数十冊にも及ぶ「大谷翔平日記」(C)日刊ゲンダイ

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【元阪急ブレーブス森本潔 異端児と勇者たちの残響】#32

【前回を読む】プロ通算1450試合出場も 引退後はタクシー運転手、寮の管理人…バブル崩壊で流転人生が始まった

 前身となる阪急軍から数え、今年で球団創設90周年を迎えた阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)。当時のパを代表する名手を幾人も輩出する中、ひときわ異彩を放っていたのが森本潔だ。球界から突如消えた反骨の打者の足跡と今を、ノンフィクションライターの中村素至氏が追った。(毎週木曜掲載)

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 太宰治は自らを「無頼派」と標榜したが、文芸評論家の柄谷行人は、「無頼とは、『頼るものの無いこと』なのに、太宰は実家の財力に頼り、芥川賞が欲しくて先輩作家を頼り、死ぬときも女を頼った」と揶揄した。本物の無頼派作家は坂口安吾だ、ということらしい。

 森本潔は真の無頼派野球人だった。頼れるものは己の腕とバットだけ。監督やコーチにも媚びを売らず、反骨心だけで野球人生を駆け抜けた。時には暴走することもあったが、その代償はすべて自らが負った。無頼派気取りのプロ野球OBは見かけるが、森本のような野球人はもう絶滅危惧種だろう。取材の最後に、「野球界への提言」を語ってもらおうとしたら、「ただ一つ、俺のような生き様をするな」と、悪戯っぽい答えが返ってきた。しかし、その清冽な生き様にこそ「最後の無頼派」の称号を贈りたい。

 森本の書斎にある大きな机。透明のデスクマットの下には家族の写真、生涯の親友・松浦毅と写った西条高の同窓会の写真、そして阪急・オリックス85周年記念の野球カードが飾られていた。西宮球場のスタンドをバックに、森本がバットを構えた場面。裏面の文章は筆者が書いている。「オリックスの始球式に呼ばれたりしたら、行きますか?」と尋ねたら、「そういうのは嫌だな。阪急には愛着があるけど、オリックスは近鉄と合併したでしょ。俺、近鉄ファンにヤジられていたから(笑)」と返ってきた。球界への未練も微塵もないようだ。

 だが、ただ一人、森本が注視している現役のプロ野球選手がいる。メジャーリーガーの大谷翔平だ。森本は、デスクの一番上の引き出しから日記帳を取り出した。

「大谷がメジャーに移籍してから、ずっと出場する試合を見て、日記をつけているんだよ」

 息を呑んだ。それは、大谷専用のスコアブックだった。記録だけではなく、毎試合の感想、大谷の調子、気づいたことなどの寸評がびっしりと細かく綺麗な字で書き込まれている。エンゼルス入団当初から書き始めた「大谷翔平日記」はすでに数十冊に及ぶが、古いものから順に処分しているという。森本は野球評論の仕事を離れて久しい。かつてスポーツ紙で書いていたコラムを「ギャラの割には面倒」と感じて降りた男が、80歳を過ぎた今、大谷の出場試合を見て、誰に頼まれたわけでなく、無償の行為として楽しみながら、毎試合克明に書き記している。それだけ大谷の存在に魅力を感じているのだ。

「俺はすべての面であの32歳の男を尊敬するよ。俺が生きている間には、大谷翔平を超える選手はもう出てこないんじゃないかな。だって、メジャーの選手が『今のメジャーでナンバーワン』と認めるぐらいなんだから。天賦の才能を持ちながら、人の3倍も4倍も努力している。王貞治さんや長嶋茂雄さん、川上哲治さんだって、その時代の英雄であり、尊敬すべき人だと思うよ。だけど、申し訳ないがスケールが違う」

 森本の現役時代には考えられない規格外の選手は、メジャーリーグで「大谷ルール」まで作らせてしまった。

「まず野球に対する取り組み方が違う。それに人生観が違う。これから俺が生まれ変わるんだったら、大谷のような選手になりたいというか、ああいう人間になりたいとは思うけど、まあ俺の性格では無理だな」

 森本にとって理想形の野球選手が大谷であるようだ。メジャーリーグでは、「大谷の全盛期は永遠ではない。大谷時代が終わればどうなるのか」と、野球界が衰退することさえ危惧されている。

「あと4、5年は全盛期が続くと思うよ。35歳まではまずは大丈夫だろうね。というのは、俺らみたいな凡人は、翔平みたいな数字を残したら、有頂天になって下り坂になったり、山あり谷ありになったりするけど、あいつはそうはならないと思うのよ。気持ちがしっかりしているから」

 日記を手に淡々と語り続ける。もしも「野球の神」があるのなら、大谷翔平の存在は森本にとって神の使いなのではないか。立教大学時代、半ば儀礼的に礼拝堂に通っていた森本。その「神に祈らぬ男」が今、ここで「野球の神」に祈りを捧げようとしている--。

「この日記を翔平が引退するまで、俺が生きている限り書き続けていければ……」

 それは「無頼派の祈り」のような荘厳な光景だった。

(中村素至/ノンフィクションライター)