「何度も帰れと言っていたのに…」退職代行で辞めた社員からの「未払い請求」に唖然、残業代に含まれていた「まさかの手当」とは
労務相談やハラスメント対応を主力業務として扱っている社労士である私が、企業の皆様から受けるご相談は年々多様化しています。近年では最低賃金上昇に伴い、人件費に関する労働者からの訴えに関するご相談事例も増加傾向にあります。
そもそも労働時間として認められるかどうか、休憩時間は適切に取得できていたのか、さらには割増賃金の計算方法そのものに問題はなかったのか――。相談を紐解いてみると、経営者自身も気づいていなかった論点が潜んでいることは少なくありません。
今回は、企画職の未払い残業代請求の相談事例をもとに、「勝手に残業していた社員」と会社が考えていたケースで、なぜトラブルが発生したのか、そして企業が見落としがちな割増賃金計算の落とし穴について考えてみたいと思います(なお、ご相談事例は個人の特定を防ぐため、複数のエピソードを組み合わせて再構成したものです)。
定時をすぎても残業
「いや、本当に帰れって言っていたんですよ。実際、A以外はちゃんと帰っていたんです」
少し困ったような表情でそう話し始めたのは、従業員50名ほどの会社を経営する40代の社長でした。地域情報を紹介するWEBメディアの制作やイベント企画運営を手がける会社で、大きく分けると企画・営業を担う社員と実際の制作・運営を行う社員に分かれます。
企画・制業職の場合は裁量労働時間制や変形労働時間制の適用はなく、毎日午前9時から午後5時まで勤務する働き方になっており、今回相談の対象となったAさん(36歳男性)も企画職として勤務していました。
Aさんは仕事に対して真面目で、与えられた業務を途中で投げ出すようなタイプではありません。顧客とのコミュニケーションも良好で、むしろ社長の印象では「よくやってくれている社員」だったそうです。
「ただ、Aは帰らないんです。定時を過ぎても席に残っていることが多くて」
仕事が終わっているように見える日でもパソコンを開いている。上司が「今日はもう帰ったらどうだ」と声をかけても、「もう少しだけやります」と残る。残業申請が出ていない日でも会社にいることが少なくありませんでした。
「本人に何度も言ったんです。残業するなら申請してくれ、そもそも急ぎじゃないなら残らないでくれって。うちはどちらかというと早く帰れと言う会社なんですよ」
社長によれば、Aさんは業務命令として残業を指示されていたわけではありませんでした。
もちろん繁忙期に残業が発生することはあります。また、自分が企画したイベントの仕様が変更になったり、天候不良で代案を検討しなければならないなど、緊急のやむを得ない残業はあります。Aさんはこうした残業には積極的に応じていましたし、会社として頼もしいと感じることもありました。
しかし、会社としては、Aさんが残っていた時間のすべてについて残業が必要と考えていたわけではありませんでした。単にパソコンの資料をながめているだけに見える。顧客のHPを閲覧している。過去の資料を見直している……確かにどれも業務とは関連があるのですが、残業してまで見る必要はないのに、残っていることがしばしばあったのです。
未払い残業代に含まれていたもの
「貴社は残業申請についてどのようなルールでしたか?」
「定時の30分前までに申請する決まりです。理由を添えて書面で出すルールですが、間に合わなければ口頭で上司に申請することになっています」
「そこで上司の方が残業を認めるかどうかの判断をするわけですね」
「ええ。でも、上司が離席していたり、外出して時間に間に合わないときもあって、お恥ずかしいことですが、実質的には事後報告になることもよくあったんです」
「そういうときは残業として認めておられる?」
「もう残業しちゃった後ですから。でも、事後報告の回数が多い従業員はAを含めて注意をしていました。時間の管理もしにくくなりますし」
Aさんは、この注意対象者にたびたび選ばれていました。また、残っていたのに事後の申請も上げていないこともあったようです。社長も打ち合わせなどで外出が多く、またAさんの上司となる企画課の課長は、出張や視察で会社に来ない日も多かったこともあり、残業の実態がつかみきれないというのが正直なところだったとのことでした。
「でも、申請が出ていればうちは残業代をきちんと払っていたんですよ。なのに、3日間有休を取ったと思ったら、急にこんな通知が来て……」
社長が差し出してきたのは、弁護士事務所から届いた内容証明郵便でした。いわゆる退職代行を利用して、Aさんは退職したというのです。
「Aは性格的に、辞めたいなら自分で言うタイプだと思っていたんです。だから、お金を払って退職代行を使ったということ自体、正直驚きました」
ところが、社長をさらに驚かせたのは、その内容でした。退職の通知だけではありません。内容証明には、未払い残業代の支払いを求める請求が記載されていたのです。
「えっ、残業代?」
社長は思わずそう声が出たといいます。
会社として残業を命じていない時間まで含まれていたことも意外でしたが、それ以上に理解できなかったのは、請求書に添付されていた計算書でした。
「最初は、残業時間の数え方がおかしいという話なんだろうと思ったんです。でも、よく見たら違ったんですよ」
計算書には、会社が支給していた住宅手当を割増賃金の計算基礎に含めるべきだとして、時間単価そのものを修正した計算が示されていました。
「住宅手当ですよ。うちはずっと住宅手当として支給してきたものですし、残業代の計算には入れないものだと思っていました」
社長にとっては、残業時間の認識よりも、こちらの方がはるかに意外な指摘でした。しかし、この「住宅手当」が、今回の相談で最も重要な論点になることになったのです。
【後編】→「まさか、これも残業代に入るの?」退職社員の請求で「300万円」の追加支払いに…社長が唖然とした「住宅手当」の意外な盲点
【つづきを読む】「まさか、これも残業代に入るの?」退職社員の請求で「300万円」の追加支払いに…社長が唖然とした「住宅手当」の意外な盲点

