私たちの宇宙には、目には見えないものの、重力によってその存在を知ることができる「暗黒物質(ダークマター)」があると言われています。暗黒物質が存在するかどうか、あるとすればそれはどんなものでできているのかは、物理学の歴史の中では100年近くの謎ですが、現在最も有力視されているのは「WIMP(弱く相互作用する大質量粒子)」という未知の粒子でできているという説です。


【▲ 図1: LZ実験の分析結果を表したグラフ。緑色矢印の先端にある黒い点が、暗黒物質の “兆候” かもしれないとされる興味深い信号「LZ230616」です。(Credit: LZ Collaboration / 筆者(彩恵りり)により一部加筆)】

地下約1500mに設置された装置で観測を行っている国際研究「LZ実験(LUX-ZEPLIN Experiment)」は、山形県で行われていた国際会議にて、WIMP=暗黒物質によるものかもしれない、1つの興味深い信号を見出したと公表しました。


注意しないといけないのは、現時点では暗黒物質の “兆候” を捉えた可能性はあるものの、暗黒物質の “発見” とは言えないということです。


しかし、LZ実験で示された信号はいくつかの点で非常に興味深いものです。はっきりしないという点で、決して大げさに捉えてはいけませんが、それでも世界中の物理学者がこの “兆候” かもしれない信号に注目しています。


見えない重力源「暗黒物質」

私たちの宇宙には、無数の恒星が集まった銀河という構造があります。銀河内の恒星はかなり早いスピードで動き回っているため、そのままだと銀河はバラバラになってしまいます。何十億年という時間の中で銀河が維持されるには、重力によって恒星を引き留めておく必要があります。


【▲ 図2: 重力は距離が長くなるほど弱くなることから、銀河の恒星の動きは、銀河の中心から離れていくに従い遅くなるはずです。しかし実際に測ってみると、外側に行ってもほとんど変わらないか、むしろ速くなることがあります。(Credit: Stefania.deluca)】

しかし、望遠鏡で銀河内の恒星の動きを観察すると、恒星が動くスピードは重力で引き留める力よりもずっと速く動いていることが分かっています。この矛盾は、銀河の重力を、恒星のような目に見える物質の重力だけで計算しているために生じると考えられています。つまり、銀河の中に “目に見えない物質” による重力があれば、銀河内の恒星をつなぎとめられるというわけです。


【▲ 図3: 大型電波干渉計ALMAの観測データを元に描かれた暗黒物質の密度ムラ。直接このように見えることはないのですが、重力による影響をきちんと分析すると、暗黒物質の有無だけでなく濃度を知ることもできます。(Credit: ALMA(ESO, NAOJ & NRAO) & K.T. Inoue et al.)】

この、未知の重力源を構成する目に見えない物質は「暗黒物質(ダークマター)」と呼ばれています。本格的にその存在が予想されたのは、暗黒物質の名付け親でもあるフリッツ・ツビッキーの1933年の研究に基づきます。


そして暗黒物質は、宇宙にある物質全体の約84%を占め(※1)、目に見える普通の物質の5倍以上もあると考えられています。暗黒物質は決してレアな存在ではなく、むしろ普通の物質でできた私たちの方が、宇宙では少数派ということになります。


※1…暗黒エネルギーを除く。


しかし、そんな宇宙の多数派である暗黒物質の正体は、理論提唱から100年近く経った現在でも不明のままです。その大きな理由は、可視光や電波など、電磁波による観測手段が使えないためです。


暗黒物質は「目には見えない」と表現されますが、これはもう少し正確に言えば、電磁波とほとんど相互作用しない、あるいは全く相互作用しないということになります。何十億光年という距離を伝播し、重力より何十桁も強い力である電磁気力による観測手段が機能しないことは、暗黒物質の正体探しを大きく阻んでいます。


「LZ実験」は、過去最高レベルのWIMP探索

目には見えず触れられない、ほとんど幽霊のような暗黒物質ですが、見つける手段が全くないわけではないかもしれません。長年の研究により、暗黒物質の正体は「WIMP(弱く相互作用する大質量粒子)」である可能性が高いと有力視されているためです。WIMPは、現在の標準的な理論では予言されていない未知の粒子です。


重要なのは、WIMPは、ごくわずかながら原子核と衝突する可能性があると考えられていることです。暗黒物質は目に見えないだけで、地球の周辺にもたくさんあるはずです。WIMPの性質が予想通りであるならば、大半は地球を貫通していく一方、原子核に衝突する可能性もゼロではないはずです。つまり暗黒物質の正体がWIMPであるならば、地上にある検出器で暗黒物質を発見できる可能性があるのです。


【▲ 図4: LZ実験で使われている検出器本体の外観写真。(Credit: Matthew Kapust & Sanford Underground Research Facility)】

今回取り上げる「LZ実験(LUX-ZEPLIN Experiment)」は、WIMPの検出を試みる主な国際研究の1つです。LZ実験は、前身となる2つの国際研究(※2)の研究者が合流する形で2021年に始動したものであり、39の研究機関に属する250人の研究者や技術者が名を連ねています。


※2…「LUX実験(大規模地下キセノン実験)」と「ZEPLIN実験(液体貴ガス領域分割型比例シンチレーション実験)」。


LZ実験では、アメリカ・サウスダコタ州の地下約1500mにある「サンフォード地下研究施設」に設置された観測装置を使っています。本体は約10トンの超高純度液体&気体キセノンが入ったタンクであり、内側の天板と底板には光を検出するセンサーが張り巡らされています。


【▲ 図5: 検出の様子の概略図。粒子がタンク内のキセノンと衝突すると、まずは光と電子を出します。電子は電場によって上向きに移動した後、特定の環境に置かれることで別の光を出します。LZ実験ではこの2つの光を分析することで、暗黒物質の影響か否かを判断します。(Credit: Greg Stewart & SLAC National Accelerator Laboratory)】

観測の仕組みを簡単に説明するとこうなります。WIMPがキセノンという物質の原子核に衝突すると、WIMPから原子核にエネルギーが伝わり、最終的に光を放出するだけでなく、原子核の外側にある電子を原子からはじき出します。はじき出された電子は、あらかじめ与えられた電場に沿って上方向へと輸送され、最終的に環境が変化したタイミングで(※3)、先ほどとは別の光を出します。


※3…LZ実験では、タンク内の液体キセノンと気体キセノンの境目で、電場が大きく変化するように設計されています。


原子核とWIMPの衝突によって生じた光は上下のセンサーが捉えますが、はじき出された電子による光は上にあるセンサーのみが捉えます。この2種類の光の波長、強さ、時間差を測定することで、この光がWIMPで生じたものなのか、それとも全く無関係のノイズなのかを区別することができます。この工夫によりLZ実験は、WIMPを観測する実験の中でも最高レベルの感度を誇っています。


暗黒物質の “兆候” を捉えた可能性!?

【▲ 図6: LZ実験で分析されたデータのグラフ。赤色の帯は原子核、青色の帯は電子に関連する現象で発せられる信号が、理論的にはこの位置に現れることを示しています。今回注目された信号LZ230616は、青色の帯からは外れているものの、赤色の帯とはかなり近い位置にあることが注目ポイントの1つとなっています。灰色の点線枠は今回の研究の分析範囲。(Credit: LZ Collaboration)】

LZ実験の最新の成果は、山形県天童市で行われていた国際会議「TeV Particle Astrophysics 2026」にて発表され、2026年9月1日付(日本時間同日23時)で資料が公表されました。2023年3月27日から2024年4月1日にかけて収集された220日間のデータを分析したところ、1700個以上の信号のうちたった1つだけ、興味深い性質を持っていることが分かりました。


この興味深い信号「LZ230616」は、先述の2種類の光から表されるグラフの中の、ポツンと孤立した位置にあります。LZ230616の性質は、原子核とWIMPが衝突した時に生じる信号ととても似ています。LZ230616を発生させたのがWIMPである場合、それは最低でも200GeV、恐らくは1000GeVの重さを持つ粒子であることを示しています。最低値で見ても陽子の200倍以上、ラドン原子やポロニウム原子の重さに匹敵し、発見されているどの素粒子よりも重い値であることになります(※4)。


※4…既知の素粒子で最も重い素粒子であるトップクォークは約173GeVです。


もしもLZ230616がWIMPによって生じた信号であるならば、それは暗黒物質が存在することを示した初めての信号となるでしょう。しかし現時点では、LZ230616という1つの信号しかなく、また発見の確かさを示す有意性は2.6σです(※5)。簡単に言うと、全くの偶然にノイズが重なったか、あるいはすでに知られているが想定されていなかった稀な現象によって、WIMPのような信号が生じた可能性を、十分に排除できていないということです。


※5…後述する「どこでも効果」を考慮した大局的有意性が2.6σ。局所的有意性は3.4σ。


素粒子物理学では、有意性の値を5σ以上にしなければ “発見” と表現することはできません。このため、現時点ではLZ実験の結果は、暗黒物質の “発見” ということはできず、 “兆候” と表現されます。また、 “兆候” であると確定したわけでもないため、「兆候である可能性」というような、慎重な表現が使われています。この点はLZ実験に関わった研究者も、内容を過度に解釈しないようにクギを刺しています。


“発見” ではないが注目されている理由

とはいえ、発見とは言えない、兆候かもしれないという段階にも関わらず、物理学のコミュニティは大いに盛り上がっています。これには理由がいくつかあります。


例えば、LZ230616が容器のタンクの中央付近で生じた信号だという点が理由として挙げられます。タンクの内壁近くの場合、タンクの外にある放射性物質や宇宙線由来の放射線、それに実験装置の仕様によって、一見するとWIMPに見えるが全く無関係のノイズが多く発生しています。


しかし、LZ230616はこれらのノイズの発生が考えにくいタンクの中央から発生したという点が異なります。無関係のノイズであるという可能性が低い領域で見つかったという点から、LZ230616はノイズではなく、真の信号の可能性があるとして注目されているのです。


LZ230616が無関係のノイズである可能性の低さは、別の観点からも説明されます。LZ230616の信号の性質を、中性子やニュートリノなど、LZ実験で生じるノイズと比較すると、性質がほとんど似ていないことが分かっています。研究者に知られているノイズではLZ230616のことを説明できないことが、LZ230616がWIMPによるものである可能性を高めています。また、もし仮にLZ230616がWIMPによるものでないとしても、それは研究者もあまり想定していないような稀な現象を捉えていることを意味します。


また、LZ230616がたった1個の信号ながら注目されている理由には、 “塩漬け(salting)” というプロセスをクリアして見つかった信号であるという点も挙げられます。このようなプロセスを入れるのは、素粒子物理学の分野において起きうる「どこでも効果」を防ぐためにあります。


どこでも効果とは、本来なら意味を持たないノイズが、偶然に意味があるものがあるように見えてしまう効果です。LZ実験のような膨大なデータを蓄積・分析する実験では、どこでも効果が起きやすくなります。これは、本来ならランダムでしかない夜空の星々の配置から、柄杓や大三角形のような構造が見えてしまうことと似ています。何か意味があるように見えることと、実際に意味があるかどうかは別問題なのです。


LZ実験の “塩漬け(salting)” は、どこでも効果をそのまま避けるのは難しいことから生まれた工夫です。統計分析を行う前のデータには、コンピューターが作り出した偽の信号がわざと混ぜられています。これが “塩漬け” です。この段階では、偽の信号がどれであるかを知る人はいません。


分析前のデータには偽の信号が混ざっていますが、分析方法がきちんとしていれば、偽の信号と真の信号を見分けることができます。分析後、答え合わせである “塩抜き(unsalting)” を行い、きちんと偽の信号が除去されているのかを確認します。除去がうまくいっていると分かれば、その分析方法はしっかりとしていると分かるわけです。LZ230616は、この “塩漬け” と “塩抜き” を経てもなお残っている外れ値です。


暗黒物質の “発見” となるかどうかはもう少し時間がかかる

繰り返しになりますが、今回のLZ実験の結果は、現時点では兆候である可能性の段階であり、発見ではありません。更なる実験で、これが暗黒物質の発見となるか、それとも夢幻に消えるか、どちらもあり得る未来です。


例えば1973年には「(フレーバーを変える)中性カレント」と呼ばれる現象の正確な性質に関する議論がありました。始めは中性カレントに関連する信号は数が少なく、他の解釈も可能であったため、 “兆候” という扱いでしたが、その後信号が増えたことで “発見” と表現されるようになりました。この中性カレントの発見は、ほぼ同時期に提唱された「小林・益川理論」の正しさの証明に繋がることになります。
一方で、いつもこのようにうまくいくわけではありません。例えば2015年の “ディガンマ” は、非常に重い未知の素粒子か、その共鳴状態の兆候かもしれないとして、一時注目を集めました。しかし翌2016年になると、これは統計的揺らぎに生じた幻の信号であることが確認されており、残念ながら兆候は消えてしまいました。


LZ実験では、すでに700日以上の観測データが蓄積されています。今後分析が行われることで、LZ230616と似たような信号があるかどうか、そしてこれが暗黒物質のものであるのかどうか、よりはっきりとした結果が得られるでしょう。今後1~2年が重要かもしれません。


LZ実験に所属する研究者の発言

“We’re very intrigued to see this event in the data, in the region where we expect dark matter to show up and the competing backgrounds are very low. With only one event, we don’t want to get ahead of ourselves. We are not claiming to have seen dark matter. But we have seen something interesting that we want to share with the scientific community for their input.”


(私たちは今回の事象が、暗黒物質の兆候が現れると予想され、かつ競合する背景事象が極めて少ない領域において観測されたことに、とても強い興味を持ちます。たった1つの事象で、私たちは結論を出すつもりはありません。私たちは暗黒物質を観測したと主張しているわけではありません。しかし、興味深い現象が観測されたため、科学コミュニティの皆様のご意見を伺いたいと考えています。)
-Rick Gaitskell氏(ブラウン大学 & LZ実験広報担当者)


“This is the first example in any experiment I've worked on of an outlier that appears valid in every way. Of course, we're still twisting our brains trying to think if there's a rare background mechanism we could've missed, but it's thrilling to wonder if this could be the first hint of a dark-matter observation.”


(この外れ値は、私がこれまで携わってきた実験の中で、あらゆる点で妥当と思われる最初の例です。もちろん、見落とした可能性のある稀な背景事象のメカニズムがあるのではないかと、今も頭を悩ませていますが、しかし、これが暗黒物質を観測した、最初の兆候かもしれないと考えると、胸が高鳴ります。)
-Aaron Manalaysay氏(ローレンス・バークレー国立研究所 & LZ機関理事会議長)


ひとことコメント

暗黒物質の発見かどうかは今は決定できない。はっきりとした結果はもう少し待つべし!(筆者)


 


文/彩恵りり 編集/sorae編集部


関連記事謎の重力源「暗黒物質」の痕跡を「重力波」から見つけたかもしれない?(2026年6月14日)暗黒物質由来? 天の川銀河中心方向でハロー状のガンマ線放射を発見(2025年11月27日)暗黒物質を“燃料”にする「暗黒矮星」の存在が予測される(2025年9月9日)ビッグバンは「2回」あった? 暗黒物質を生み出した「暗黒ビッグバン」が提唱される(2023年3月17日)ダークマター(暗黒物質)とは?(2022年12月1日)参考文献・出典The LZ Collaboration. “Search for dark matter particle interactions in an extended nuclear recoil energy window with the LUX-ZEPLIN (LZ) experiment”.(The LZ Dark Matter Experiment)Lauren Biron & Kevin Stacey. “LZ experiment sees surprising result in search for dark matter”.(Brown University)Lauren Biron. “LZ experiment sees surprising result in search for dark matter”.(University of Michigan)“LZ Sees Surprising Result in Search for Dark Matter”. (University College London)