「やると思わなかった陸上」で涙した高3の夏 県No.1進学校、偶然から2年半で全国決勝へ…翌日から共通テスト模試――松山東・木下未亜
「THE ANSWER 陸上PLUS|STORY」 滋賀インターハイ ・平和堂HATOスタジアム(7/30〜8/5)
やると思っていなかった陸上だった。女子400メートル障害決勝に進出した木下未亜(松山東3年)は、偶然の出会いから陸上部に入部。その魅力に取りつかれた。県の公立No.1進学校で文武両道を貫いた3年間。卒業後には次の夢を描いている。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)
◇ ◇ ◇
流した涙は、それだけ陸上に本気になれた証しだった。
大会3日目、3組によるタイムレース形式で行われた女子400メートル障害決勝2組。「目標は入賞」。決意を宿した胸に「松山東」の3文字をつけ、木下が駆け出した。
前半から飛ばす。軽快なハードリング。十分に入賞を狙える展開だった。ところが――。後半、思うように脚が動かない。これが、全国の難しさか。
1分0秒79。組7着、総合18位。入賞圏内まで0秒79届かなかった。
「実力不足でした。まだまだ足りない。思い描いたレースも全然できなくて、全国の舞台で最大の力を出す難しさを痛感した。応援してくださった方々に不甲斐ないレースでした」
目を真っ赤にして悔しさを吐き出した。ただ、そう語る場所は、3年前に想像もしない舞台だった。
松山東と言えば、夏目漱石が英語教師として赴任した旧制中学を前身とし、小説「坊っちゃん」のモデルとなった学校。公立で県No.1の進学校で知られる、通称「東高(ひがしこう)」だ。
木下にとって、松山東は憧れだった。「高校は勉強で入りたい」。部活より「東高」に合格することが先。だから、入学後は「陸上をしようとは全然思っていなかった」。
中学まで打ち込んだソフトテニスを続けたかった。「でも、女子のソフトテニス部がなくて。どうしよう……」。迷っていたところ、入学直後の体力テストで、テニスコートで培った脚力を見た先生、先輩から「やってみない?」と勧誘され、陸上部入部を決意した。
偶然の出会いから、走ることの面白さに取りつかれた。
「ずっと(量を)走る練習をするのかと思っていたら、走るための体の使い方の練習が多くて、考えることがいっぱいあって難しい。でも、すべてが繋がって自己ベストが出た時は他のスポーツより嬉しいです」
周りを見るだけで「私もやらないと」 松山東で貫いた文武両道
400メートル障害との出会いも偶然だった。
1年時、県大会の出場種目を決める際に枠が空いていた。「1回チャレンジしてみるか」。トラックで特に負荷のきつい種目。それでも、木下にとっては「考える」があるから面白い。
400メートル障害を全力で最後まで走り切ることはできない。「どこでどう切り替えるか、歩数を少なくするか。作戦や工夫次第でタイムが大幅に変わる。前半が遅くても400メートルあれば挽回のチャンスがある。ハードルがあるから普段の400メートルより考えることがたくさんある」。そこに、やりがいを感じた。
進学校とあって、競技との両立は簡単ではない。練習は朝練も含め週5日。7時間授業の日もある。
練習は午後4時半から完全下校の7時まで。練習場所も広いとは言えない。顧問の先生からは「勉強と部活を両立して初めてこの学校に来た意味がある」と言われてきた。木下も普段から「授業に集中する」「提出物を忘れない」と当たり前のことを当たり前にこなす。
試験前の1〜2週間は「休養も陸上のトレーニングの一環」と割り切り、勉強に集中した。周囲にも、勉強と部活を高いレベルで両立させる仲間がたくさんいる。モチベーションが落ちそうな時は、周りを見るだけで「私もやらないと」という気持ちになった。松山東陸上部だから、自然と毎日が充実していった。
2年夏のインターハイに出場。今年は400メートルで予選敗退、本命の400メートル障害で全国入賞を狙っていたが、届かなかった。
それでも、本格的に競技を始めてわずか2年半で全国決勝まで辿り着いた。部活の仲間、クラスの友人……いろんな人の応援を感じることができた。
陸上を選び、歩んだ高校3年間には微塵の後悔もない。
「ここに立つこと自体がすごくありがたいこと。すごく応援されているんだと、決勝の舞台に立って感じることができました」
やると思っていなかった陸上で描く次の夢
高校陸上は、まだ終わらない。
今後は秋まで競技を続け、「絶対に全国入賞して高校陸上を終えたい」と力を込める。そして、その先はスポーツ推薦も視野に入れながら、一般で勉強と陸上を高いレベルで両立できる大学への進学を目指している。
愛媛に帰った翌日から2日間、共通テスト模試が待っている。
「入学した時は大学でも陸上を続けるなんて思っていなかった。全国の舞台で走らせてもらって、もっと高いレベルでやりたいと思った。顧問の先生たちがいたから、ここまでくじけずにやってこられた。良い環境と仲間に恵まれて……東高に来て、すごく良かったなと思っています」
ソフトテニス部がなかったから始めた陸上。枠が空いていたから始めた400メートル障害。
いくつもの偶然の先で、全国入賞を逃して涙するほど、この競技に本気になった。
そして、やると思っていなかった陸上は今、木下未亜に次の夢を与えてくれた。
(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)

