タブーはなぜタブーなのか…村田沙耶香の終わらない問いかけ
世界的大ヒットロングセラー『コンビニ人間』の作者、村田沙耶香さん。
2003年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)を受賞しデビューされたのち、2016年「コンビニ人間」で芥川賞、2025年『世界99』で野間文芸賞を受賞。『消滅世界』が米SF・ファンタジーの文学賞ローカス賞(翻訳部門)にノミネートされるなど、国内外から大きな注目を集めています。
そんな村田さんの貴重な未収録短編「水槽」(群像2005年5月号掲載)が、このたび『清潔な結婚』(講談社文庫)に収録されて登場。
書かれた時期も文体も異なる全4編を収めた本書の刊行を記念し、現代日本文学やトラウマ研究などを専門とする文学研究者の岩川ありささんを聞き手に迎えた村田沙耶香さんのロングインタビュー「小説を裏切らず、変わらずに書き続ける」(「群像」2023年6月号掲載)を再編集してお届けします。
こんなにも世界を信じて
岩川 二〇一二年刊行の『しろいろの街の、その骨の体温の』で第二十六回三島由紀夫賞と、第一回フラウ文芸大賞を受賞なさいました。結佳さんという人が主人公で、小学校のころ一緒にいた信子さんや若葉さんとの関係性が、中学校に上がるとだんだん変化していき、「スクールカースト」みたいなものができていきます。この小説の中の、結佳さんと一緒に習字を習っている伊吹陽太という存在に惹かれたのですが、彼はどのように生まれてきた人物なのでしょうか。
村田 クラスメイトたちの似顔絵と名前を小学校時代と中学校時代それぞれ全部びっしり描いたのですが、伊吹は小学校と中学校であまり顔立ちが変わりませんでした。最初は違う似顔絵も描いていて、中学生になった伊吹がとても嫌な、ミソジニー的な人だったこともありました。けれど主人公とむしろ価値観が一致してしまって、会話させても化学変化のようなことが起きなかったので、違う感じの人になりました。
私自身が中学生の時クラスでいろんなことが起きているのに、ものすごく幸せな目で全部が見えている感じの友達がいて、尊敬していたんです。その友人や、また他にも何人かの方のイメージを混ぜながら、少しずつ伊吹ができていきました。
岩川 伊吹はいつも魔法のようなことを簡単にしてしまうと結佳さんは感じているのですが、村田さんにとって伊吹とはどのような存在でしょうか。
村田 汚さや醜さって、なんとなく「本当の側面」として描きやすいですが、現実にはそうではない人とお会いすることってありますよね。自分が幼少期に感じた飢餓感が全くないような人を想像していました。たまに何でこんなに健全で、満たされていて、世界を信じているのかという人と会話をして、こんな精神構造の人がいるんだ、と思うことがあるのですが、そういう人の喋り方や表情と今思うとなんとなく似ているかもしれないです。
予測できない主人公たちのまじわり
岩川 もう一人、信子さんという、中学校に上がってみんなに疎まれる状態になっていく人物が出てきます。信子さんは自分の世界を守っていて、教室で常に空気を震わせる。つまり、自分の存在とか尊厳みたいなものをずっと自分で持ち続けて、怒りも隠さない。それを見て、結佳さんの見方も変化する場面がありますが、このシーンを書きたくてデビューからずっと思春期の女の子を書いていたんじゃないかというほどの手応えがあったと以前おっしゃっています。それはどのような感触でしょうか。
村田 「美しい」という言葉を主人公の結佳が信子に対して使ったときに、少し驚きました。そういうことを言い出すと思わなかったので。思春期の女の子を書いても書いても書き終わらなかったのですが、このときすごくすっきりしたので、結佳の内面の化学変化みたいなもので一旦、自分の書きたい欲望が昇華したような感覚がありました。
でも結局、今も書いているので、書き終わってはいなかったのですが。小説の登場人物が自分には想像できないことをするとなんとなく粉々になるのですが、このときも、この小説だけではなくもっと長い何かを一旦書き終わったような感覚に陥りました。
岩川 最後の信子さんへの捉え方もそうですし、結佳さん自身、自分の体とか性器であるとか欲望の捉え方が変化していって、自分の欲望は奏でるものだったというところにたどり着いていきます。解説の西加奈子さんもおっしゃっていますが、自分の美しさを見つけるという価値観の転倒が起こっていますよね。
村田 最初、思春期の女の子を徹底的に書こうと思ったときは、もっとグロテスクな終わり方をすると思っていたので、うれしかったですね、書けて。珍しく読後感がそこまで嫌じゃないともよく言われます(笑)。
素朴な疑問を留めていくこと
岩川 続いて、二〇一四年に「殺人出産」を発表なさっています。十人産んだら一人殺していいという殺人出産システムが導入されている世界です。
村田 最初は、殺意を抱えた人が自助グループで殺さないように励まし合うみたいな話を書いていたのですが、あまりうまくいかず……。一旦全部捨てて書いたのが、十人産んだら一人殺してもいい世界の話でした。詰まったときに全部捨てるというのは最近たまにやるのですが、このときが最初だった気がします。殺意というテーマは変わらず、うまく説明できないのですが自分にとってはむしろリアリズムなんです。
岩川 殺意とか、ある意味タブーになっていることを問うていくという意識はありますか。
村田 タブーとされていることが何でタブーなのかということは、子供のころから無邪気によく考えていて、ずっと興味があります。「何で人を殺しちゃいけないのかな、じゃあ死刑はなんであるのかな」というような、小学生が抱くような素朴な疑問を執拗に考えるのが幼少期から好きで、今も変わっていなくて、子供っぽいのだと思います。
岩川 それを考えて考え抜いたときに、「殺人出産」のこの世界が出てきたのでしょうか。
村田 一旦全部捨てたときに自然にそうなったんです。たぶん、捨てる前に書いていた物語の中に眠っていたものが出てきたんだと思います。殺意に興味があるのと、千人人間を与えられて、それを十万年滅ぼさないようにしてください、と言われたらどうするかなあ、という想像をなんとなくよくしているんです。家族システムではない仕組みで存続している人類を想像するのが好きみたいです。
岩川 そのテーマは二○一五年の『消滅世界』とつながりますね。
村田 確かに。「殺人出産」は中篇だったので、もうちょっと長くそういう想像をしてみたくて書いたのが『消滅世界』です。当時、自分の友人がマッチングアプリで結婚して、友愛に近い関係なので性行為はお互いにあまりしたくないけれど、排卵日にしなければいけなくて苦しいという話を聞いて、性愛と出産が切り離されている世界をよく想像していました。今の世界で生きづらい人にとってのユートピアを小説の中に構築したかったのですが、なぜかだんだんと恐ろしい雰囲気になってしまって不思議だったのを覚えています。
岩川 『消滅世界』の最後に、千葉の実験都市が出てきます。みんなが「おかあさん」で、子どもたちの表情がまるきり同じになっています。楽園(エデン)システムと呼ばれる世界ですが、このあたりが不気味に映ったひとも多いのではと思います。
村田 あらかじめ設定を考えてつくったのですが、その当時の創作ノートを見ると、同じ顔をした子どもの絵がいっぱい並んでいて、みんなニコニコしているけど、ちょっと怖いんです。実験都市の世界になると、なぜなのかわからないですが、書いていて気持ちが悪いなと思うところもありました。
(2023年3月27日 講談社にて)
→対談の続編「“ここ”から世界へ、村田沙耶香にとっての『コンビニ人間』」は9月7日に公開予定です。
【こちらも読む】村田沙耶香が追求する「家族」がはらむ翳りとは
