ブラピ&アンジーの末っ子も「ピット姓」削除 子ども全員“ピット離れ”の裏に「カンボジア移住計画」

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子どもたちの間の亀裂はジョリーが原因

ブラッド・ピット(62)とアンジェリーナ・ジョリー(51)の末っ子の3女ヴィヴィアンさん(18)が、裁判所に自分の姓から「ピット」を削除するよう申し立てた。

長女ザハラさんと長男マドックスさんも同様の申請をしており、子どもたち全員が“ピット離れ”の異例事態となっている。子どもたちが全員18歳以上になったことで、ジョリーはカンボジアに移住する計画を立てているという。

米サイトTMZによると、ヴィヴィアンさんは、本名を「ヴィヴィアン・マーシェリン・ジョリー=ピット」からピット姓を削除して「ヴィヴィアン・マーシェリン・ジョリー」へ法的に変更するよう求める申し立てをロサンゼルス郡上級裁判所に行ったことが裁判資料から明らかになった。名前の変更は「個人的な理由」と記載されているという。

ヴィヴィアンさんと双子の3男ノックスさん(18)も、改名の法的な申請はまだしていないが、6月に高校を卒業した時に卒業証書に「ノックス・ジョリー」という名前を使用。“ピット離れ”も時間の問題とみられる。

次女のシャイロさんは’24年8月に同様の申請を行い、認められている。また、長男マドックスさん(24)と長女ザハラさん(21)も申し立てを行っており、近く審問が行われ申請が認められるとみられている。

ピットに近い関係者は、TMZに対し、

〈ピットと子どもたちの間の亀裂はジョリーが原因〉

と語ったという。そして、ヴィヴィアンさんの申し立ては、ジョリーが子どもたちを父親から引き離そうとする

〈非常に悲しい、終わりのないキャンペーン〉(同・近い関係者)

と述べたというが、もはや“後の祭り”といったところだろう。

ピットとジョリーは、長年にわたる訴訟の末、’24年後半に離婚を正式に成立させたが、結婚中に購入したフランスのワイナリー『シャトー・ミラヴァル』の株売却を巡る裁判は今も続いている。

子どもたちが相次いでピット姓を外す事態となったそもそもの原因は、’16年にジョリーが裁判所に離婚を申請する原因となった、ロンドンから一家で帰国するプライベートジェット機の機内で、酒に酔ったピットが長男マドックスさんに暴力を働いたと報じられた騒動だった。

18歳になれば、私はここを離れられる

ジョリーは’22年、ピットと結婚当時2人で所有していた南仏のワイナリーの株売却問題を巡る裁判で、ピットのマドックスさん暴行疑惑について証言している。

「長い一晩のフライト中、ピットは私と当時8歳から15歳だった子どもたちに身体的、精神的な虐待を加えていた」

としたうえで

「そのフライトの後、家族の健康と幸福のために離婚を申請することを決めた」

と主張している。ピットは子どもたちにビールとワインをかけたなどとも証言したと米メディアが当時報じていた。

「ジョリーとピットが機内で口論になり、ジョリーに味方したマドックスさんに酒に酔ったピットが暴力をふるったと報じられた。ピットの弁護士は『個人攻撃と虚偽の陳述』と疑惑を否定。ロサンゼルス郡児童家庭福祉局が児童虐待などで調査に乗り出したが、ピットの法的責任は問われなかった。またFBIも捜査したが、’16年11月に捜査を打ち切ったと当時米誌『US Weekly』が報じています。ですが、あの騒動はピットとジョリーのファミリーを崩壊させる原因となったとみて間違いないでしょう」(ハリウッド事情通)

ピットはアルコール依存症を克服するカウンセリングに参加するなど、ジョリーや子どもたちとの関係を修復しようとしたとも報じられたが、ジョリーの離婚の決意と子どもたちをピットから遠ざけようとする意向を覆すことはできなかった。

そうしたなか、米サイト『realtor.com』によると、双子のヴィヴィアンさんとノックスさんが18歳になったことで、ジョリーはロサンゼルスを離れる自由を獲得して、以前から語っていたマドックスさんの故郷カンボジアへ移住する計画を進めているという。

「アメリカの多くの州では子どもが18歳になると離婚で合意した親権はなくなり、子どもが自分の財産を管理し、居住、改名などを自分で決めることができるようになります。末っ子の双子が18歳になり、ジョリーとピットが離婚のときに交わした、『海外に移住しない』『子どもたちとの面会時間』など親権に関する取り決めも終了して、ジョリーと子どもたちの“ピット離れ”はこれで法的にも完成したことになります」(前出・ハリウッド事情通)

ジョリーは以前、米誌『ハリウッド・リポーター』の取材に、米国を離れたいという願望を公言したうえで、

「離婚の事情でここ(ロサンゼルス)にいなければならないからここにいるの。でも、双子が18歳になれば、私はここを離れられるわ」

と語っていた。

ピットの親権が無くなり自由の身になったことで、長男の養子マドックスさんの出身地であり、自身が長年自宅を所有しているカンボジアで、より多くの時間を過ごしたいという希望を明かしていた。

また、カンボジアのポル・ポト独裁政権時代の大量虐殺を生き抜いたルオン・ウンの同名回想録を題材にした映画『最初に父が殺された』(’17年)の製作・監督を務め、マドックスさんを製作に参加させている。難民高等弁務官事務所の親善大使を務めたこともあり、人道支援や慈善活動に取り組んできたこともカンボジア移住計画に関係しているとみられる。

いずれにしても、法的にピットから自由になったジョリーが俳優、監督として今後どのような新境地を見せるのか。はたまたジョリーの映画の助監督を務めた長男マドックスさん、またダンサー、振付師として活動するシャイロさん、格闘家としてデビューしたノックスさん、ジョリーがプロデュースしたブロードウェーの舞台のアシスタントプロデューサーを務めたヴィヴィアンさんなど、子どもたちの今後の活動が注目される。

取材・文:阪本 良(元『東京スポーツ新聞社』文化社会部)