がんばって運動すれば痩せられるかというと、そうでもない。一体なぜなのか。科学教養系YouTuberの九和律さんは「人体が1日で消費するカロリーのうち、運動自体の消費カロリーはほんの数%しかない。しかも、運動で消費されるエネルギー分、他で消費されるエネルギーを減らす仕組みになっている」という――。

※本稿は、九和律(9割が知らない雑学)著、齋藤勝裕監修『生命・地球・植物・動物・宇宙をめぐる46億年の物語 科学の教養大全』(Gakken)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Kiwis
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kiwis

■なぜ人間はわざわざ運動するのか

突然ですが、皆様は昔の人類というものを知っていますか?

たとえば縄文時代はおよそ1万年ほど続きました。縄文人は1万年間土器を作っていたわけです。1万年も生きて、土器て。文字ぐらい作らんかい。縄文人、お前もう人間降りろ……とか思っている人は、宇宙人も地球人に対しておそらく同じことを思っていることを忘れてはいけません。チンパンジーと別れてから約700万年も生きて、まだ戦争て。地球人、お前もう知的生命体降りろ、とね。

さて、ということで現代人からすると、昔の人の行動には色々奇妙な点を感じるわけですが、逆に昔の人からしても、現代人の行動は奇妙に見える点があります。

それが、運動です。わざわざエネルギーを消費するなんて愚の骨頂です。とても自然界で生きていけるとは思えません。野生動物がサバンナで筋トレをしているところなんて、見たことがありません。

ヒトは健康になりたい! と思いながらも、ゴロゴロしてテレビを見るような不健康なことが好きで、筋トレやジョギングのような健康に良いことが嫌いなのです。果たしてこれは、なぜなのでしょうか? 生物として矛盾しています。

■1日24km歩くサバンナの狩猟採集民族

2009年の話です。人類学者であったハーマン・ポンツァーは、アフリカの赤道直下のタンザニアという国に住む、ある先住民たちの調査を行っていました。

彼らはタンザニア北部のサバンナに住んでいる、ハッザ族と呼ばれる人たちです。

ハッザ族は、狩猟採集民族であり、農耕や牧畜を行いません。毎日己の肉体を使い、食料をすべて自然から調達します。

女性たちの多くは、子どもを背負いながらベリーを集め、芋を掘り出します。男性たちは木の枝と動物の腱(けん)で出来た弓や斧を使って、シマウマやキリンを狩りに行きます。「一狩り行こうぜ」のレベルが高過ぎますね。サバンナの中で獲物を探し回る彼らの1日の運動量は、平均的欧米人の1週間以上に上り、男性であれば1日24kmほど歩いていました。

1日5km走っているだけですごいと言われる現代人のレベルではありません。

その当時、彼らのような狩猟採集民族の1日のエネルギー消費量は知られていませんでした。そこでハーマンは、彼らのエネルギー消費量を注意深く計測し、ある事実が明らかになったのです。

■ゲームしている現代人とカロリー消費量は一緒

それはハッザ族のエネルギー消費量は、欧米人と変わらないという衝撃の計測結果でした。狩りをしている人たちと、ゲームをしている私たちの消費カロリーが一緒とは、とても信じられません。

出所=『科学の教養大全』(Gakken)P259

この結果を後押しする実験結果はいくつかあります。たとえば、同じ距離を走るのに、ジョギングと全速力では、どちらがカロリーを消費すると思いますか?

速く走った方だと思うでしょうが、実は、消費カロリーは一緒なのです。全速力だろうがジョギングだろうが、同じ距離なら消費カロリーは変わりません。

走る速度は、消費カロリーにほぼ影響しないことが分かっています。ただし1分あたりの消費カロリーは違います。同じ時間であれば、速く走る方が多く進む分、カロリーを多く消費出来ます。他にも、動物園で飼育されている霊長類と、野生に住む霊長類のカロリー消費量も、おおよそ同じであることが分かっています。

これらの事実はすべて、動物のある1つの特徴が原因です。

■動物を動かす「代謝」の仕組み

それが「代謝は柔軟である」という特徴です。

代謝とは、動物が生きるための1サイクルです。生物は食べ物を消化し、各細胞でエネルギーを燃やして発電し、体を動かしています。代謝は、動物を動かすエンジンです。この性能は動物の生存に直結するため「代謝」という発電方法のエネルギー効率は頭抜けています。

たとえば皆様は「おやつにドーナツを1個食べると、その分のカロリーを消費するのに、人は4km走らないといけない」と聞いたことはありませんか?

子どもの頃私は、いくらなんでも4kmは長過ぎでしょう、と思いました。これは逆に言えば、人体は「ドーナツ1個のカロリーで数十kgの体を4kmも動かせる」ということです。抜群の燃費であると言えます。

この代謝の最も異質な特徴が「柔軟性」です。1日の総消費カロリーには、ホメオスタシス(恒常性)が働き、多少運動をしても、消費カロリーが増えません。運動して消費されたカロリー分、どこかのカロリー消費が削られているのです。

■毎日運動しても減量効果は5kg程度

人体が1日で消費するカロリーのうち、60%以上は脳や臓器などの生命活動に使われています。これを「安静時消費エネルギー」と言います。残る40%のうち、10%が食べ物を消化し栄養素を作るのに使われ、残り30%が運動を含めた1日の生活に使われます。

1日の生活で30%なら、運動自体の消費カロリーはほんの数%になります。

出所=『科学の教養大全』(Gakken)P261

これが運動しても痩せない、短期的な理由です。多くの人が思うよりも、運動が占めるカロリー消費割合はずっと低いのです。

とはいえ、毎日運動していれば、塵(ちり)も積もれば山となって、痩せていくと思いますよね。

もちろんある程度は痩せます。しかし日常的に「食べなさ過ぎ」でガリガリの人は見たことがあっても、「運動のし過ぎ」でガリガリの人を見たことはないでしょう。これが運動しても痩せない長期的な理由です。体の脂肪を消費するのではなく、代謝自体を下げてしまうのです。

アメリカでのいくつかの研究結果から、運動のみでは、1日の消費カロリーは220カロリー程度なので、毎日運動を続けたとしても、体重にしてせいぜい5kgの減量が限度ではないか、とされています。運動で普段よりも消費されるエネルギーが大きいと、他の分で消費されるエネルギーが減り、全体のバランスが保たれます。

■痩せにくく太りやすい方が生き延びる

たとえば、激しい運動をすると炎症反応が弱まる場合が多く、エストロゲンなどの生殖ホルモンのレベルが下がります。実際に、動物実験の結果、日々の運動量を増やしても消費カロリーは変わらず、その代わりに排卵周期が遅くなり、組織の修復も遅くなります。

しかも長期的に見れば、筋肉がつくことにより運動自体の消費カロリーが減っていき、ついには元々のカロリー消費に戻っていくのです。なんでこんな体になっているのでしょうか。

これは、痩せにくく太りやすい方が、生存に有利だからです。そもそもカロリーをより多く消費したいと思っているのは、歴史的に見ても、全動物の中で現代人だけです。昔の人類からすればカロリーは非常時に蓄えておくものです。だからこそ、食べれば太りますし、運動してもカロリーを過度に消費しないように進化したのです。

では、運動することは健康に悪いのでしょうか。

■それでも運動したほうがいい2つの理由

結論から言えば、運動は健康に良いです。

というのも現代人は「食べ過ぎ」だからです。この飽食の現代であれば、人間は、脳や臓器で使われるカロリーよりも、多くのカロリーを摂取してしまっています。

運動が健康に良い理由は、大別すると2つあります。

1つ目は炎症反応を抑制することです。炎症とは、体内に侵入した病原菌などを排除する免疫反応です。感染症にかかった時に疲れるのは、この炎症システムに多くのエネルギーを使って病原菌と戦い、人体を守っているからなのです。文字面とは裏腹に、いい反応です。

九和律(9割が知らない雑学)著、齋藤勝裕監修『生命・地球・植物・動物・宇宙をめぐる46億年の物語 科学の教養大全』(Gakken)

しかし、先ほども言ったように、人体には1日の消費カロリーを均(なら)そうとする働きがあります。短期的には脂肪として蓄えておけますが、長期的には、日常的に食べ過ぎている現代人の水準に合わせようと、人体が余分なカロリーを燃やそうとします。この余ったカロリーが、本来は必要のないところで炎症を引き起こすのです。燃料が有り余っていますからね。

なので、人体は余ったカロリーがあると感染されていない部位でも炎症を起こし、カロリーを消費しようとします。これを慢性炎症と言い、心疾患や糖尿病などの代謝疾患を引き起こします。

2つ目は生殖ホルモンレベルを下げられるからです。

生殖系の働きが抑えられることは、一般的に言えば良いことに分類されます。乳がんや前立腺がんといった、生殖系がんリスクを低下させられる、最も効果的な方法だからです。

■昔は「ダラダラ過ごす=健康」だった

石器時代の200万年間、ヒトは慢性的に食料不足でした。ヒトは生き延びるために、少ない摂取エネルギー量を狩猟や生殖活動に優先的に使用し、それ以外の余暇の時間は極力、エネルギーを使用しないように最適化されたのです。

端的に言えば、ヒトは、筋トレをするようにはデザインされていません。だから筋トレなどが続かないのは自然であり、正常であると言えるでしょう。エネルギーの無駄遣いだと、石器時代に適応したままの身体が勘違いしているわけです。ダラダラ過ごすことが不健康な行為になったのは人類史ではごく最近であり、それ以前はダラダラ過ごすことこそが健康的な行為だったのです。

あなたが寝転がってこの本を読んでいるのは、ヒトとして正常なのです。良かったね。

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九和 律(くわ・りつ)
科学教養系YouTuber
科学の魅力や知識を伝えるYouTubeチャンネル「9割が知らない雑学」を運営。「言われなければ不思議にも思わなかった、当たり前の事実」を面白おかしく動画で紹介。わずか120本ほどの動画で、総再生回数は1億回を超えている。
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齋藤 勝裕(さいとう・かつひろ)
名古屋工業大学名誉教授
1945年生まれ。1974年、東北大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。おもな著書に「絶対わかる化学シリーズ」(講談社)、「わかる化学シリーズ」(東京化学同人)、「わかる×わかった! 化学シリーズ」(オーム社)、『料理の科学』(SBクリエイティブ)、『「発酵」のことが一冊でまるごとわかる』『「原子力」のことが一冊でまるごとわかる』『身のまわりの「危険物の科学」が一冊でまるごとわかる』(ベレ出版)ほか多数。
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科学教養系YouTuber 九和 律、名古屋工業大学名誉教授 齋藤 勝裕)