『光る君へ』柄本佑の演技の凄さが詰まった道長の涙 まひろの前でだけは“三郎”に
『光る君へ』(NHK総合)第42回「川辺の誓い」。宮中では道長(柄本佑)と三条天皇(木村達成)の覇権争いが続いている。三条天皇は長年付き添った東宮妃・娍子(朝倉あき)を皇后にすると宣言した。道長は娍子のような大納言の息女が皇后となった例はないと反対するが、三条天皇は譲らない。「そなたがこれをのまぬなら、朕は二度と妍子のもとには渡らぬ」と三条天皇に迫られた道長は、権力を誇示するための計画を立てる。
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第42回は、自分のことすら信じられなくなるほど憔悴しきった道長が、まひろ(吉高由里子)と語り合う中で、心が解放されたかのように感情があふれだし、涙する場面が印象的な回となった。
道長は、娘・彰子(見上愛)が産んだ敦成親王(石塚錬)を東宮にするだけでなく、娍子の立后と妍子(倉沢杏菜)の内裏参入の日取りを同日にすることで三条天皇との力の差を見せつけようとするなど、自らの権力を誇示する。この道長の行動はまひろとの約束、政によってこの国を変える、そのためによりよき政をするという信念に基づいたものなのだが、近しい人たちとの心のすれ違いも生んでいる。
第42回冒頭では、三条天皇に借りを作らせないために、源明子(瀧内公美)の息子・顕信(百瀬朔)が蔵人頭になるのを道長が固辞した結果、顕信が出家し、明子から怒りをぶつけられる。息子の出家を嘆き悲しむ明子の姿は心苦しかったが、道長もまた傷心していた。顕信のために暖かい衣を比叡山に届けるよう百舌彦(本多力)に命じた道長の深刻な面持ち、自らの判断が息子を出家に追い込んだのだと自省するような遠くを見るまなざしが心に残っている。
娍子の立后の儀よりも妍子の内裏参入のほうに多くの公卿たちを呼び寄せることができたものの、道長は晴れない顔をしていた。娍子の立后後も、三条天皇は妍子のもとにはなかなか渡らない。まひろの局を訪ねた道長は、「さきの帝と彰子様の間には『源氏の物語』があった。されど、今の帝と妍子様には何もない」と何かよい手はないかと相談する。焦りを覚えるあまり、まひろに面と向かって「『源氏の物語』も、もはや役には立たぬのだ」と言ってしまうのはいただけない。だが、道長はまひろの前でだけは素直な気持ちを吐露することができる。役に立たない、という言葉を物語を書き上げた作者の前で発してしまうほどに、三条天皇との覇権争いは難航を極めているのだ。
その後、道長は病に倒れる。道長の病はなかなか回復せず、宇治にある別邸で川の流れを眺めるやつれた道長の姿は見ていて心憂うものがあった。そんな道長の身を案じた百舌彦の導きにより、まひろと道長は顔を合わせる。道長を演じる柄本の演技、宇治の別邸に現れたまひろの姿に驚き大きく息を呑む様、その後、ばつの悪そうな顔をしながらも安堵したように口元が微笑む様には、道長にとってまひろの存在がどれほど大きなものかがひしひしと伝わってきた。
川辺を歩きながら語り合う場面で、道長は心の内を明かした。
「誰のことも信じられぬ。己のことも」
まひろはそんな道長に寄り添う。2人のやりとりは、お互いを深く深く思い合う気持ちに満ちていた。道長が「お前との約束を忘れれば、俺の命は終わる」と口にすると、まひろは「この世に私の役目はもうありませぬ」と返し、ともに命を終えてもいいと示唆する。まひろを思うからこそ、まひろの言葉を受け入れられない道長が「お前は……俺より先に死んではならぬ」「死ぬな」と言った時、まひろはこう返した。
「ならば……道長様も生きてくださいませ」「道長様が生きておられれば、私も生きられます」
まひろから顔をそむけた後、感情があふれだすのを堪え切れずに涙を流す柄本の演技が心を打った。道長は民のための政を目指し、誰にも本音を明かすことなく務めてきた。そんな道長がこれまで秘めてきた本心、たとえ押し殺したつもりはなくともあらわにできなかった苦しみを、まひろのまっすぐな言葉が解放したのだ。道長は昔も今もまひろの前でだけは少年期の“三郎”でいられる。本来の道長らしい素直な感情があふれだした時、彼が抱えてきた苦しみがようやくはっきりと感じられた。
道長とまひろは新たな約束を交わし、まひろは再び筆を取る。まひろが紡ぐ新たな物語は、まひろと道長、そして朝廷や後宮の人々の今後の生き様にどのような影響を与えるのだろうか。
(文=片山香帆)