時24分、都内の病院で死去した。65歳。大分県出身。葬儀は近親者で行う。お別れの会については検討中。3日前までコンサートに出演するなど元気な姿を見せており、突然の旅立ちに歌手仲間や音楽関係者の間に動揺が広がった。
関係者によると、松原さんは13日未明、東京都品川区のマンションから病院に搬送された。弟で所属事務所社長の広原伸輝氏が見守る中、死亡が確認された。事件性はなく病死とみられる。
今月10日、長崎県内で行われたコンサートにゲスト出演し、力強い歌声を響かせたばかりだった。17日放送予定のBSフジ「昭和歌謡パレード」には北島ファミリーの一員として収録に参加し、11月27日には「令和・歌の祭典」への出演も予定していた。新曲のレコーディングも行っているさなかだったといい、音楽関係者は「元気そうに歌っていたのに…」とショックを隠せずにいる。
幼少期から腎臓が悪く慢性腎不全を抱えていた。利尿剤を服用するなど仕事をしながら闘病し2007年からは人工透析を始めた。09年に伸輝氏から左腎臓の提供を受け8時間に及ぶ移植手術を敢行。無事に成功し、その後も精力的に歌手活動を続けた。
松原さんは大分県の山間部で育ち、歌が大好きな子供だった。中学生の時には、片道4時間半かけて福岡県のタレント養成所に通い、中学3年の時に北島音楽事務所にスカウトされ上京。北島ファミリーのアイドル的な存在で丁寧に育てられ“箱入り娘”と称されることもあった。
79年に「おんなの出船」でデビューすると演歌界の新星としてたちまち話題に。ファルセット(裏声)を利かせながら♪涙、涙、涙枯れても--と失恋の痛みを歌う歌詞が人気を集め、その年の日本レコード大賞の新人賞など各賞を総なめした。
85年に同曲でNHK紅白歌合戦に出場。「蛍」などのヒット曲にも恵まれ、92年まで7回出場した。89年には女性演歌歌手に贈られるレコ大の美空ひばり賞の第1回受賞者になった。
私生活では92年に当時のマネジャーと結婚。02年にはその夫を社長にして北島音楽事務所から独立したが、03年に離婚。その後は伸輝氏が社長を務める現在の事務所で、歌手活動を行っていた。精力的に各地でコンサートを行い、カラオケ教室で受講者に指導も行うなど生涯を歌にささげた。
松原 のぶえ(まつばら・のぶえ、本名広原伸恵=ひろはら・のぶえ)1961年(昭36)7月18日生まれ、大分県出身。79年に「おんなの出船」でデビュー。87年に森昌子さんのカバー曲「なみだの桟橋」がヒット。90年に「蛍」で日本レコード大賞で最優秀歌唱賞を受賞。99年にカナダのトロントでチャリティーコンサートを開催。趣味はキャンプ。血液型O。

