仕事は速く、資料の見栄えはいいけどミスだらけ…日本企業で量産される「AI丸投げ部下」に効く"上司の質問"

■AIによって生まれた新たな上司の悩み
生成AIが職場に普及してから、上司やマネジャーの口から出る困りごとの種類が変わってきた。仕事は速く進むようになった。成果物の見栄えも良くなった。にもかかわらず、どこかがうまくいっていない。
そして、その違和感の多くは、部下本人には見えていない。速く終わり、整った成果物が手元にあるため、上達しているという実感すらあるかもしれない。問題が見えているのは、たいてい上司の側だけである。
では、誰がそれを止めるのか。
最初に思い浮かぶのは、現場の上司だろう。実際、パーソル総合研究所「AI環境における人材とマネジメントに関する定量調査」では、部下の成果を引き出しているマネジャーの行動が明確に特定されている。だが同時に、その上司自身がすでに受けきるのが難しくなっていることも、示されている。本稿では、AI環境で何が起きているのかを確認したうえで、マネジメントをどうアップデートすべきかを考えたい。
まず、現場で何が起きているかを確認しよう。上司の声を聞いていて最初に浮かび上がるのは、「AIによる新しい苦労」の発生である。
パーソル総合研究所の調査によれば、部下のAI利用頻度が高い上司ほど、AI活用に関する負荷が高い。とりわけ部下がヘビーユーザーである場合、「部下のAI作成物に誤りがある」「部下がAI作成物の内容を理解できていない」が突出して高くなる。AIの利用が進むほど本人の理解が伴わなくなるという現象の、上司の側から見た風景である。

■「部下→上司」へ負担が移動
さらに、「部下のAI作成物の確認・修正に時間がかかる」「部下のAI作成物の評価に迷う」「部下ごとにAIツールが異なり運用を揃えにくい」も続く。見かけ上は部下の仕事の効率が上がっているように見えて、それは実は上司の確認工数が増えているだけということもある。
「部下が出す資料がやたら長い資料になって、確認時間が膨大になった」
「一見正しいが、まったくピンとこない提案が多くなった」
「自分で全く考えていないのがバレバレで、仕事への向き合い方に疑問を感じた」
AIによって部下の手元では時間が浮いているようだが、上司の手元へ移動しただけということでもある。

■AIによって変化した仕事の中身
興味深いのは、AI以外の業務についても、上司の負荷構成が変わっていることである。
AIをよく使う職場の上司は、そうでない職場の上司に比べて「評価の実施」「機密情報の管理」の負荷が高い。一方で「部下のプライベートな相談事」「組織内コミュニケーション活性化の推進」の負荷は低い。

評価にまつわる悩みも、上司の口からしばしば出てくる悩みだ。
「AIを作ってできたものが、その人の評価にしていいか悩む」という人とAIの評価の切り分けの話や、「AIで、ほとんど成果に差がつかなくなった」という平準化による話も聞く。
一方、後者のコミュニケーション負荷の低下を、単純に「楽になった」と読むのは危ういだろう。次に詳しく見るとおり、部下の日常の相談はAIへ移りつつある。
■相談されなくなった上司たち
上司の負荷の話を、もう一段掘り下げたい。減った負荷のほうである。

同調査でメンバー層に、上司とAIのどちらがあてはまるかを尋ねた結果は、AIをよく使う層ほど、上司の「相談代替」が進んでいっていることを明確に示している。「相談する頻度が多い」のはどちらかという問いに、AIヘビーユーザーの30.0%がAIと答えている(ライトユーザーは15.8%)。「情報処理・整理ができる」ではヘビーユーザーの29.5%が、上司ではなくAIを選び、逆転した。
先ほど見た相談負荷の軽減は、全体の相談が減ってきたことにつながりそうだ。しかし、相談の現象は、部下の情報を得る回路が細くなっていることも同時に意味する。「部下の状態を知る」という軽い接触は、今後も失われていくかもしれない。
■「上司不要論」は誤り
ただし、こうした相談代替の現象は、上司が全面的に不要だということを意味しない。
仕事の「最終の判断・意思決定ができる」のは上司だと49.7%が答え(AIは12.3%)、「会社の文脈を理解している」も上司44.7%(AIは13.8%)と、決定的な差が残っている。巷でたまに耳にするAIによる「上司不要論」は、データからも現実的ではない。

■相談がないことで失われるもの
先ほど見たとおり、AIをよく使う職場の上司は「部下のプライベートな相談事」「組織内コミュニケーション活性化の推進」の負荷が低い。相談が来なくなれば、たしかに時間は空く。だが、失われているものが三つある。
第一に、情報である。相談は、上司にとって部下の状態を知る最大のチャネルだった。何に詰まっているのか、どこで判断を迷っているのか、そもそも何を勘違いしているのか。相談が来なくなるということは、これらが見えなくなるということだ。前回扱ったシュード・スキリングが厄介なのは、本人に自覚がないことだった。周囲にしか見えない問題があるのに、その周囲の視界が曇っていく。
■気づいたときには手遅れ
「部下がいつの間にか8割型資料を作ってしまっていて、それが見事に的を外している。全部捨てさせるのも可哀想だし、事前に一言相談がほしかった」というのは、筆者がヒアリングしたとあるマネジャーの愚痴である。
第二に、関係である。人は相談を通じて、答えを得ると同時に関係を得ている。この人にはどこまでの話ができる、話が聞けるという感触や理解は、相談と雑談が入り混じったコミュニケーションで得られる。相談される側にとっても、それは信頼を積む機会だった。AIは答えをくれるがゆえに、関係はつくらない。
しかも、失われるのは上司との関係だけではない。同調査では、AIを継続的に利用する層で学びが「インプット型」へ偏り、社外活動や実践的な学習が減っていることも確認されている。画面の中で完結する時間が増えるほど、人と人の接点は職場の内外を問わず細くなっていくリスクがある。
第三に、介入のタイミングである。相談が持ち込まれる瞬間は、思考がまだ固まっていない瞬間でもある。方向を修正するにも、別の視点を差し込むにも、これ以上ない機会だった。ところがいまや、部下は迷った時点でAIに聞き、整った答えを得てから上司のところへ来る。相談が少なくなっていけば、上司が向き合うのは、すでに「完成」に近づいた成果物である。手を入れる余地は、そのときにはもう小さい。
ここから導かれる結論は一つだ。ドアを開けてただ来る相談を待っている、受動的なマネジメントでは、AI環境では機能しにくいものになっている。相談は、待っていても来ないからである。もちろん相談無く部下の仕事が自律的にうまくいくならばいいが、そうでない場合、接点は、上司の側から設計するしかない。

■求められる上司像が変わった
では、そのなかで部下の成果を引き出せているマネジャーは、何をしているのか。同調査は、AI環境(AIヘビー利用職場)と非AI環境(AI非利用職場)とで、部下のパフォーマンスへと効くマネジメント行動を別々に分析している。
分析できたサンプル数はやや限定的だが、その結果は、対照的だったので紹介したい。
非AI環境で圧倒的に効いていたのは、「迅速な判断」(標準化回帰係数0.703)と「品質保証」(0.481)である。方針を決め、上がってきた成果物の妥当性を確認する。仕事の入口と出口を押さえるゲートキーパーとしての役割だ。この二つの係数の大きさを見れば、非AI環境のマネジメントでは、この2つこそが大きな役割であったと言ってもよい。

ところがAI環境では、この構図が崩れる。「迅速な判断」の係数が落ち、代わりに現れたのは、「裁量の提示」、「学びへの接続」、「仕事の枠を示す」、「思考の深さを問う」である。そして「品質保証」は、有意な項目として姿を消す。
■部下への「問い直し」が有効
より具体的に、上司は何をしているのかを探るために、より細かい行動の水準でも分析を行っている。
すると、最も影響が強かったのが、「出てきた案や結論について、理由や根拠を尋ねている」だった。品質そのものを保証するのではなく、品質の根拠を本人に語らせる。役割の移動が、この一項目に表れている。
それに続いて、影響していたのが、「うまく言葉にできない状態でも、急かさず待つ姿勢をとっている」、そして「求める成果物の水準(どこまでで十分か)を示している」である。以下、「うまくいった点・いかなかった点を、本人の言葉で整理してもらっている」、「方針を変更する際、その理由や影響範囲を説明している」などが並ぶ。
これらの要素に、成果物そのものを点検する行動は一つも含まれていない。尋ねる、待つ、示す、整理してもらう、説明する、促す、切り分ける。いずれも、部下が自分で考え、自分で確かめるように仕向ける行動である。
これらから示唆されることをまとめよう。
AI時代に有効なマネジャーがしているのは、出口での検品ではない。部下がAIと回しているループそのものを、現実と整合させながら潤滑に回すことである。同調査はこの役割をチューナーと表現している。ゲートキーパーが門番だとすれば、チューナーは調律師だ。自分で音を出すのではなく、音がずれていく場所に手を入れていくような役割である。

■フェーズ別「AI時代の上司のマネジメント術」
我々は、これらを仕事の三つのフェーズに対応させて整理している。着手前に前提を整えること、途中で問いかけること、終わったあとに次へつなげること。それぞれ、メンバーが陥りがちな「決められない」「できているつもり」「やりっぱなし」への処方になっている。

■「わかったつもり」は「説明させる」
筆者は、AIを仕事で使うにあたって、「妥当性」と「適合性」を区別することを推奨している。
妥当性とは、文脈を排除しても一定当てはまる範囲での「正しさ」のことであり、「適合性」とは、その場、そのクライアント、その会社とそのタイミングという具体的で固有の文脈における「正しさ」のことだ。AIは、妥当性は高いが適合性が低い成果を出すのが得意なツールである。だからこそ、固有の文脈を掴みきれていない部下や若手は、その2つを混同する。
固有の文脈、今、なぜそのタスクをするのかといった目的や求める成果水準などで「前提を整える」ことが必要であるし、「理由や根拠を尋ねる」ことは、その妥当性を適合性の勘違いを部下自身に気づかせる必要があるのだ。
認知心理学には、説明深度の錯覚(Illusion of Explanatory Depth)という概念がある(※1)。人は物事の仕組みについての自分の理解を過大評価しがちだ。たとえば私たちは自転車や洋服のファスナーがどう動くかを「わかっている」と感じているが、詳細な説明を求められた瞬間、その確信はもろくも崩れる。説明できないからだ。
重要なのは、この錯覚は説明させることによって壊れるという点だ。
整った成果物が手元にあると、人はそれを自分の能力の証拠として受け取ってしまう。この錯覚を破れるのは、成果物の背景を「問われた」瞬間である。なぜこの結論なのか。何を選び、何を捨て、この前提でよいと判断した根拠は何か。答えられなければ、そこに理解がないことが本人にも分かる。
AI時代には、上司が最後に赤ペンを持って、納品物の品質を保証するだけでは難しくなりそうだ。その代わりに、部下に品質を説明させることで、部下自身に気づかせていく。AI時代の役割の移動は、こうした文脈を勘案すれば得心できる。
※1 Rozenblit, L. & Keil, F. (2002) “The misunderstood limits of folk science: An illusion of explanatory depth,” Cognitive Science, 26(5), pp.521-562.
■次にどう生かすか語らせる
三つ目のフェーズも見ておきたい。
「学びへの接続」というマネジメント行動が、有意であった。ここで言う「学びへの接続」とは、うまくいった点・いかなかった点を、本人の言葉で整理してもらったり、結果だけでなく、考え方や判断のプロセスを振り返る対話をしたり、次にどう活かすかを一緒に考えるといったことだ。
AI環境では、経験が経験として蓄積されにくい。タスクは片づくが、そこから何を学んだかが本人のなかに残らない。また、AIという個人ツールは組織的なノウハウに転嫁しにくい。部下の多くは、「自分の仕事が早く済んだ」時点で仕事を終えてしまうからだ。そこに、組織的な共有や振り返りを促すのが上司の仕事だ。
終わった時点で終わらせず、言葉にさせることによって経験学習を回し、片づいたタスクを経験に変わることの意味が、AI時代にはより重要になっていそうだ。部下のAIとの協働を「次」につなぐために調整することが上司の役割であると言えるだろう。
■AI利用とマネジメント能力は無関係
ここで、注意すべきデータがある。同調査が職種別に、AI利用率と有効なマネジメント行動の実態を並べたところ、両者はまったく相関していなかった。
たとえば商品開発・研究職は生成AI利用率が82.6%と最も高い一方、「仕事の枠を示す」「裁量の提示」「思考の深さを問う」「学びへの接続」といったマネジメント要素のスコアは、いずれも他職種より低い水準にとどまる。AIをよく使っている職場が、AI環境に適したマネジメントをしているとは限らない。
したがって、両者は別のトレーニングを要する。AIリテラシー研修をマネジャーに実施しても、それだけではマネジメント行動は変わらない。逆に言えば、AIツールの習熟度が低いことを理由にマネジャー教育を後回しにする必要もない。

■マネジメント3つの転換
ここまでで、AI環境のマネジメントに何が求められているかは見えてきた。整理すると、転換は三つになる。
第一に、仕事の検品者から、「説明を求める人」へ。
赤ペン先生のように、成果物そのものを赤を入れて修正するのではなく、その背後を問う。レビューの場で、「なぜこの結論なのか」「何を捨てたのか」を挟むだけでも、部下の作業の質は変わる。理由を聞かれると分かっていれば、人は理由を持って作るようになるだろう。
第二に、応答者から、「接点の設計者」へ。
相談は待っていても来ない。定例の場で問いを投げる、相談に持ってくる情報の形式を示す、迷っている段階で声をかける。受け身のドアを開けておくのではなく、こちらから接点を置きに行く必要がでてくるだろう。
第三に、タスクを割り振る人から、「判断を割り振る人」へ。
ただのタスクを渡せば、部下はそれをAIに再委託できる。「この資料を作っておいて」と言われた仕事は、そのままAIに投げられる。そうではなく、何をどこまで決めてほしいかといった線引きと材料を渡すのが上司の仕事だ。「作業」を渡すのではなく、「判断」を任せること。そして自分で決めた判断だからこそ、その仕事は本人の血肉となっていくはずだ。

■AIの副作用を伝える
最後に一つ追加したい。AI時代のマネジメントのアップデートは、「マネジメント研修の追加」という単純な施策にとどまるべきではない。すでにコラムにした「アンチ・スキリング」の潮流は、マネジメントの変革だけでおさまるものではないからだ。
AIとの向き合い方は、突き詰めれば日々の選択の積み重ねである。だからこそ、副作用の存在そのものを、従業員にも直接伝えるべきだ。
AIを使い続けると、使わないときの能力が落ちるリスクがあること。速くなった実感と実際の上達は必ずしも一致しないこと。整った出力を前にすると、人は理解したと錯覚しやすいこと。いずれも本人には見えない現象である。見えないからこそ、知識として渡しておく価値がある。
これは「AIを使うな」という啓発ではなく、むしろ安心して使い倒すための前提知識である。多くの企業のAI研修は、いま「どう使うか」に集中している。そこに「使い続けると何が起きるか」を一項目加えるだけで、施策の性質は変わる。副作用が公然と語られる職場でなら、「これ、ちゃんと理解してる?」と互いに問える。上司が一人で問い直すよりも、はるかに広い網になるはずだ。
■AI「を」進める組織から、AI「と」進む組織へ

本稿で見てきたことを整理しておきたい。AIによって上司の負荷の中身は入れ替わった。成果物の確認と評価という重い仕事が増える一方、日常の相談という軽い接触は失われつつある。そして、部下の成果に効くマネジメント行動そのものが変わった。入口と出口を押さえるゲートキーパーから、部下とAIのループを調律するチューナーへ。
このように見ると、AIがもたらしたのは、上司の仕事の変化ではない。人の育て方と評価の仕方を、組織として引き直す必要のほうである。
AIの利用の仕方やリテラシーを普及させ、AI「を」一歩先に進めるフェーズから、AI「と」先に進むフェーズへかわりつつある。AIはとてつもなく便利な道具であるが、その真価も副作用も、使う側の人と組織に大きく依存する。「を」から「と」への移行が進まないとき、いま積み上げられている投資は、そう遠くない未来に「過去の失敗」として語られることになりかねない。
----------
小林 祐児(こばやし・ゆうじ)
パーソル総合研究所主席研究員、執行役員シンクタンク本部長
上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年パーソル総合研究所入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマの調査・研究を行う。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』(KADOKAWA)、『残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?』(光文社)、『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(ダイヤモンド社)など共著書多数。新著に『リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社新書)、『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』(インターナショナル新書)、『職場の対話はなぜすれ違うのか』(光文社新書)がある。
----------
(パーソル総合研究所主席研究員、執行役員シンクタンク本部長 小林 祐児)
