2023年に中国が始めた日本産水産物の禁輸は、2025年に部分解除され、北海道産ホタテを積んだ商船が2年ぶりに中国へ向かった。しかしわずか2日後、高市早苗首相の台湾有事をめぐる発言に中国が反発し、新規輸出申請を全面凍結した。それでも日本のホタテ輸出額は2025年に前年比30.4%増の906億円に達し、過去最高水準で回復している。海外メディアは“ホタテ禁輸で自滅する中国”と“日本のしたたかな戦略”に注目している――。
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

■中国へ向かった2年ぶりの「ホタテ船」

2025年11月5日、北海道産の冷凍ホタテ6トンを積んだ日本の商船が、北海道の苫小牧港から中国へ向けて出港した。

実に2年ぶりに、中国の食卓へ日本の海の幸を届ける船だ。ニューヨーク・タイムズもこれに注目し、「北京が日本の海産物に対する長年の禁輸措置を解除した後、両国間の関係が温まる兆しとなる、画期的な出来事」になるはずだったと報じている。

発端は2023年8月。福島第一原子力発電所の処理水放出を理由として、中国は日本産の水産物を対象に、全面的な禁輸措置を講じた。中国側は“安全策”だと説明するが、実際には希釈後の処理水の年間トリチウム放出量(最大22兆ベクレル)は、中国を含む各国の原発が日常的に海へ放出している量を下回る。国際原子力機関(IAEA)も安全性を認めており、中国の禁輸政策は、実態として日本への経済制裁の意図があったとの見方がある。

当時、中国は日本の水産物の最大の輸出先であり、ホタテについても同様だった。最大の市場が、一夜にして消えた形だ。米非営利報道団体のピューリッツァー・センターは、出荷価格が最大30%下落した水産加工業者もあったと報じる。

禁輸は2年に及んだ。2025年半ばになり、ようやく中国が部分的な禁輸解除に及ぶと、日本の水産業界にとっては待ちわびた朗報となった。

そこで実現したのが、ホタテ6トンを積んだ冒頭の「一番船」である。禁輸解除を受け、対中輸出の認証を求める日本企業がほかにも一斉に動き出していたと、ニューヨーク・タイムズは今年の記事で振り返る。

ところがその後、日本の水産各社は中国政府の方針転換に翻弄されることになる。

■わずか2日で暗転した祝賀ムード

一番船の出港から2日後、高市早苗首相の国会答弁に中国が激しく反発した。中国が台湾を攻撃すれば、日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」にあたりうるとの認識を、高市首相が示したためだ。これに対し中国は、日本側が台湾をめぐり武力行使の可能性を暗に示したものと受け止め、態度を一気に硬化させた。

それから2週間も経たないうちに、中国政府は日本産水産物の新規輸出申請をすべて凍結した。数百社が輸出再開へ向けた認証の審査待ちとなった状態のまま、窓口は事実上閉鎖された。

北海道の水産会社・きゅういちもその一社だった。餌取達彦社長はニューヨーク・タイムズの取材に対し、「どうなるかと皆で固唾をのんで見守っていたら、禁輸が来た。正直なところ『ああ、またか』と思いました」と振り返る。

高市首相の発言を受けて、2023年の禁輸と同じ構図が2年後にも繰り返された。中国が水産物の購買力を、政治の道具として利用したとも取れる。

■かつて中国に頼りきりだった日本の水産業

ニューヨーク・タイムズは、「中国が世界的な経済大国として台頭するにつれ、14億人の市民が国際商品の重要な消費者となっている」と言及。副見出しでは、「北京は、台湾防衛への明らかな意欲がある日本を罰するために、ありふれた軟体動物(ホタテ)の禁止措置を利用している」とも踏み込んだ。

だが、この禁輸が想定外の代償を生んでいたことが、直近の海外報道から明らかになっている。

2023年時点で日本のホタテ産業は、たしかに中国に依存していた。

ホタテは日本の水産物輸出の約20%、農林水産物・食品輸出全体の6%超を占める稼ぎ頭だと、韓国シンクタンク発オンライン誌のアサン・フォーラムは伝える。農林水産省「農林水産物輸出入概況」によれば、2022年のホタテの輸出額は約910億円。禁輸発動前の数年間を見れば、ホタテ輸出実績の実に50〜60%が中国向けだった。

中国は日本産ホタテを世界に届ける「加工ハブ」でもあった。アメリカなど主要消費国は衛生基準上、殻付きなど未加工の貝類の輸入を厳しく制限している。日本から直接は売りにくい。

そこで日本は、殻付きのホタテをいったん中国へまとめて輸出し、現地で殻むき等の加工(「ウェット加工」)を施したうえで米国や欧州へ再輸出するサプライチェーンを築き上げてきた。米連邦調査機関の国際貿易委員会のデータでは、対中国の水産物輸出額の54%をホタテが占める。このほか、スケトウダラなども加工目的で中国に送られている。

■明らかになった「ホタテ禁輸」の真の敗者

その中国が、2023年8月、福島の処理水放出を受けて突然扉を閉ざした。打撃はすさまじかった。米水産業界専門メディアのシーフードソースによれば、2023年度の対中水産物輸出額は前年度の746億円から320億円へ、57%の急落を見せている。日本の水産物輸出全体も17%減の2185億円に沈んだ。

福島第一原発構内に並ぶ処理水タンク群(写真=資源エネルギー庁ウェブサイト/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

禁輸が日本の水産業に与えた影響は甚大だ。だが、最も大きな経済的打撃を受けたのは、実は日本ではない。見落とされがちだが、特に割を食ったのは中国の水産加工業者である。

禁輸前、中国(香港含む)は日本の水産物輸出の42%を買い付けていた。だが、決して日本が中国に一方的に依存していたわけではない。中国の水産加工業者にとって、加工を委託してくれる日本企業はなくてはならない顧客だったと、シーフードソースは指摘する。

とりわけ大きかったのが、対米輸出向けのホタテ加工ビジネスだ。日本国内の人手不足を背景に、中国の加工業者は日本から輸入したホタテの殻をむいて加工し、年間約1億ドル(約162億円。6月22日現在のレート、1ドル161.97円で換算、以下同)規模でアメリカ市場へ再輸出していた。

■仕事がなくなった中国業者の悲鳴

禁輸により、日本は加工委託先を失い、中国側は原料となる日本産ホタテの供給を絶たれた。加工ビジネスに関わる中国業者が立ち行かなくなったことは、習近平政権にとって計算外だったことだろう。

もっとも、中国は国内だけで年間190万トンのホタテを養殖している。北京のシーブリッジ・コンサルタンシーのファン・シュービン代表はシーフードソースに対し、「日本産がなくても国内需要は賄える」と語る。中国国内の食卓にホタテが届かなくなるわけではない。

だが、国内消費を賄うことと、付加価値の高い対米再輸出ビジネスを回し続けることは、まったく別の話だ。日本産という原料を断たれた以上、年間約162億円規模の加工収入が丸ごと消えた形だ。

皮肉なことに、禁輸発表直後、中国の投資家たちは事態の深刻さを見抜けなかった。中国有数の水産食品加工・養殖企業である国聯水産をはじめ、主要水産株が深セン証券取引所で、値幅制限の上限であるストップ高まで買われた。

国産ホタテの需要が膨らむと踏んだ投資家たちは、楽観のあまり、加工ビジネス喪失という本質的な打撃を見落としていたのだ。

中国が禁輸に踏み切った直後、日本は官民を挙げて反撃に出た。

禁輸からまもなく、農林水産省は「#食べるぜニッポン」キャンペーンを立ち上げる。宮下一郎農林水産大臣は2023年9月の記者会見で自らキャンペーン名の入ったフリップを掲げ、国民一人ひとりがホタテを5〜7粒食べれば、行き場を失った輸出分を支えられると呼びかけた。

農林水産省が「#食べるぜニッポン」キャンペーンで配布しているポスター(出所=農林水産省ホームページ)

■ホタテの「応援買い」に一役買った米軍

農水省の呼びかけに、国民はすぐさま動いた。動向を取りあげたアサン・フォーラムによると、ホタテの名産地・北海道別海町では、返礼品にホタテを指定するふるさと納税が前年の3〜4倍に急増し、寄付総額は前年の2倍に達した。青森県平内町では寄付が8倍に膨らみ、禁輸後のある時期には水産物への寄付が最大12倍に跳ね上がった地域もあったという。

政府も大規模な財政支援に踏み切った。漁業者が操業を続けられるよう約1000億円の緊急基金を設立。禁輸から1年の時点で128の事業者・自治体に対し、加工設備の導入費や保管費用、販路拡大の経費などとして補助金を交付した。

官の支援に呼応するように、民間でも消費者が「応援買い」に走った。これは困っている生産者の商品をあえて選んで買い支える動きであり、欧米ではボイコットならぬ「バイコット(buycott)」とも呼ばれる。当時の岸田文雄首相は禁輸1周年の記者会見で、国内消費が50%増加したと胸を張った。

大手小売りも次々と動いた。イトーヨーカドーはホタテの在庫を前年比150%に拡大して特別セールを打ち、くら寿司は国産ホタテを使った新メニューを投入。ドン・キホーテの親会社であるパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスにいたっては日本産ホタテを買い上げ、タイやマレーシアなど海外店舗で販売する計画まで打ち出している。

この勢いに加わったのが、同盟国・アメリカの支援だ。ラーム・エマニュエル駐日アメリカ大使は2023年10月、米軍が日本産ホタテの大量発注を開始すると発表した。

こうして日本国内の官民が一体となり、米軍までを巻き込んだ“反撃”を通じ、経済制裁を意図した中国の禁輸の実効性は弱体化した。

■中国なしで輸出額が伸びた

国内の消費拡大に加え、輸出先の多角化戦略でも日本は活路を開いた。

禁輸後の11カ月間(2023年8月〜2024年6月)、日本産ホタテの世界全体への輸出総額は前年同期比45.3%減の3億2530万ドル(約521億300万円)に落ち込んだ。

ところが中国を除くと、まったく別の姿が見えてくる。アサン・フォーラムによれば、中国以外への輸出額は2億9050万ドル(約465億2900万円)から3億1710万ドル(約507億9000万円)へ、むしろ9.1%伸びていた。アメリカが90.8%増、タイが90.1%増。ベトナムにいたっては420%増という急伸ぶりだ。

2024年通年のデータからも、この変化が一過性でないことが読み取れる。経産省所管のジェトロ(日本貿易振興機構)によると、ホタテ輸出先の上位5カ国・地域はアメリカ(191億円)、台湾(121億円)、ベトナム(106億円)、韓国(78億円)、香港(51億円)。かつて最大の買い手だった中国は、上位のどこにも見当たらない。

なかでも際立つのは、アメリカ市場での躍進だ。2024年、ホタテはアメリカ向け農林水産物・食品輸出でアルコール飲料、ブリに次ぐ第3位に浮上した。

アメリカとの国境に近いメキシコ・エンセナダでは、既存のコールドチェーン(低温物流網)を活かした対米輸送網の構築が進む。ラスベガスやロサンゼルスへ24時間以内にホタテを届けられる体制が整いつつある。

さらに、ジェトロの関連団体JFOODOはアメリカのCNNを通じ、日本産ホタテのプロモーションを展開。シーフードソースが取りあげるように、農林水産省は2024年1月、ブラジル・サンパウロで試食イベントを開催。日本からブラジルへの初の直接ホタテ輸出が実現した。

■漁夫の利を得たベトナム

水産物輸出の多角化戦略は、政府も積極的に後押ししている。

2024年1月、ジェトロは経済産業省・農林水産省・在日米国大使館と合同でベトナムの加工施設を視察。参加した日本企業12社のうち複数社がベトナム企業との事業契約を結んだと、アサン・フォーラムは報じている。

こうしてベトナムは、中国に代わる加工拠点として、最大の受け皿となった。

写真=iStock.com/Monica Vila Ferreiros
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Monica Vila Ferreiros

海事専門ニュースポータルのベアード・マリタイムによると、ベトナムの2025年のホタテ輸出総額は約6600万ドル(約110億円)。前年の4400万ドル(約70億円)から約49%の伸びだ。2026年に入っても衰えるどころかさらに加速し、最初の2カ月だけで1810万ドル(約29億円)、前年同期比166%増を記録している。

2025年の日本向け輸出額は1400万ドル(約22億円)、前年比173%増。日本は依然として世界最大級のホタテ供給国だが、中国向けの出荷を絞り、他市場へ振り向けている。その加工の中継地として、ベトナムが急速に台頭した。

ベトナム水産物輸出生産者協会(VASEP)も、加工・再輸出を軸に、ベトナムがグローバルなバリューチェーンにより深く組み込まれつつあると分析する。かつて日本のホタテの加工業で栄えた中国は、一気にその座をベトナムに奪われた。

■「中国外し」でホタテが美味しくなったワケ

シーフードソースの取材に応じた水産業者は、「幸い、最大手の取引先の一つがベトナムやタイで加工先を見つけてくれました。2023年からまた供給を再開しています」と述べ、東南アジアで代替の加工先を確保して禁輸を乗り切ったと語る。

加工拠点を移したことで、思わぬ恩恵も生まれた。中国では加工時にリン酸塩を添加してホタテのサイズを大きく見せる手法が常態化していた。ベトナムやタイではこの手法は中国ほど広まっておらず、効果に対して時間がかかることから避けられている。すなわち、図らずも加工製品の品質が向上した。

さらに、中国の中間業者を通さなくなった分、日本企業の利益率はむしろ上がった。

水産コンサルタント会社Fisk Japanの片野歩CEOは、2023年の「チャイナ・ショック」は必要な軌道修正だったと捉えている。ニューヨーク・タイムズの取材で、「中国ルートが消えたことで、市場が多様化した」と語り、中間業者を外した分だけ日本企業の利幅が厚くなったと指摘している。

■国内回帰を決断したホタテ加工会社

冒頭で紹介したきゅういちは、この転換を象徴する存在だ。大阪に本社を置くクックビズがきゅういちを買収したのは2022年。同紙によると、中国向け製品は当時、売り上げ全体の4分の1を占めていた。ところが買収からわずか1年後、禁輸により出荷は一夜にして止まる。

きゅういちはその後、中国に外注していたホタテの加工工程の一部を国内に引き戻した。北海道の他の業者も、まったく同じ方向に舵を切った。政府補助金を活用して自動殻むき機を導入し、それまで中国の安い人件費に頼っていた手作業を機械に置き換えつつある。

中国の禁輸措置は結果として、日本のホタテの品質と利益率を向上させた。

マクロの数字を見ても、企業レベルの構造改革は如実に成果を上げているようだ。

農林水産省「令和7年(2025年)農林水産物・食品の輸出額」によると、2025年の日本の農林水産物・食品輸出額は前年比12.8%増の1兆7005億円。13年連続の増加で、過去最高を更新した。米外交専門誌のディプロマットによると、輸出先の首位はアメリカで、2762億円(前年比13.7%増)に上る。

農林水産省「令和7年(2025年)農林水産物・食品の輸出額」より

対中国でも食品関連輸出は7.0%増の1799億円と、3年ぶりにプラスへ転じた。ただし、伸びたのは主に、禁輸の網にかからない観賞用の錦鯉やビール、丸太だ。肝心の水産物は、なかなか戻っていない。

■輸出額が“中国抜き・多角化”で急回復

中国は2025年半ばに禁輸を部分的に緩和したものの、農水省輸出政策企画課の中杉和義課長補佐は英ロイター通信に対し、「緩和後も、中国向けの日本産水産物輸出はあまり回復していない」と指摘する。禁輸が長引くうちに、日本の水産業者はすでに中国以外へ販路を切り替えており、中国市場への期待はすっかり薄れている。

脱中国の変化を最も鮮やかに見て取れるのが、ホタテである。ディプロマットは、2025年のホタテ輸出額が前年比30.4%増の約906億円にまで急回復したと論じる。中国本土・香港の規制で大きく落ち込んでいた品目が、輸出先の多角化でここまで盛り返したのだ。2022年に記録した910億円まであと4億円差のところまで迫っており、中国市場抜きでも日本のホタテ業界が成立することを、確かに裏づけた。

韓国市場でも、販路は大きく広がっている。韓国海洋水産部によると、2025年の日本産水産物輸入額は約383億円(前年比27.2%増)。2011年の福島第一原発事故後、日本産水産物への警戒感が強まった韓国であったが、現在では事故前の2010年の水準すら上回っている。

■日本だけではない禁輸の“被害者国”

中国が経済的威圧を仕掛けて裏目に出たのは、ホタテが初めてではない。

中国の貿易相手国となっている諸外国に目を向ければ、台湾産パイナップルも、豪州産ワインもそうだった。日本のみならず、中国は外交上の不満を禁輸という形で各国に繰り返し突きつけてきた。

写真=iStock.com/CHIH CHIEH HSIAO
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CHIH CHIEH HSIAO

短期的には、確実に相手国に打撃を与える。しかしその間に、標的にされた国はサプライチェーンを根底から組み替え、中国は握っていたはずの切り札を二度と使えなくなる。

この手法の原型をたどれば、2010年にさかのぼる。尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の船舶2隻に衝突した事件を機に、中国はハイテク製品に不可欠なレアアース(希土類)の対日輸出を禁じた。

米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)は、日本と中国が外交関係を回復したのは同年11月末だったと振り返る。だが、両国はなおも火種を抱えていた。2012年、それまで日本人の私有地であった尖閣諸島を日本政府が購入し国有化すると、中国は再び態度を硬化させ、日中が対話再開の合意にこぎつけるまで2年以上を要した。

■10年以上前から始まっていた「脱中国依存」

報復を受けるたび、日本は多角化を加速させた。レアアースの調達先の多角化など地道に手を打ち続けた。結果、日本はレアアース調達における中国への依存度を、2010年の約90%から2023年には約60%にまで引き下げたと、CSISは指摘する。ホタテで見られたのと同じ構造転換を、日本は実は10年以上前からすでに進めていたのだ。

中国が威圧を繰り返すたびに日本側は、「脱中国」の意志を強固にしている。CSISは、今回の緊張を受けて日本政府が多角化努力をさらに加速させ、長期的に日中は経済面で距離を広げていくとの見方を示す。中国としては、経済カードを使えば使うほど、将来使える自らの手札を失う格好だ。

この動向は、渡航自粛勧告以降、日本の観光業界が訪問元国の多角化を図り成功した動きにも重なる。

中国政府は2025年11月の高市首相発言に反発し、自国民に日本への渡航自粛を呼びかけた。効果は確かに表れており、2026年1月の中国からの訪日客は前年同月比61%減の38万5300人に急落。訪日客全体もコロナ禍の2022年以来4年ぶりに前年を割り込んだ。

だが、その穴を他国からの旅行者が埋め、結果として日本の観光業は好転した。NBCニュースによれば、同月の韓国からの訪日客は前年比22%増の118万人と単月として過去最多を更新し、台湾も17%増、アメリカも14%増と、主要市場が軒並み2桁%の伸びを見せた。

結果として2025年の訪日外国人数は過去最多の4270万人、旅行消費額も過去最高の9兆5000億円に達した。中国客が激減したまさにその年に、記録が塗り替えられたのである。

■日本が獲得して、中国が失ったもの

こうして日本の観光業界は、中国に偏っていた依存体質からの脱却に成功したほか、滞在日数がより多く消費単価の高い遠方・欧米からの客層をより多く取り込む好影響を受けた。経済制裁を意図した渡航自粛勧告とは、まるで逆の結果である。

水産の世界でも、同じことが起ころうとしている。仮に将来的に禁輸が再び解除されようとも、日本の水産業者はもはや、中国市場への依存体質に逆戻りするつもりはない。

きゅういちの餌取社長は、ニューヨーク・タイムズの取材に、「『一度あることは二度ある』と言いますよね。実際、二度起きた。三度目もあり得ます」と述べた。

いつまた閉ざされるかわからない市場に、ふたたび経営の柱を据えるわけにはいかない。もう中国中心の事業体制には戻らない。それが、禁輸を二度くぐり抜けた日本のホタテ業界がたどり着いた答えだ。

こうした覚悟を持つのは餌取氏ひとりではない。Fisk Japanの片野CEOも同紙の取材で、「最も重要なのは、単一の市場に依存しないことです」と指摘している。

日本産ホタテを外交の切り札に使った中国は、皮肉にも、その切り札が二度と通用しない相手を自らの手で育て上げてしまった。

中国はいま、日本からのホタテ加工の発注を失い、アメリカへの再輸出だけで年間約162億円規模を稼いでいた巨大産業の火は消えた。経済制裁で威圧を試みた側が、結果として最も重い代償を払う結末となった。

農林水産省「農林水産物輸出入概況 2025年(令和7年)」を基にGeminiを使用しプレジデントオンライン編集部作成

----------
青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
----------

(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)