京都府立医科大学大学院の成本迅教授

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 悪徳業者が認知症の高齢者を食い物にする事例が続発している。もはや、社会問題化した状況だ。成本迅・京都府立医科大学大学院教授は、認知機能が低下してしまう前に、資産防衛策を準備しておく重要性を唱える。

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 65歳以上の人のうち、認知症および、その前段階とされる軽度認知障害(MCI)の人は、およそ3割に上ります。その方たちの保有する金融資産は推計260兆円。認知機能の低下に伴い、その資産を狙った詐欺などの消費者被害が絶えません。

 私が参加した消費者庁のプロジェクトチームでは、日本認知症学会などに所属する医師やソーシャルワーカーらを対象にアンケートを行い、さらに26名へのインタビューを通じて、具体的な被害事例を収集しました。

京都府立医科大学大学院の成本迅教授

夫の遺産を狙った悪徳業者からさまざまな契約を……

 例えば、MCIで70歳代の独居女性は、健康食品や保険、育毛剤、暗号資産投資など複数の契約を繰り返していました。医師が診察時に異変を察知し、検査入院で保護の上、女性に契約の見直しを指導した。ところが、退院後も被害に遭っていることが判明。地域包括支援センターと消費生活センターが連携し、対応に当たりました。

 また、重度の認知症がある70歳代女性は、夫の遺産を狙った複数の悪徳業者からあらゆる類型の訪問販売による契約を再三結ばされ、多額の金銭的被害を受けていました。配偶者死別後の不安や孤独につけ込まれ、生活資金が枯渇。定期訪問していた植木業者からの通報をきっかけに、地域包括支援センターや警察、消費生活センターが連携し、社会的入院で保護しました。それでも、取り返せたお金はほんの一部でした。

 中等度認知症の80歳代男性は、訪問歯科によって不要かつ不適切な高額自費治療を受けていました。別のかかりつけの歯科医が異常に気付き、地域包括支援センターへ連絡。ところが、本人が被害を認めたがらず、支援が進みませんでした。

〈と解説するのは、京都府立医科大学大学院の成本迅教授(精神科医、認知症専門医)だ。一般社団法人「日本意思決定支援推進機構」の理事長も務め、高齢者の権利擁護と適切な意思決定支援のための研究開発に取り組む。また、消費者庁新未来創造戦略本部の客員主任研究官にも任命されている。〉

対人接触型のトラブルが

 アンケート調査の結果、認知障害の重症度によって、被害パターンに違いが見られることが分かりました。MCIでは、ある程度、日常生活の自立ができています。自分で買い物をしたり、インターネットで品物を購入したりと、経済活動も比較的活発です。そのため、通信販売やパソコン不具合などのサポート詐欺、架空請求のような非対面型の被害に加え、訪問販売や電話勧誘、住宅修理、訪問購入といった対人接触型のトラブルが目立ちます。認知障害の重症度が上がってくると、自宅訪問型の受け身のトラブルが増えるようです。貴金属の押し買いやリフォーム詐欺などです。なにより衝撃的だったのは、被害に遭った高齢者の8割がだまされたという認識がなかったことでした。

第一の防波堤

 認知症やMCIの方たちが、消費者被害に遭うことを防ぐにはどうしたらいいのか。

 私は、第一の防波堤として、訪問診療や介護など訪問系の職種の方々に期待したいと思っています。高齢者の自宅を訪問したときに、謎の契約書がテーブルに置いてあったり、本人が絶対に使いそうにない電化製品がいくつも並んでいたりといった異変に気付く機会がきっと多いはずです。

 訪問系の職種の方の通報をもとに、われわれ、医療福祉関係者も関与し、さらに、消費生活センターと連携することで高齢者の被害回復がスムーズに進むことがあります。ですが、アンケートの26例でも、消費生活センターと連携できたのは3割ほど。医療福祉関係者だけで対応策を見つけようと右往左往してしまっている傾向が否めません。今後は、もっと消費生活センターと連携を深めるべきだと考えています。

 一方、高齢者ならどなたでも訪問系のサービスを受けられるわけではありません。自分の足で歩いて病院に行けるような人は利用できないのです。その場合、やはり家族や身近な人が高齢者を気にかけるしかありません。子どもの立場からすると、せめて年に2回くらいは親元を訪ね、銀行の通帳などを確認するというのも一つの方法です。しかし、この方法は「生きているうちから遺産狙いか!?」などと親からあらぬ反発を招き、関係がギクシャクしてしまうことがあります。

 ですから、私の母もそうしてくれているのですが、親の方から、「通帳はここに置いてあります」「保険はどこそこに入っています」ということを子どもに対し、事前に伝えておくのが最善ではないでしょうか。

家族が勝手にキャッシュカードを使い続けると……

 ただ、最善であるがゆえに、親が認知症になったときに、息子なり、娘なりが親のキャッシュカードを管理し、現金を引き出していることが大半だろうと思います。病院に通院している認知症患者の家族に、アンケートを実施したことがありました。その結果、7割の家族が認知症になった方のキャッシュカードを使い、介護費用に充てたりしていたのです。しかし、本人の意思確認が十分にできないまま家族がキャッシュカードを使い続けると、金融機関の規約上の問題や、相続時に私的流用を疑われるリスクが生じます。

 この問題の解決策として、「三菱UFJフィナンシャル・グループ」が始めた「予約型代理人サービス」という金融サービスがあります。私が理事長を務める一般社団法人「日本意思決定支援推進機構」と共に、制度設計を行いました。現在、みずほ銀行も取り入れており、ゆうちょ銀行では「投資信託解約委任サービス」なども導入しています。この金融サービスは、事前に高齢者が口座の管理を任せる代理人を指定するもので、親族やパートナーでも代理人になれます。高齢者の認知機能がある程度低下したところで、医師が診察し、その結果を銀行に提供します。その後、代理人が口座を管理できるようになります。家族による不健全な口座管理を解消しようという金融サービスです。

認知症への備え

 この制度の利点は、どこからが代理人による取引なのか明白になることです。親の口座から自由に現金を引き出していると、もめ事が生じやすいので、それを防げるというのは重要です。

 家族頼みにするのではなく、高齢者ご自身が判断能力の衰える前に、備えをしておくわけです。

 消費者庁のアンケートでは8割の人に被害認識がなかったわけですが、認知症と診断される2年ほど前から、判断能力が落ちたことに気付かなくなることが報告されています。一方、「最近、もの忘れが多いな」と認識しているうちは大丈夫ですから、その段階で備えを始めたらいかがでしょうか。

 ほかに、高齢者の認知症への備えとして、信託銀行が提供している「認知症対策金融商品」があります。この金融商品も、あらかじめ息子や娘などを口座管理の代理人に指定します。その結果、月々の生活費以外を引き出すには代理人の同意が必要になったり、さらに、認知症と判明しても口座凍結とならず、代理人が介護費などを出金できるというものです。

数千万円をだまし取られ……

 実際に京都で起こった事件ですが、認知症の方が最初に普通預金口座から数千万円をだまし取られました。続けて、犯人は数百万円の入った信託口座も解約しようとしたのです。そこで、信託銀行から家族に連絡が行き、解約を阻止。犯人逮捕にまで至りました。

 また、「民事信託」という制度を利用する方法もあります。例えば、父親がアパート経営をしているとして、認知症を発症すると、新規入居や更新の契約が困難になります。その上、家賃の振込先口座が凍結され、現金を引き出せなくなります。

 家族なりが家庭裁判所に成年後見の開始を申し立てれば、父親の資産を管理することができるようになります。しかし、デメリットは少なくありません。資産の積極活用は無理ですし、生前贈与や相続税対策もできません。そこで、元気なうちに民事信託で資産の管理、処分を家族に託すという方法があります。一般的には、弁護士や司法書士に相談し、信託契約書を作成の上、公正証書として残します。

 成年後見制度の中に「任意後見制度」というものもあります。法定後見では、高齢者が認知症になってから、家庭裁判所が選任した成年後見人によって高齢者の財産管理や身上保護が行われます。

 一方、任意後見制度は、認知症になる前に、将来支援してもらう人を契約で決めておく制度です。判断能力が低下した後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任すると、任意後見人による支援が始まります。任意後見人の報酬を定めている場合には、任意後見監督人の報酬も含め、一定の費用がかかる点には注意が必要です。

 とはいえ、成年後見ではまったく面識のなかった弁護士などが後見人に就くことになりますが、任意後見では元から信頼関係のある人に頼め、契約のアレンジも可能です。

任意後見をうまく利用できているケース

 私の男性患者さんで好例があります。

 その方は、自分で選んだ司法書士に任意後見人になってもらい、「長谷川式簡易知能スケール」で20点を切ったら、制度の利用開始と決めていました。長谷川式簡易知能スケールとは、認知機能を測る検査で、30点満点のうち20点以下で認知症の疑いありとされています。

 男性患者さんはお酒が好きで、若い頃から京都の祇園に通っていました。そのため、司法書士に、認知症になっても週に1回程度は祇園に出かけさせてほしいという要望を伝えていたのです。

 現に、いまも通っているようで、先だって診察にいらっしゃったときに、「祇園に行き過ぎちゃって、司法書士に怒られました」なんてことをおっしゃっていました。長谷川式簡易知能スケールで20点を切ったくらいなら、十分に祇園に通えます。この方は、奥さまがすでに認知症でホームに入所されていて、お子さんはいらっしゃいませんでした。そこで、任意後見を利用されたのです。

「物忘れ協定」

 目下、身寄りのない「お一人さま」の増加に伴い、その備えとして、「高齢者等終身サポート事業者」が注目されています。

 買い物の同行や生活に必要な物品の購入など日常生活への支援、生活費や医療費、家賃、公共料金の支払いなどのサポートが事業者から受けられます。加えて、死亡時には火葬の手続きや遺品の整理なども行ってもらえます。

 大々的にテレビCMを展開している事業者もあり、都市部での利用が多いようです。しかし、トラブルも尽きません。高額な契約を結ばされた上、うたわれているサポートが受けられなかったり、解約しようとしても返金されなかったりといったことがありました。中には、高齢者に対し、事業者が自らを遺言執行者にするよう強要したケースまであったと聞きました。

 これまでは、業法による一元的な許認可や監督の枠組みがなく、契約内容や解約、預託金の管理などを巡るトラブルが相次いでいました。そのため、内閣府などが中心となり、2024年6月にガイドラインを作成したのです。ですが、いまもって、業界参入に必要な許認可はなく、包括的に規制する業法はまだ整備されていません。ガイドラインを遵守するかどうかは、事業者次第です。

 かといって、業界への信頼を得ようと、立派な活動をしている事業者も少なくないので、その見極めが必要だと思います。

 結局のところ、認知症への備えとして、なかなか万全なものがないのが実情です。

 しかし、せっかく築き上げたものをだまし取られることがないように、備えておくに越したことはない。そのためには、なにより認知機能低下の早期発見が欠かせません。

 そこで、私がお勧めしたいのが、ご高齢のお友だち同士で結ぶ「物忘れ協定」です。

 息子や娘から「お父さん、認知症だと思うから病院へ行こう」と言われると、どうしても親は反発し、親子関係に亀裂が入ってしまうことがあります。ですが、同じ高齢のお友だちからだと、割と素直に受け入れられるようです。

 実際、私の元にも、お友だちから認知症ではないかと言われて受診に来ました、という人が時折おられます。

認知症への備えを促す

 物忘れ協定は、うちの大学院の客員講師で言語聴覚士の安田清先生が提唱されていて、正式には「もの忘れ・認知症等の相互見守り助け合い協定書」といいます。

 その協定書には次のようにうたわれています。

〈もの忘れや認知症は高齢者の間はよく見られる病気です。しかしながら、通常その発病は数年かけてゆっくり進み、(略)早期発見・早期対処がむずかしい病気です。

 そこで私たちは、旧知の間柄を生かし、お互いのもの忘れをチェックし、もしもの忘れが進んでいると感じたら、本人に直接注意を促か(ママ)し、対処法を一緒に考え、さらに素直に病院に行くこと、そしてその後、お互い助け合うことを約束します〉

 これに署名の上、定期的に顔を合わせ、互いを見守り、助け合う。お友だち同士で、認知症への備えを促すのです。

成本 迅(なるもとじん)
京都府立医科大学大学院教授(精神科医、認知症専門医)。1995年に京都府立医科大学卒業、さらに、2001年に同大学院を修了。複数の病院に勤務後、05年、京都府立医科大学精神医学教室へ。助教、講師、准教授を経て、16年より現職。一般社団法人「日本意思決定支援推進機構」の理事長も務める。

「週刊新潮」2026年7月23日号 掲載