テニス界に新たなスターが現れた?

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 女子テニス界に新たな人気選手が登場した。フィリピン生まれのアレックス・イーラ選手(21歳)。現在、世界ランキング20位、まだ「これから」の存在だが、潜在的な期待感はここ数か月でグングン上昇している。【小林信也(作家・スポーツライター)】

【歓喜】「多部未華子」に似ているとの声も…ムバダラ・シティDCオープン女子でツアー初優勝を飾り、トロフィーを抱いて無邪気な笑顔を見せるアレックス・イーラ

強豪たちと互角以上に戦える実力を証明

 イーラは今年のウィンブルドン選手権3回戦で前回覇者イガ・シフィオンテク(ポーランド)を破った。4回戦ではジャスミン・パオリーニ(イタリア)にフルセットの末に敗れたが、4大大会のシングルスでベスト16に入った初めてのフィリピン選手となり、大会後にはWTAランキングも過去最高の28位に上がった。そして何より、これまでのどの女王たちとも違う、独特の空気をコートに放ち、ファンを魅了し始めている。これまでテニスに関心が薄かった人たちをもイーラは巻き込む力を持っている。

テニス界に新たなスターが現れた?

 何より、愛らしい。日本的に言えば、女優の多部未華子さんを少し精悍にしたような魅力的な表情。いまアレックス・イーラが世界的なムーブメントになり始めているのは、《伝統的なテニスの女王》への期待というより、テニス界に出現したスーパー・アイドルへの昂奮と表現した方が合っているだろう。しかもその“推し”が着々と頂点に近づき始めた。

 動きはアグレッシブで、スピーディー。ゴムまりのように全身を弾ませてショットを繰り出す。左利きで俊敏、攻撃的で角度のあるショットが得意なパワーヒッターは、対戦相手にとってはやりにくい存在だろう。

 7月末に開幕したムバダラ・シティDCオープン(アメリカ)女子シングルスで、イーラは準々決勝でエリナ・スベトリナ(ウクライナ)にストレート勝ち、準決勝では第3シードの大坂なおみを6-4、6-2で下して決勝進出。雨のため、試合が二日間にわたった決勝戦ではフルセットの末、ジェシカ・ペグラ(アメリカ)を退け、ツアー初タイトルに輝いた。前日は劣勢だったが、翌日の再開後は勢いを取り戻し、最後は9ゲームを連取して試合を決めた。ウィンブルドンをはじめ、芝のコートで強さを見せたイーラが、元々得意なハードコートで強豪たちと互角以上に戦える実力を証明した。

13歳でスペイン・マヨルカ島に

 続いてカナディアン・オープンへの出場が発表されると、イーラの初戦会場とされた2800人収容のスタンドはすぐに完売。主催者が急きょ、舞台をセンターコートに変更する出来事もあった。イーラの周りには大勢のファンが集まり、練習コートでさえ鈴なりの観衆で埋まる。試合ではイーラがポイントを奪うたびに大歓声が響き、「これはテニスじゃない、バスケットボールの試合のようだ」と眉をひそめるオールドファンもいるという。つまり、イーラに魅了されてスタジアムに押しかけるファンたちは、「伝統的なテニス観戦のマナーを逸脱している」。それほどの熱狂をイーラが巻き起こしているのだ。

 2005年5月、イーラはフィリピンのケソン市で生まれた。テニスを始めたのは4歳の時。
「ひと目惚れという感じではなく、徐々にこのスポーツに夢中になっていった感じだと思います。小さいころは兄が祖父とよくトレーニングをするのを見ていました」

『World Tennis』のインタビューに答えて、イーラが回想している。

「そして徐々にテニスに真剣に取り組むようになり、最終的には『テニスしかできない』と思うようになりました。他の職業に就くことは考えられなくなりました」

 13歳でスペイン・マヨルカ島に渡り、ラファエル・ナダル・アカデミーで育った。ナダルの本拠地に飛び込んだのは、「子どものころ、多くの共通点を見て彼(ナダル)を尊敬していました。私たちは二人とも左利きで、彼のコートでの戦い方が大好きだったので、テニスをする時はいつも真似しようとしていました」と、ナダルへの敬意が根底にあることも告白している。

 そして、イーラはアカデミーを「第二の故郷」とさえ感じている。時には孤独や戸惑いもあったが、

「彼がほぼ毎日、練習している姿やジムで見かけるのは本当に刺激的です。彼の勤勉な姿勢や私たちが彼から真似できるものを目の前で見られるのです」

 と語っており、アカデミーでナダルという圧倒的な存在を日々間近に感じられる環境が、自身の成長の大きな糧になっていることが伺える。

目立った活躍は20歳になってから

 ただ、当初は13歳。思春期のすべてをマヨルカ島で過ごした。この時期の孤独との闘いについて、フィリピンのジャーナリスト、カレン・ダヴィラのインタビュー番組『1on1』の中でこう答えている。

「家族が恋しかった。故郷が恋しかった。スペインに引っ越してからは、すべてが違っていました。私は、普通の子どもたちが友人と過ごす時間の大半を犠牲にしました」

 そう言うイーラに、カレンが「プロムは行った?」と水を向ける。プロムとは、アメリカの青春ドラマによく登場する学年末のダンス・パーティー。これに対してイーラは毅然と答える。

「いいえ、プロムには行っていません。プロムのデートは一度もありません」

 青春のすべてをテニスに賭けて、イーラはフィリピン女性として初めての歴史を開いたのだ。

 インタビューの中でイーラは両親から受けた影響をこう語っている。

「両親はいつも私に『迷うな』と言います。迷っている暇なんてありません。その言葉は、すべての試合、すべての大会で私が胸に刻んでいるモットーのひとつです」

「私は常に礼節を重んじ、困難には真正面から立ち向かい、自分の感情をコントロールし、感情に支配されないよう努めています」

 目立った活躍をし始めたのは20歳になった昨年から。2025年マイアミ・オープンで準決勝に進出。WTA125のグアダラハラ・オープンで優勝を飾った。そして2026年7月、ウィンブルドンで大きな飛躍を遂げた。

アジア競技大会への出場も表明

 世界ではすでに行く先々で歓喜の渦を巻き起こし始めているイーラが日本のファンにも広く認知される日はそう遠くないだろう。最初の機会は今秋にも訪れる。

 7月14日、フィリピンのマカティで開かれた記者会見でイーラは、

「アジア競技大会は私の予定に入っています」

 と明言した。9月19日に愛知県名古屋市を中心に開幕する第20回アジア競技大会は、日本では1994年の広島大会以来32年ぶりの開催。テニス競技は27日から10月3日までの日程で行われる。同時期にWTAチャイナ・オープン(北京)があるため微妙だが、イーラが出場すれば、大会終盤を飾る華として大いに注目が集まるだろう。

 前回2023年の中国・杭州大会にイーラは18歳で出場し、女子シングルスと混合ダブルスでいずれも銅メダルに輝いている。シングルスの準決勝では優勝したジェン・チンウェン(中国)に敗れたが、ジェンは翌年のパリ五輪でも金メダルを獲得している強豪。

 それから3年、イーラの進境ぶりを見れば、二冠達成も夢ではない。実際、初タイトルを獲ったムバダラ・シティDCオープンの1回戦、イーラはジェンと対戦し、第1セットを奪われたものの続く第2、第3セットを取り返し、雪辱している。前回の経験をイーラは『World Tennis』にこう語っている。

「アジア競技大会は私にとって素晴らしい経験でした。選手村のような場所に滞在できたのは初めての経験でした。本当にたくさんのアスリートに会い、ハードワークと忍耐力の素晴らしい雰囲気を体験できました。そしてもちろん、国全体が私たちを応援してくれたことも素晴らしかったです。(中略)フィリピン人は自分の国と文化をとても誇りに思っていて、私もその一員だと思います」

 フィリピンのために、という意識の強いイーラだから、名古屋のコートに登場する可能性は十分にある。アジア競技大会で優勝すれば28年ロサンゼルス五輪の出場も視野に入る。

 また10月26日からは有明コロシアムで『東レパンパシフィックオープン2026』が開催される。すでに昨年覇者のベリンダ・ベンチッチ(スイス)、世界ランク2位で今年の全豪オープン女王エレーナ・ルバキナ(カザフスタン)、さらに大坂なおみは出場を表明している。今季国内最高レベルの東レPPOにもイーラが登場すれば、日本のテニス人気再燃の期待が大きくふくらむ。

スポーツライター・小林信也

デイリー新潮編集部