ほとんどの人が老後を「大失敗」するのにはハッキリした原因があった…実は誤解されている「お金よりも大事なもの」

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元伊藤忠商事会長、そして民間人初の中国大使を務めた丹羽宇一郎さん。仕事に生涯を捧げてきた名経営者も85歳を迎え、人生の佳境に差し掛かった。『老いた今だから』では、歳を重ねた今だからこそ見えてきた日々の楽しみ方が書かれている。

※本記事は丹羽宇一郎『老いた今だから』から抜粋・編集したものです。

圧力を受けた音楽家

私が学生時代に読んで感銘を受けた本の一つに、フランスの作家ロマン・ロラン(一八六六〜一九四四)が書いた長編小説『ジャン・クリストフ』があります。

この小説は、ジャン・クリストフという架空の音楽家が、人生の苦悩と喜びを経験しながら、魂の成長を遂げていく過程を、八年かけて描いた作品です。作者ロランは、ベートーヴェン、ミケランジェロ、トルストイの各評伝を遺したことでも知られており、主人公クリストフの人物像は、まさにこの三人の偉人の生き方や思想がモチーフになっているのです。

正義感が強くて自分の気持ちに忠実なクリストフは、音楽界における党派の横行や、音楽家と批評家の癒着などを見ると許すことができず、相手が巨匠音楽家であろうが公然と批判します。政治に対しても同じで、間違ったことや嘘は絶対に許さない。それは私の心のなかに何十年と刻まれています。

そうした生き方ゆえに、クリストフはさまざまな圧力を受けますが、それに屈することなく立ち向かい、音楽家として成功をおさめます。私はこの小説を読んで、「自分はどう生きていきたいのか」を意識するようになりました。

小説の最後にクリストフは亡くなりますが、ロランはその第一〇巻の序文に力強い言葉を残しています。

「今日の人々よ、若き人々よ、こんどは汝らの番である! われわれの身体を踏み台となして、前方へ進めよ。われわれよりも、さらに偉大でさらに幸福であれ」(『ジャン・クリストフ4』豊島与志雄訳、岩波文庫)

目的を見失ってはいけない

私はこの言葉を、「ジャン・クリストフのような生き方を一代で終わらせるのではなく、この本を読んだ若者たち、そのまた次の世代へと引き継いでいってほしい。それにより、クリストフは死んでも彼の信念(すなわち作者の信念)は永遠に生き続ける」という、ロランから次世代へのメッセージだととらえています。このように自分の信念を次世代に伝えることも、シニア世代の重要な役目だと思うのです。

私自身の信念は、「世界の自由と平和」です。中国大使時代(七一〜七三歳の頃)の私は、この信念に基づいて日中友好関係の維持に努めました。当時の石原慎太郎東京都知事が尖閣諸島の購入計画を発表したときには、英紙のインタビューに「計画が実行されれば、日中関係にきわめて深刻な危機をもたらす」と答え、日本中から「媚中派」と批判を浴びましたが、自分の信念を曲げる気は少しもありませんでした。

世界の自由と平和は誰もが望むことですが、実現がこれほど難しいものはありません。アメリカが強いからアメリカにつく、中国が経済的に繁栄すると中国のほうを向く、ロシアがウクライナに侵攻して強そうだと判断すると西側は皆でロシアを叩く、ということでは、永遠に世界平和は実現しない気がします。

大事なのは、日本がどの国に味方するかではなく、大国が喧嘩をしそうになったら日本が国として仲介の労をとり、世界が「自由と平和」の方向へ向かうために努力するよう考えることだと思います。

この信念を若い人たちに伝え、自分が死んだあとも次の世代へとつないでいってもらい、我々の世代が頑張っても為し得ていないことを実現してほしいと願っています。

皆さんにも自分なりの信念があるはずです。それは、若い頃からの読書や勉強や経験から得た、学びや気付きの蓄積です。六〇歳を迎えた頃には確固たるものになっているはずなので、その信念に基づいてものごとを判断し、行動し、次の世代へ伝えてください。

子や孫に財産を残すのも大事かもしれませんが、お金やモノには代えられない信念という財産を残すことは、それ以上に大切なことだと思います。

さらに連載記事〈誰にでも訪れる悲惨すぎる落とし穴…「俺は自由だ」と思う60歳以上の人が陥る「意外な勘違い」〉では、老後の生活を成功させるための秘訣を紹介しています。

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