ウクライナ戦場で凄惨な体験・極度の緊張、軍内部に広がる薬物「これがもう一つの終わらない戦いになるとは」
【キーウ=倉茂由美子】ロシアによるウクライナ侵略は4年半に及び、前線の兵士たちは心身の疲弊を回復できないまま戦い続けている。
戦場での凄惨(せいさん)な体験や極度の緊張状態を乗り越えるため、薬物に手を出す兵士は少なくない。軍内部で広がる薬物乱用の実態を、兵士たちが証言した。
「2年間、一度も休暇がなく、敵と対峙(たいじ)し、仲間が撃ち抜かれ、犬に食われる遺体を見続けていたら、薬を手にしない人はいるのか」
キーウ郊外にある薬物依存からの回復を支援するリハビリ施設。ウクライナ兵のイーホル・ハジバリエフ(41)は静かに語り始めた。ウクライナで通称「ソルト」と呼ばれる違法な合成薬物を、前線後方の基地で約2年間使っていた。
最初に手を染めたのは2024年春、「初めて人を殺した後」だった。東部ドネツク州コスチャンチニウカの前線で初めて臨んだ掃討作戦で、ハジバリエフは部隊内で最多となる4人の露兵を射殺した。侵略前は工場で働く民間人だった。初めての経験に「兵士としての自信と、人間としての罪悪感が混ざり、自分が別人に変わった気がした」。
「これ、どうだ」。前線から廃屋同然の汚い宿舎へ戻ると、同じ部隊の親友(32)が白い結晶状の薬物を勧めてきた。
殺し合いをする戦場で、薬物の違法性など考えなかった。試してみると、それまで抱えていた悩みが消え去った。国外に避難した妻が離婚手続きを始めたこと。息子と一生会えなくなるのではないかと不安でたまらないこと。そして、戦場での葛藤――。空っぽになった頭には、幸福感が広がった。
ハジバリエフはこの頃、まだ知らなかった。「これがもう一つの終わらない戦いになるとは」(敬称略)
トラウマ抱え乱用…民間寄せ集め、長期戦で疲弊
通称「ソルト」と呼ばれる違法薬物を使うようになったウクライナ兵イーホル・ハジバリエフ(41)だが、前線で任務に就く時は絶対に摂取しないと決めていた。薬物の影響でまともな判断力や注意力を失えば、確実に命を落とすからだ。
しかし、任務を終えて前線後方の町にある基地に戻ると、連日使うようになった。町の上空にも無人機(ドローン)が頻繁に飛び、窓のない宿舎で過ごしても気持ちは休まらない。前線で見た光景や離婚のことばかり考え、「薬に頼らずに安らぎを得る方法はなかった」。
売人は地元住民で、郵送で入手しているようだ。兵士の常連客が増え、価格は1グラム3000フリブニャ(約1万500円)と、キーウの相場の4倍に上った。
次第に摂取量が増え、体にも異変が出始めた。効果が切れると、幸福感から一気に深いうつ状態に突き落とされる。体重は約10キロ・グラム減少し、手が震え、指にも力が入らなくなった。銃を扱う兵士にとっては、任務の遂行や生死に関わる深刻な異変だった。
一度、前線からの帰り道に仲間が摂取した時には「最悪だった」。動くものすべてに向けて銃を乱射し始め、自分も撃ち殺されそうになった。部隊のほぼ全員が薬物を手にしていたが、指揮官は減給や武器の清掃などの罰を科すだけで、薬物の蔓延(まんえん)を防ぐ対策は取らなかったという。
今はリハビリ施設で生活し、薬物を断つことができている。それでも「あの幸せな気持ちになりたい」という思いは頭から離れない。今の願いは、再び戦場に戻ることだ。「皮肉だが、前線で戦っている時の緊張と興奮は、唯一、薬物を忘れさせてくれるものだった」
「軍で上に立つ者は、それぞれ自分の墓場を持っている」。旅団を率いていたブラドレン・アキモフ(36)には、部下の犠牲が重くのしかかり、鎮痛剤を中心に薬物を乱用した。
もともとは花火業者だった。侵略開始時にはキーウ近郊ブチャの領土防衛隊に入り、その後、専門的な勉強をして将校になった。
だが、部隊を指揮する者の責任は大きい。疲れが抜けない時に酒を飲み始め、次に大麻を吸った。負傷した際に処方されたオピオイド系鎮痛薬のほか、覚醒作用のあるアンフェタミンなど多様な薬物を使用するようになった。処方箋が必要な薬もあったが、入手できる兵士らが融通し合っていたという。
長く共に歩んできた仲間を失った時。8人の小隊のうち4人しか戻れず、罪悪感にさいなまれた時。何もする気力が起きず、朝目覚めても体が動かなくなった。「会社ならそれで休める。でも戦争は休めない。戦い続けるために、薬物の助けが必要だった」
軍所属の臨床心理士イーホル・アルフォロフ(53)は、薬物依存に陥った多くの兵士をみてきた。最大の要因は、「民間人の寄せ集めで長期間戦い続けていることにある」と指摘する。兵士は交代できないまま疲弊し、戦いがいつまで続くのか見通せない不安が薬物の使用につながっているという。
一方、これほど深刻な薬物問題は、2014年の東部紛争ではみられなかった。当時、戦いに加わった兵士の大半は志願兵で、戦う意志も強固だった。だが、ロシアの侵略が始まった22年以降は、動員された兵士が多い。「戦う意欲が低い者を前線に送り込んでいるのに、軍は何のサポートもしなかった」と問題視する。
ウクライナの大学などの調査によると、麻薬の単純所持で有罪判決を受けた軍関係者は、侵略前、年間約70人だったが、24年には20倍超の約1600人に急増した。ただ、薬物問題の全体像を示す数字とは言いがたい。
アルフォロフは、今後、薬物問題がウクライナ社会にとってさらに深刻になるとみている。「戦争が終わり、トラウマを負った兵士らが大勢帰還し、市民の緊張も解けた時、この問題の真の全体像が見えてくる」
(敬称略、倉茂由美子)
