テレビ信州

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特集です。

かつて、全国一の養蚕県だった信州。16万軒を超えた養蚕農家は今、県内にわずか5軒です。「収入にならないと未来にはつなげられない」。消えゆく産業を守ろうとする女性を追いました。

6月1日。

「1万800いるので、適当にやってください」
「はい」

駒ヶ根シルクミュージアムに蚕を受け取りに来たのは、駒ヶ根市で唯一の養蚕農家竹内慶子さん(51)です。

養蚕を始めて16年。

もともとはこのシルクミュージアムで働きながら蚕の飼育を学び、6年前に独立しました。

養蚕農家 竹内慶子さん
「今までトラックに乗っていたので、早く息をさせてやらなきゃ」

自宅に戻ると、さっそく飼育の準備に取り掛かります。

養蚕農家 竹内慶子さん
「私こういう古いもの好きなので、その道を選ぶことにしたっていう。ちょっと緊張しますね。1年ぶりというか去年の秋ぶりなので蚕自体を見るのが、ちょっとまだ私も体ができていないので」

蚕の餌となる桑は1日3回。真夏の日中を避け、朝、夕方、夜と時間をずらして与えています。

しかし、近年は暑さとの戦いが年々厳しくなっています。

養蚕農家 竹内慶子さん
「せいぜい25度くらいがベストなんですけど、実際は35度とか40度近くなるので、朝寒くなるのと日中暑くなるのと差がなるべく少なくなるように温度管理するのが非常に飼育する人間にとっては頑張らなきゃいけないところですね」

気象庁によりますと、日本の夏(6月~8月)の平均気温は変動しながら上昇を続けていて、100年あたり1.38度の割合で上がっています。

養蚕が盛んだったおよそ100年前と比べると、蚕の温度管理はより難しくなっています。

そして、もう一つの壁が収入です。

養蚕農家 竹内慶子さん
「とても生業とするには難しい世界ですけど、なかなか単価が安くて若い人も結構見学に見えたりするんですけど、やっぱりその辺の問題が一番あれかな。お薦めしたいけどできないっていうか」

糸用の繭は、去年まで1キロ2700円で取引されていましたが、今年は3500円に引き上げられました。それでも、養蚕だけで生計を立てるのは厳しいのが実情です。

そのため竹内さんは養蚕のほか、漆の仕事にも携わりながら暮らしを支えています。

養蚕農家 竹内慶子さん
「私の場合は汗水たらして残すっていう方法を選んだっていう感じですね」

養蚕が最盛期だった大正時代。(1921年=大正10年)県内には16万軒以上の農家がありました。

その数は昭和40年まで全国で最も多く、養蚕は長野県を支える重要な産業でした。

しかし、高度経済成長や農家の高齢化などにより減少し、県内で養蚕を続ける農家はわずか5軒です。(令和6年度末)

竹内さんの「養蚕を後世に残したい」という思いに、夫の義浩さんも賛同し、日々の作業を支えています。

夫 義浩さん
「こういう受け継がれている技術って続けることに意味があるから継続しないと技術もつながらないし、やれるうちは続けていきたいですし、こうやって畑もあって作業場もあってって環境があれば、いずれまた誰か若い人でやりたいってこともあるかもしれないですしね」

そんな中、養蚕に新たな可能性も生まれています。竹内さんは今年初めてワクチン用の蚕も育てました。

養蚕農家 竹内慶子さん
「人間のこういう病気のいずれ薬になってくれたら、それはそれで用途としてもありかなって感じたりはしていますけど、まだあんまりしっくりこないところもありますけど」

蚕が原料となるワクチンは、遺伝子情報を組み替えたウイルスを蚕に注入すると、体内でワクチンの元となるタンパク質が作り出されます。そのタンパク質を含んだ蚕そのものがワクチンになるのです。世界で年間20万人が命を落としているというノロウイルスのワクチンの開発を目指しています。

養蚕農家 竹内慶子さん
「用途としては昔みたいに着物を売って絹が売れていくような時代はもうとっくに終わっていると思うので、やっぱりこのワクチンにするとかそういう用途もありかなっていうのがありますよね」

ワクチン用の繭の卸値は出来によって変わりますが、1キロ5500円です。糸用の繭よりも1キロ当たり2000円高くなっています。

養蚕農家 竹内慶子さん
「もともと人のお金になるからって養蚕があったわけだから、それが今ノーセンキューだから単価が上がらないのも分かるし…だけどやめたら本当に本当にあれなんだよな」

養蚕を残したい思いと現実との間で葛藤しています。

養蚕農家 竹内慶子さん
「収入にならないと未来にはつなげられないです」

それでも…。

養蚕農家 竹内慶子さん
「継続することが目標です」

「続けること」を選んだ竹内さん。

県内に5軒だけとなった養蚕農家が、消えゆく伝統の糸を未来へと紡いでいます。