ドリフ支えた「イザワオフィス」会長の井澤健さん死去 90歳慢性心不全「…大爆笑」「バカ殿」生みの親
大手芸能事務所「イザワオフィス」の会長で「ザ・ドリフターズ」のマネジャーを務めたことでも知られる井澤健(いざわ・けん)さんが20日午後5時36分、慢性心不全のため死去した。90歳。葬儀は近親者で行った。お別れの会は予定していない。フジテレビ「ドリフ大爆笑」「志村けんのバカ殿様」など人気番組の“生みの親”でもあった。
病と闘いながらも最期までエンタメに携わり続けた。関係者によると、志村けんさんが2020年に新型コロナで亡くなった頃から井澤さんも体調を崩すことが多くなった。それでも限られた時間の中で出社したり、収録現場に顔を出すなどしてタレントたちを見守っていた。
ロカビリー歌手である山下敬二郎さんの付き人を務めていた18歳の時に渡辺プロダクションに入社。同社が当時、大卒の採用を始める中、井澤さんは高卒の叩き上げとして「あいつらには負けられない」と同じ年の大卒1期生たちと競った。その後、名物マネジャーの後を継いでドリフを担当。お笑い部門を開拓し、テレビ局への売り込みに奔走した。
ドリフメンバーとの絆は強く、リーダーのいかりや長介さんは著書「だめだこりゃ」で、井澤さんを「戦友井澤」「もう一人のドリフターズだった」と称した。渡辺プロの大卒1期生だった芸能関係者は「ドリフのメンバーと一緒にいかりやさんによく怒られ、加藤茶さんと毎晩のように酒を飲みに行っていました。ドリフに井澤さんは欠かせなかった」と振り返った。フジ「ドリフ大爆笑」や「志村けんのバカ殿様」シリーズの企画や制作を手がけるなど、番組プロデュース面でもドリフを支えた。
1979年に渡辺プロから“のれん分け”の形でイザワオフィスを設立。同社にはドリフのほか、いしだあゆみさんらが所属。後に俳優の小泉孝太郎(48)もマネジメントした。1999年から8年間にわたって、一般社団法人日本音楽事業者協会の第5代会長を務めた。
21年からは体調の問題もあり息子の秀治さんが社長業を引き継いだ。長年ドリフの番組を手がけてきたフジ関係者は「矢面に立つことも多く時には憎まれ役になることもあったが、それでも井澤さんを慕う人は多かった」と話している。
芸能界の重鎮だけに「お別れの会」の開催を提案する関係者も少なくない。しかし、井澤さん自身、志村さんがコロナ禍でお別れの会ができなかったことをずっと気に病んでおり、生前周囲には「自分もやらないでほしい」と話していた。最期までタレントファーストの生涯を全うした。
