84歳、気楽で楽天的なひとり暮らし。お気に入りの風景とインテリアのこと
「足の爪が切りにくくなった日、老いを初めて実感した」と語るのは、絵本の編集者として活躍してきたほか、多数の著書ももつ末盛千枝子さん(80代)。要支援2の介護認定を受け、できないことが少しずつ増えても、窓いっぱいの岩手山と相棒の歩行器が毎日を軽やかに変えていく。そんな末盛さんの前向きな暮らし方を紹介します。
※ この記事は『今だからわかること 84歳になって』(KADOKAWA刊)を一部抜粋・再構成して作成しています。

とっておきの場所

この家は、屋根まで吹き抜けになっている南面のリビングを中心に、1階に2つ、2階に2つの部屋があります。建てた当時、車椅子の生活になっていた父のためにバリアフリーにしたのですが、それは思いがけないことに、障がい者になっていた長男のためには最高でした。私たちが引っ越す前に少しだけ手を入れ、本棚などをたしました。
再婚した夫と長男が旅立ってしまった今は、私ひとりちょっとぜいたくに住んでいます。いちばん多くの時間を過ごしているのが、リビングです。天井まで届く窓いっぱい、岩手山の悠然とした姿と、田畑や野っ原、そこに民家が点在する風景が広がっています。
●絵本のような風景をぼうっと眺める
なにも用事がないと、朝に開けて夕に閉じてゆく絵本のような風景をぼうっと1日眺めて過ごしています。日に数本の市営バスが行ったり来たり、農作業をする人々の姿が点々と。土日は、その数が多いのです。
草むらが動くと思ったら、なにやら小さな動物が駆けていきます。ものを書いたり本を読んだりする東側の窓辺も、大好きな場所。窓から見下ろせば、季節の花が、目を楽しませてくれる特等席です。春のチューリップは見事でした。今年は、亡くなった花名人のお友達の息子さんが植えてくださったダリヤが楽しみ。咲くのは初秋でしょうか。
●廊下の突きあたりにはお気に入りの書棚も

廊下の突きあたりの書棚も、雰囲気があって大好きです。ジャンルを問わず好みの本を並べています。いちばん上には、大佛(おさらぎ)次郎の歴史小説『天皇の世紀』全10巻がそろっています。
50年以上前、朝日新聞に連載されていて私がおもしろく読んでいたことを、最初の夫の末盛憲彦が覚えていて、全集が出たときに知らないうちに注文して買ってくれていたのでした。
年齢とともに変化する体

先日、新聞社の取材で年齢を聞かれ、「84歳よ」と答えると、「うちの祖母と同じです。でも、祖母とは全然違います。受け答えとか」って。仰天です。
それで思い出したのが、昔、母がとてもよく写っている自分の写真を見て、「これ、おばあさんみたい!」と驚いていたことです。私と妹は、思わず吹き出して「だって、お母さんはもう、十分おばあさんなのよ」と言ってしまいました。
私は、その母の歳を超えました。老いを最初に感じたのは、足の爪を切りにくくなったときでした。かがんで爪を切ろうとすると、手が届かないのです。「あらっ、これが歳をとるっていうことかしら」と、まるで人ごとのように思いましたが、今では、要支援2という介護認定をもらって、足の爪は、お風呂に入るときにヘルパーさんに切ってもらっています。
●人生が、私を楽天的に変えた
2年前にコロナに罹って、入院しているうちに、膝が悪化してしまいました。今は歩行器を使っていますが、これがなかなかの優れもので、以前の杖よりずっといいのです。体を預けることができるし、お盆をのせて食べ物を運ぶこともできるのです。なにより膝が痛くない。だから、気軽に動けるようになりました。
くるくる自在に動かす様子を見て、ヘルパーさんが言うのです。「千枝子さんは、クルマを運転していたから上手なのね」。なるほど。バックするとか、車輪の動きを把握するとか、結構お手のもの。私のよき相棒です。
二男の春彦は、そんな私に「母さんは、楽しそうだ。ポジティブだ」と言うのですが、ただ能天気なだけ。子どもの頃は、7人兄弟の長女だったせいか、ずっと心配性でした。人生が、私を楽天的に変えたのかもしれません。
