「そんな使い方、もったいないよ」〈年金月24万円・72歳夫婦〉4,500万円で建てた自宅を売却した“本当の理由”
子育て中に建てた広い一戸建ては、家族の思い出が詰まった大切な財産です。住宅ローンを完済すれば、「あとはここで老後を過ごすだけ」と考える人もいるでしょう。しかし、家族構成や生活が変わっても、住まいを維持するための手間や費用はなくなりません。長年大切にしてきた家だからこそ、手放す判断が難しくなることもあります。
「せっかく建てた家だから」夫婦が手放せなかった自宅
浩一さん(仮名・72歳)と妻の由美子さん(仮名・70歳)は、夫婦合わせて月約24万円の年金で暮らしています。
2人が暮らしていたのは、約30年前に4,500万円ほどかけて建てた4LDKの一戸建てです。
2人の子どもを育てることを考え、リビングを広く取り、それぞれに子ども部屋も用意しました。庭ではバーベキューをしたり、夏には小さなプールを出したりしたといいます。
住宅ローンはすでに完済。子どもたちも独立しています。
「ここまでお金をかけて建てた家なんだから、最後まで住むものだと思っていました」
しかし、夫婦二人になると、4LDKのうち日常的に使うのはリビング、寝室、キッチンくらいになりました。
2階にある子ども部屋はほとんど使いません。それでも窓を開けて換気をし、時々掃除をします。
庭も同じでした。
以前は由美子さんが花を植えていましたが、70歳になるころには規模を縮小。それでも雑草は伸びるため、浩一さんが定期的に草を刈ります。
さらに、築30年を迎えた家では、設備の修理や交換も続くようになりました。ある年には給湯器を交換。その後、外壁や屋根についても業者からメンテナンスを勧められました。
「ローンは終わったのに、家ってずっとお金がかかるんだな」
浩一さんがそう漏らしても、売却までは考えませんでした。
総務省『令和5年住宅・土地統計調査』によると、高齢者のいる夫婦のみの世帯の87.6%は持ち家に暮らしています。浩一さん夫婦にとっても、自宅を所有していることは老後の安心そのものでした。
しかし、県外で暮らす長女が帰省したときのこと。由美子さんが「今年は屋根も見てもらわないといけないの」と話すと、長女は家の中を見回して言いました。
「でも、この家って今、ほとんど二人で使ってないよね?」
「そうだけど、家は放っておけないでしょう」
そう答えると、長女から返ってきたのが、思いがけない言葉でした。
「お金もそうだけど、二人の時間をそんな使い方するの、もったいないよ」
娘の一言で変わったこと
長女が帰ったあとも、由美子さんはその言葉について考えました。「お金」ではなく「時間」と言われたことが引っかかったのです。
振り返れば、夫婦は家を維持するために予定を組むことが増えていました。庭の手入れ、設備の点検、業者との打ち合わせ。長く家を空けるときには防犯も気になります。
その一方、2階の子ども部屋に入るのは月に数回程度です。
4,500万円かけて建てたことも、30年以上住んできたことも事実です。ただ、それはこれからも住み続ける理由とは別なのではないか--。夫婦は初めて、そう考えるようになりました。
国土交通省『令和5年住生活総合調査』では、65歳以上の夫婦世帯が今後の住み替えで住宅の質について重視する項目として、「高齢者への配慮(段差がない等)」が約21%、「広さや間取り」が約19%、「維持管理のしやすさ」が約10%となっています。
夫婦はその後、駅から徒歩圏内にある2LDKの中古マンションを見に行きました。最初に浩一さんが口にしたのは、「狭いな」という感想でした。
ところが、由美子さんは違いました。
「でも、全部使う部屋じゃない?」
その言葉で、浩一さんの見方も変わりました。
戸建てを売却すると、土地の価格もあって3,000万円台後半で買い手がつきました。その資金の一部を中古マンションの購入に充て、残りは預貯金と合わせて今後の生活資金として確保しました。
引っ越して数ヵ月後、由美子さんは以前から行きたかった3泊の旅行を予約しました。
「前だったら、庭が気になるとか、帰ったら草刈りしないととか考えていたと思います」
浩一さんも、新居では2階へ上がる必要がなくなり、家の周囲を見回って手入れすることもありません。
もちろん、マンションでは管理費や修繕積立金などが毎月発生します。
総務省『家計調査報告〔家計収支編〕2025年平均結果の概要』によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯では、月の可処分所得は平均22万1,544円、消費支出は26万3,979円です。 住み替えでは購入価格だけでなく、毎月の固定費を継続して負担できるかも確認する必要があります。
浩一さん夫婦も、管理費などを含めた住居費を試算したうえで購入を決めました。
「前の家が嫌になったわけじゃないんです。子どもを育てるには、本当にいい家でした」
家族4人だったころに必要だった住まいが、夫婦二人になったあとも最適とは限りません。一方、長年住んだ家には思い出もあり、建築や購入にかけた金額が大きいほど、「手放すのはもったいない」と感じることもあるでしょう。
しかし、過去にいくらかけたかと、これからの暮らしに何が必要かは別の問題です。浩一さん夫婦の場合、家を売る決め手になったのは維持費そのものではなく、使わなくなった空間を維持するために、これからの時間まで使い続ける必要があるのかと考えたことでした。

