「症状が出てからでは遅いですよ」。医者に悪気はないが、予期不安をあおるその言葉にはワナがあると心得よ

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「症状が出てからでは遅いですよ」「この薬を飲んでおけば、大丈夫」「長生きしたかったら、毎年、健診を受けましょう」などなど、こう医者に言われるとしたがわざるを得ない気持ちになるだろう。だが果たして――。

残りの人生を楽しんで生きる高齢者が一人でも多くなってほしい、という目的で書かれたのが『医者にヨボヨボにされない47の心得 医療に賢くかかり、死ぬまで元気に生きる方法』です。

今回は本書から、医者がたとえ患者さんのためを思って言っている言葉とはいえ、本当に患者さんのためになっているのか、解説します。

「この薬を飲んでおけば、大丈夫」

「この薬を飲んでおけば、大丈夫」

医者にこう言われたことはありませんか。そう言われると有無を言わさない空気が漂います。

アメリカの有名な研究に、血圧170くらいの60歳以上の人を対象に、降圧剤を飲んだ場合と偽薬を飲んだ場合、5年半後にどのくらい脳卒中発症率に差があるかを調べたものがあります。その結果、薬を飲んだ人は5.2%の人が、偽薬を飲んだ人は8.2%が脳卒中になったことがわかりました。

この場合、8.2%を5.2%に下げることができたので、降圧剤の服用はエビデンス的には「効果があった」と見るわけです。

だから、医者は「この薬を飲んでおけば、大丈夫」と言ったのかもしれません。

しかし、よく考えてみると、真面目に薬を飲んでいた人でも、残念ながら5.2%の人が脳卒中になっているということです。そして、もっと重要なことは、偽薬を飲んだ人の9割以上は脳卒中になっていないということなのです。

「薬を飲んでいたら脳卒中にならないから」という説明をする医者がいたら、これは明らかにウソです。薬を飲んでも5.2%の人が脳卒中を発症しているわけですから。逆に、「薬を飲まなかったら、脳卒中になるよ」というのはもっとウソということになります。

「症状が出てからでは、遅いですよ」

「症状が出てからでは、遅いですよ」

体調がどこも悪くないのに健診を受けて「異常値」が見つかった場合、医者の口からよく聞かれる言葉です。

たとえば、血圧が高く、「異常値」と判定されても、本人はどこも具合が悪くないので、治療の必要を感じていません。

しかし、血圧は高くても自覚症状が出ず、知らないうちに動脈硬化を進めるサイレントキラー(静かな殺し屋)だから、早めに治療を開始したほうがいい、と医者から言われることがあります。

たしかに、高血圧を放っておくと動脈硬化を進め、心不全などを発症する確率は上がりますが、これは確率論の問題で、必ず発症するというものではありません。

症状がないうちから治療を開始することと、症状が出てから治療を開始することを比較し、どちらが有益かという試験も見当たりません。むしろ、症状のないうちから治療を開始したために生じる副作用の害のほうが大きいことだってありうるのです。

「長生きしたかったら、毎年、健診を受けましょう」

「長生きしたかったら、毎年、健診を受けましょう」

「健診に効果なし」ということは、この連載「健康診断は日本だけのフシギな慣習! 健診で予防できないどころか命が縮まることも」でも述べましたが、平均寿命と受診率の男女差からも推論できます。

健診の受診率の男女差は、職場や地域によって違いがありますが、健診全体では女性よりも男性のほうが高く、特に高齢者ではその傾向が強くなります。以前は、女性は専業主婦やパート労働者が多かったためか、健診の受診率は今より低かったはずです。逆に男性は正社員が多く、受診率が高かったことが想定されます。

もし健診に寿命を延ばす効果があったなら、受診率の高い男性のほうが長生きするはずですが、現実は逆になりました。

全国的な健診が始まる前の1970年の平均寿命は男性と女性の差は約5.4歳(男性69.84歳、女性75.23歳)でした。2023年の平均寿命は約6.1歳(男性81.09歳、女性87.14歳)と差が大きくなっています。

したがって、健診を受ければ寿命が延びるというのは、少なくとも平均寿命の格差という点において事実に反すると言えます。

毎年、人間ドックで検査している人の今

解剖学者の養老孟司さんは、定年を迎える前に東大を退官されましたが、そのとき同僚に「辞めてどうするのか?」と心配されたと言います。「辞めてみないとわかりません」と答えたら、「よく不安になりませんな」と言われました。

それに対する養老さんの切り返しはこうです。

「先生、いつ死なれるんですか?」

「わかりません」

「よく不安になりませんな」

養老先生らしい人を食ったような言い回しですが、「先のことがわからない」のは当然のことなのに、それを不安に思ってしまう心というのは「心が疲れている」のかもしれません。「何でも自分でコントロールしたい、知っておきたい」という完璧主義に捉われている可能性もあります。

ある70代前半の女性は、「ずっと元気でいたい」という思いが強く、1年ごとに人間ドックを受け、全身を徹底的に検査しています。これまでは特に何もなかったのですが、初めて腹部に小さな解離性動脈瘤が見つかりました。

いつ裂け目が広がるかわからない動脈瘤は、“爆弾”を抱えているような気持ちになり、何も手につかず、ちょっと重いものをもつのも怖くなってしまったのです。もともと骨粗しょう症があり治療を受けていますが、動脈瘤を恐れるあまり家に閉じこもるようになり、骨粗しょう症の悪化も心配されています。

医者からは「動脈瘤はまだ小さく、できた場所も危険なところではないので、様子を見ましょう」と言われました。そして、動脈瘤が進行しないように、血圧を110程度に下げることが必要と言われ、降圧剤の量も増えました。その影響もあるのか、すぐに疲れてしまい、日中でも横になることが増えたと言います。

私が主治医なら、解離性動脈瘤があっても大きくないならば、体がだるくなるほど血圧を下げる必要はないと思います。問題は、どうなるかわからない先のことへの不安にどう対処するかです。

「病気になったらどうしよう」という予期不安

この方のように「ずっと元気でいたい」という人は多いと思います。その思いの裏側には、「将来、どうしても病気になりたくない」という強迫観念のようなものがあります。そのため、日頃から健康に気を使い、がん検診や人間ドックなどを受け、体を隅々まで調べようとします。けれど、たいていの場合、病気が見つかったときにどうするか考えていないので、本当に病気が見つかってしまうと慌ててしまうのです。

こうした方が捉われているのは、予期不安です。予期不安とは、将来起きるかもしれない不安や恐怖を強く感じてしまうことです。「将来、がんになったらどうしよう」「認知症になったら、どうなってしまうのか」と悩み、その不安の渦から抜けられません。

日本の医者は、「脳卒中や心筋梗塞にならないために、薬を飲みましょう」と血圧やコレステロールを下げる薬を処方しますが、これは「将来、脳卒中や心筋梗塞になったらどうしよう」という人たちの不安につけこんでいるように思えます。

将来の不安よりも「今」の充実を

私は、医療は基本的に「人をラクにする」ためにあり、医者の仕事も「患者さんの苦痛をとって、ラクにしてあげる」ためにあると考えています。痛みがあるときに痛みをとれば、ラクになる。だるいときにだるさをとれば、ラクになる。薬も患者さんをラクにするためにあるのですが、現代の医者の多くは必ずしも「現在の苦痛」をとり除くために使っているとはかぎりません。将来、起きるかもしれない病気を予防するために薬を飲むというのはおかしなことです。しかも、その薬の副作用で今、具合が悪くなっているとすれば、なおさらです。

将来のことが心配で仕方ないという人は、いったん将来のことを考えるのをやめ、今に意識を向けてほしいと思います。今楽しいと思うこと、今できていること、今心地よいと思うことなどに思いを巡らしましょう。そのうち、「とりあえず、今はどこも痛いところもなく無事に生きているから、まあ、いいか」と思えてくると思います。

そして、今の自分の体の声にも耳を傾けて、不調を訴えているなら医者にかかればいいのです。

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