「肉体の関係」はなくても「揺れる心」…「Tシャツが乾くまで」が突きつける「不倫とは何か」
矛盾を描く
TBS「Tシャツが乾くまで」(金曜午後10時)は夏ドラマ屈指のヒット作になった。物語は終盤。主人公・瀬尾咲子(蒼井優)たちはどこへ向かうのか。このドラマはどうしてヒットしたのか。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】
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瀬尾家の乾燥機は時折、調子が悪くなったが、いつの間にか直った。喫茶店を経営する夫の充(松山ケンイチ)がこっそり乾燥フィルターの掃除をしていたかららしい。世間の夫婦間の亀裂も、多くがすぐに修復されるが、これも、双方がひそかに歩み寄る努力をするからだろう。

ただし、咲子と充の溝が埋まるかどうかは分からない。フィルターの目詰まりが深刻すぎる。充にはなんでも打ち明けられる園田あずさ(夏帆)という女性がいた。しかも1年も失踪していたことから、咲子は「出会いからのすべてを否定された気がした」(第5回)という思いに駆られていた。無理もない。
第1回、充の乗っていた長野行きの高速バスが、橋から川に落ちた。運転手と乗客の12人が死亡。充の遺体は見つからなかったものの、生存の見込みは薄いと考えられていた。
衝撃的な幕開けだったが、やがてバス事故は、複数のテーマを浮かび上がらせる仕掛けであることが見えてくる。
まず、咲子は園田樹生(中島歩)から思いもよらないことを告げられる。バス事故で死亡した園田の妻・あずさが、充と不倫していたという。2人は毎月第3金曜日、コインランドリーで会っていた。
咲子は不倫を否定した。「絶対ないんで、夫はそういうの」。だが、内心では不安だった。充は事故の日、「ちょっと出掛けてくるね」とだけ言って家を出た。長野行きのことは聞かされていなかったからだ。もちろん、あずさのことも知らない。
充と咲子の間には結婚したときに決めたルールがあった。「ウソはダメ。でも、言いたくないことは言わなくていい」。それを考えると、長野行きを黙っていたことは背信行為ではない。あずさとの関係が不倫であるという証拠もない。
しかし、配偶者の隠された一面を知ったとき、人は動揺する。咲子も揺れた。ルールは言葉に過ぎない。それとは別に感情がある。この物語は、その矛盾を淡々と映し出している。
第3回で、充の捜索は打ち切りとなる。充は事故当時、バスを降りていたからだ。充とあずさの不倫を信じて疑わない園田は、「自分だけ助かろうとした」と思い込み、いっそう充を呪った。
咲子も喜べない。生きているのなら、どうして帰って来ないのだ。自分が悪いのか。言葉にできない問いが、ずっと胸の底を侵食し続けた。
不倫の定義
咲子は充の幻影に向かって「毎月、あずささんと会っていたの、どんな気持ちだった」と問い掛けることもあった。肉体的な不倫はないと信じていたが、そもそも不倫とはいかなる関係なのか分からなくなった。
咲子の上司・大井田千鶴(臼田あさ美)は10歳年下の荒木拓真(庄司浩平)と不倫している。愛情はなかったらしく、荒木が離婚すると同時に2人は別れた。
何が不倫で、どこからが配偶者への裏切りになるのか。それを観る側に考えさせる。
第5回。事故から1年が過ぎたが、充は帰って来なかった。この間、咲子は園田を拠り所にした。園田は咲子に対し、自分と息子の翔(久保田薫)との同居を持ちかけた。
「僕と翔が瀬尾さんのお宅に引っ越してくるのはアリですか」
咲子は園田をたびたび自宅に招いていた。園田がその気になるのも不思議ではない。咲子は驚いた顔で「なしです」と答えた。だが、消え入りそうな声だった。迷ったからではないか。
咲子はその後も園田を自宅に招いている。これまでのドラマのヒロインなら、大半が躊躇せずに夫を待っただろうが、咲子からは逡巡が見て取れた。それが生々しく、身近に感じられた。人間を単純化しないところも、この物語がヒットした理由の1つに違いない。
直後に充は帰って来る。同じ第5回である。園田はあからさまに悔しがった。不機嫌であることを保育園児の翔にも見抜かれた。それでいて、あずさへの思いも抱き続けている。これも矛盾だが、現実にありそうだ。
充は園田からあずさとの関係について問い詰められた。第6回だ。充は「不倫なんて、ないです」と答えたものの、園田は聞き入れない。不倫であったほうが、気持ちが収まるからだろう。咲子との関係を進展させることが難しくなった今、やるせない思いは充とあずさに向けられる。
園田は「不倫がなかったという証拠を出してください」とまで言った。すると、充が言い返す。咲子と園田の関係を問いただした。「お2人はどういう関係ですか」。充は2人に肉体の関係がなかったことを知っていたはずだ。それでも2人はお互いの家を行き来している。園田はプロポーズめいた言葉まで口にした。ここでも不倫とは何かを観る側に突き付ける。
第7回、充は咲子にすべてを明かした。話していないことが3つあった。まず、あずさとコインランドリーで知り合ったこと。お互いになんでも話せたことだ。嫌われても困らない相手だったからである。
残る2つは、まず20年間会っていない両親から、極度のネグレクト(育児放棄)を受けていたこと。長野に行こうとした理由は両親に会うためだった。さらに、ネグレクトを受けたことにより、家庭や住む場所に愛着を感じなくなり、失踪癖がついてしまったことである。好きな人に自分の闇を明かしたくないのは中学生も同じはずだ。
傑作ドラマとの共通点
咲子はネグレクトと失踪癖の話はひとまず受け入れたが、あずさの件はそうはいかなかった。
「(あずささんは)嫌われてもいい人ね。私は嫌われたくない人。一番お気に入りの服なのに、全然着ていないみたい」
自分はよそ行きの服で、あずさは普段着だったと言われたようなものだから、咲子の気持ちが収まらないのも無理はない。咲子はこうも言った。
「思いっきりミートソース飛ばしながら『おいしいね』と言ったほうが、家族って感じがする」
自分にも、嫌われてもいいようなことを言ってほしかったのだ。なんでも話してくれることを望んでいたのである。2人は結婚から10年。結婚時に決めたルールを見直す時期が来ていた。
このドラマがヒットした理由はいくつも考えられる。まず、企画が新鮮である。この作品はジャンル分けするとホームドラマだが、それをサスペンス仕立てで見せている。
ただし、サスペンス仕立てのホームドラマが過去になかったわけではない。昭和のドラマの最高傑作と言われる、TBS「岸辺のアルバム」(1977年)がそうである。山田太一さんが脚本を書いた。
主人公の則子(八千草薫さん)は専業主婦。夫と2人の子供と幸せに暮らしていると見られていたが、家族に言えない秘密があった。変化のない日常から逃れたくなり、不倫していた。
夫も2人の子供もそれぞれ秘密を抱えており、それが次々と明らかになっていく。一家の幸福は幻影に過ぎなかった。
ホームドラマは物語が平板になりがちだが、「岸辺のアルバム」も「Tシャツが乾くまで」もサスペンス調にすることでそれを避けた。
しかも、この作品は構成が計算し尽くされている。特に毎回のラストは圧巻。毎回、あざといほど衝撃的な場面で終わる。それでいて、物語の進行を不自然にしていない。
第1回は園田が咲子に対し、「あなたの夫、僕の妻と不倫してましたよ」と告げて終わった。第2回は咲子と園田が体を寄せ合った。
第3回は失踪中だった充が咲子に電話で「ごめんね」と告げた。第4回は咲子が充の足取りを辿って長野へ向かう。第5回は園田の来訪中に充が帰宅した。
第6回は充が咲子と園田に対し、2人は不倫でないのかと問うた。第7回は回想シーンで、充が両親に会うために長野行きのバスに乗ろうとしたところ、あずさが乗り場に現れた。
充は園田の胸の内を慮ってか、あずさを長野に誘ったのは自分だと言ったが、本当はあずさの意思だったのだ。
「ついて行きたいかもしれません」(あずさ)
あずさの「かもしれない」は、「そうしたい」という意思表示だった。パート先の古書店主・宮内幸次(リリー・フランキー)が第5回でそう語っていた。
あずさが育った養護施設の職員・平岡光江(宮地雅子)は、第5回で彼女の結婚に驚いていた。あずさには、どんな過去があったのか。
咲子の過去も、まだ明らかになっていない。充とは対照的に、過干渉な母親・中林順子(島本須美)に育てられた。そこにも、何か秘密があるのではないか。また、咲子は充に振り回される被害者的存在に過ぎないのだろうか。そうとは思えない。
高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社。放送担当記者・専門委員として、1994年のNHK連続テレビ小説「春よ、来い」のヒロイン途中交代や、1999年のフジテレビ「愛する二人別れる二人」のやらせ問題などを特報する。2015年に毎日新聞出版へ入社し、サンデー毎日編集次長を務める。編集者としては「小池百合子都知事の真実」などを担当した。2019年に独立。元・放送批評懇談会出版編集委員。
デイリー新潮編集部
