テレビ信州

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特集です。

岡谷市で8人の命を奪った土石流災害から、19日で20年です。当時の被災地には、住民を守ったと語り継がれる一本のシダレザクラがあります。

上流から流されてきた車は、1階部分に突き刺さりました。

あの日の朝、突然、住宅に土砂が押し寄せてきました。

当時被災した小口幸重さん
「(階段を)2段くらい上がったところで、バーンと(土砂が)入ってきて下にたたき落とされた。ほんのちょっとのことで命拾いをしている」

岡谷市湊地区に住む小口幸重さん(86)
今から20年前。小口さんの自宅は大量の土砂が流れ込み、全壊しました。小口さんは自宅にいましたが、泥の中から必死にはい上がり、一命をとりとめました。

当時被災した 小口幸重さん
「慌てて土砂の中から立ち上がって、2階にはい上がったら、お宮がない」

2006年7月19日。諏訪地域ではわずか5日間で391ミリ、2か月分に相当する雨量を記録しました。

征矢野泉記者(当時)
「すさまじい土砂が1つの地域を押し流した惨状です」

岡谷市内の3か所で相次いで土石流が発生。
湊地区では、午前5時前に幅30メートル、長さ1.7キロにわたって土砂が流れ込み、7人が犠牲となりました。

押し寄せた土砂は大型トラック1万2000台分。岡谷市では、住宅298棟が被害に遭いました。

そんな中…。

小口隆衛さん
「船魂神社境内です。跡形もなく、何もありません。石碑も一つも立っていません」

地域のよりどころ、船魂神社。土石流の翌日、住民が撮影していました。

小口隆衛さん
「シダレザクラは健在です」

山肌をえぐり、木々をなぎ倒しながら、勢いを増した土石流。神社にあるシダレザクラを直撃しました。

しかし、住宅密集地のすぐ上にあったシダレザクラは耐えました。

このシダレザクラのすぐ下にあった小口幸重さんの自宅。小口さんは、このサクラが土石流の勢いを弱めたと考えています。

小口幸重さん
「サクラはどうしても“命の恩人”みたいな」

地域のシンボルとして、土石流のあとも住民たちが大切に守ってきたシダレザクラ。
今年も春には、満開の花を咲かせました。高さ20メートル、幹回り3.8メートルの大木。樹齢は、推定130年。岡谷市の天然記念物にも指定されています。

訪れた人
「特に今年はいいみたいです」

土石流に耐え、地域を守ったシダレザクラとして今も、地域のよりどころになっています。
サクラの見頃が終わりかけた4月中旬。地元出身の若者たちがこのシダレザクラを訪れました。

「2礼」

地元の小学校の卒業生たちです。

湊小学校卒業生 吉田崇哲さん(29)
「今までの人生を振り返っても、小学校の時のシダレザクラを通じて学んだことっていうのが、今の自分の人生にすごく影響を与えているなって」

土石流が起きた時は、小学4年生だった児童たちが当時、総合学習の時間を使って、災害について学んでいました。きっかけは、同級生の出来事から。

小口克哉くん(当時)
「7月19日に土石流が流れてきました。シダレザクラさんも傷を負いました。でも、土石流から僕の家を守ってくれました。シダレザクラさんは人ではないけれど、命の恩人だと思っています」

土石流から同級生の命を守ってくれた船魂神社のシダレザクラの存在を知り、子どもたちは、人の命の大切さや災害について考えるようになりました。でも、当初は、雨の音におびえる子もいたといいます。

担任 林徹教諭(当時)
「やっぱり、笑顔ではいたけれど、不安そうでしたね。子どもたちの様子を見ていて、これは現場を見せて、事実を受け入れるところからスタートしてあげないと次に進んでいかないんだろうと」

学校から45分かけて山を登り、復旧作業が進む当時の災害現場も訪れました。

どうして土石流が起きたのか、子どもたちは真剣に考えました。

児童
「変わり果てちゃったね」
「やっぱり地層でしょ」

こうした授業を続ける中で、ある、つながりも生まれました。

小口隆衛さん
「やっちゃんの家もすっかり泥が入っております」

土石流があったあの日、山の様子を見に行って亡くなった花岡泰男さん。市の臨時職員として山の手入れに力を入れていました。

お葬式の日、自宅の庭から見つかったのはドングリの苗木。花岡さんは、災害に強い山をつくろうと苗木を育てていたといいます。

花岡さんの親せき 矢島順子さん
「これは、やっちゃん(泰男さん)が7月19日の豪雨災害で亡くなる前にドングリを実から育ててきたものです。自分たちの山がいつかえらいことになりはしないかと思うようになりました」

児童
「命をかけて育てたドングリなのに、枯らしたらかわいそうなので、しっかりと枯らさないように育てたいです」

山を守る。花岡さんの果たせなかった思いは子どもたちに託され、地元の山に植樹もしました。

あの災害から、まもなく20年。当時の小学生は今年、30歳になります。あの日の学びを振り返ろうと今年4月、母校・湊小学校に有志が集まりました。リモートで参加した同級生もいました。

当時、未来の命を守ろうと作った防災カルタ。災害について調べた資料や思いをつづった作文。久しぶりに当時の思いを巡らせました。
災害の教訓。それは、シダレザクラが教えてくれたものでもあります。

湊小学校卒業生・小坂直希さん
「僕らにとってここのサクラは、大事なものを学ばせてもらった場所」
湊小学校卒業生・向山恭平さん
「若い世代に災害の恐怖というより、人とのつながりの大切さを伝えていけたらと思う」

20年前、地域を襲った土石流。シダレザクラがつないだ命の教訓は、世代を超えて今も受け継がれています。