犬や猫と同じ生き物なのに…日本で進む野生動物のペット化と軽んじられる命
動物のふれあい施設が増える今、考えてほしいこと
9月の動物愛護週間の時期に、野生動物がいるアニマルカフェやふれあい動物園に関する問題について、前後編の記事を公開した。
日本は他国に比べて野生動物のペット化が進み、国際的にも問題視されているのだ。2019年に京都大学の研究者と環境保全専門家のチームが実施した調査(※1)では、全国で営業されていたエキゾチックアニマルカフェは139店舗。取り扱われている動物は419種、3793個体。そこには、絶滅の恐れのある動物が12%も含まれていたというから驚く。フクロウやカワウソ、スナネコ、ショウカラゴ、絶滅の危機にあるスンダスローロリスなど、種類も様々だ。
本来彼らが生息する野生とはまったく異なる、ストレスがかかる環境で飼育され、弱ってしまったり、死亡する個体も少なくない。9月の記事では、そんな見た目のかわいらしさと珍しさから人間に消費される野生動物の実態をお伝えした。しかし、犬や猫に比べると「野生動物」に対して関心を寄せる人が少ない現実も実感した。
「犬や猫は実際に一緒に暮らしているという人も多い。そうなると他人事ではなく、自分事、我が子のこととして、起きている問題を捉える人が多いのだと思います。それに比べて野生動物に関しては、まだ遠い存在であるのでしょう。ですが、日本ではアニマルカフェやふれあい施設も増え、そこにいる動物たちの種類も多様化しています。
動物とふれあえる施設は、昔から存在していましたが、そこにいるのはヤギやロバなどいわゆる家畜と呼ばれる動物や、ウサギやモルモットといった人間に飼育されることに慣れている動物が中心でした。ですが、今ではミーアキャットやナマケモノがいるふれあい施設も珍しくなくなっています。他にも珍しい野生動物を好んで陳列する施設もあり、個人でペットとして所有している人も増えています。その実態は把握しきれていないほど広がりをみせ、問題視しています」というのは、日本獣医生命科学大学特任教授で獣医師の田中亜紀さんだ。
どうすれば野生動物のペット化を食い止めることができるのだろうか? 日本における野生動物たちのペット化の現状とともに、田中さんとともに前後編で考えたい。
※1:日本のエキゾチックアニマルカフェ調査―加熱する現象の解剖と懸念される影響―
コツメカワウソを虐待していた実例
ここ数年、動物への虐待事件が発覚し報道されるようになった。2021年秋には、無麻酔での犬の帝王切開などを行った長野県松本市劣悪繁殖事業者の事件、今年5月にも埼玉県の動物飼育施設で繁殖していた犬3匹をビニール袋に密閉して窒息死させる事件が起こっている。犬や猫に関する虐待事件は後を絶たない。
しかし、虐待されているのは犬や猫ばかりではない。飼育数が多いことや、馴染みがあるということで犬や猫の問題は表面化されるが、野生動物に関しても虐待は存在する。田中さんがいる日本獣医生命科学大学では、国内で発生した動物の虐待事例の実態把握を行っていて、野生動物についてもさまざまな事案が持ち込まれているという。
「これは有名な事件だったのでご存じの方もいるのではないかと思いますが、カワウソのインフルエンサーによる虐待事例がありました。飼育している2頭のコツメカワウソ(10歳オス、3歳メス)のうち、メス1頭を飼い主の女性が虐待していたというものです。彼女は“メスがなかなか懐かず、エサをやるときに噛まれる”という理由で、紙を丸めた棒のようなものでカワウソをボカボカと殴り、追い回したりしていました。その動画がインターネットに流出し、通報を受けた警察が家宅捜索をしてカワウソを収容。本人は“しつけであって虐待ではない”と言っていたようですが、動物愛護法違反容疑で書類送検されました」(田中さん)
つぶらな瞳の可愛らしい顔立ちや愛嬌あるしぐさ、すばしっこい動きで水族館や動物園で人気者のカワウソだが、当たり前だが野生動物であり、飼育の難易度も高いこと、生物多様性保全の観点などから、飼育目的の輸入が2019年から禁止されている。しかも、虐待した女性が飼育していたのは、ワシントン条約で捕獲や取引が制限されている「コツメカワウソ」だ。野生に住むコツメカワウソはペット化に伴う乱獲などで、この30年で生息数が約30%も減少。IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストで「危急種(VU)」に指定され、世界でも特に守らねばならない野生動物のひとつだ。
「カワウソは、見た目はかわいいですが実際には気性は粗めで、噛むこともあります。しかも、噛む力は大型犬と同等あるいはそれ以上です。ペットにしている人がいると、カワウソも犬や猫のように飼育できると思ってしまう人が多いですが、犬や猫は1〜3万年という長い時間をかけて人と共に暮らすように馴化された動物です。カワウソにそういった馴化の歴史はありません。SNSやネット動画で、人慣れしている姿を見せていたとしても、動物学的にいえばそれは“たまたま”であり、それが野生動物というものなのです。
そして、野生動物でも、噛むから、人慣れしないからしつけだ、といってボコボコ殴るのは、立派な虐待です。同じことを飼っている犬や猫にしたら警察沙汰になります。一方で、飼育下にある野生動物の虐待については、まだまだあまり問題視されていないため、虐待の立件には壁があると思っています」(田中さん)
野生動物への意識も規制も緩い日本
犬や猫の虐待事例に関してもまだまだ課題はあるが、逮捕事例も少しずつだが増えてきている。しかし、犬猫以外の動物に関しては、「前例がない」「どう扱っていいかわからない」ということで、起訴に至らないケースも少なくないという。
「さまざまな動物の虐待案件をみて感じるのは、犬猫以外の動物がいじめられていても、あまり関心を持たれないということです。もちろん、動物福祉の視点を持って動物を考える方もいますが、野生動物の動物虐待事例が起きても世論として目立った動きは、犬猫に比べるとまだ少ないと言わざるをえません。この現状が多くの日本人の見方なのかもしれません。それがいいとか悪いとかいうことではなく、野生動物に対する意識や動物福祉の観点がまだそこまで醸成していないと感じています」
海外では野生動物の虐待事案があると、厳罰に処されているのだろうか?
「一律には語れない部分はありますし、欧米でも野生動物の虐待や密輸の問題はありますが、まず野生動物に関する環境や法整備が異なります。欧米では野生動物は身近にふれあえる存在ではありません。世界的に見ても日本は野生動物とふれあう場所が多い特殊な国ともいえます。ですから、日本のような虐待事件も多く発生しない、といった方が正確かもしれません。欧米諸国でも野生動物をペットにする人はいますが、基本的には野生動物に会うのは、「動物園や水族館で」が一般的です。
動物園でさえ、今は飼育できる動物が限定されています。例えば、シャチやイルカは水族館で飼うべきではない、ましてやショーなどはするべきではない、という考え方が浸透しています。それに比べ、日本では、アニマルカフェや動物のふれあい施設、ペットショップにも犬や猫もいれば野生動物もいる……。日本は、多様な形態で非常にたやすくペット化された野生動物とふれ合うことができる、と認識している外国人は少なくないと思います」
訪日外国人が、日本でアニマルカフェやふれあい施設に行きたがるのは、自国には存在しないスポットで珍しいことが最大の理由だからだ。もちろん、欧米にもふれあい動物園や移動動物園は存在する。しかし、少し形式が異なると田中さんは言う。
「私はアメリカで20年近く暮らした経験がありますが、アメリカにも“ふれあい動物園”のような施設は存在します。例えば、ハロウィンの時期になると移動動物園というものが近所にやってきます。でも、そこにいるのは犬や猫、ウサギ、牛、馬、ヒヨコなど、長年人に順化された歴史があるペット化された動物や家畜が中心です。
日本のようにカピバラやミーアキャット、ナマケモノがいるということはありません。ましてやカフェやショップ店内に野生動物を展示したり、販売したりすることはまずありませんし、国によっては、販売できる野生動物やペットに規制があるところもあります」(田中さん)
野生動物に対して日本はかなり稀有な接し方をしている国である、ということをまず知ることが第一歩なのかもしれない。
◇後編『野生動物にとっては苦痛でしかない…「アニマルカフェ」「ふれあい動物園」の現実』では、引き続き、日本の野生動物の課題とともに、どうしたら「かわいい」「珍しい」のアニマルビジネスを減らすことができるのかを田中さんとともに考えていきたい。