YouTubeと TikTokの出現は必然だった…ひとりの天才学者が遺した「野生の思考」というヒント

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「人類学」という言葉を聞いて、どんなイメージを思い浮かべるだろう。聞いたことはあるけれど何をやっているのかわからない、という人も多いのではないだろうか。『はじめての人類学』では、この学問が生まれて100年の歴史を一掴みにできる「人類学のツボ」を紹介している。

※本記事は奥野克巳『はじめての人類学』から抜粋・編集したものです。

神話の「構造」

人類学者はフィールドでの経験をつうじて「生のもの」と「火を通したもの」といった区別を直観します。そうした区別が人々の意識されないところにしまい込まれて、神話という命題を生んでいるのです。

レヴィ=ストロースは似ている神話や異伝を集めて神話群をつくり、動物学や親族関係などのコードに沿って、神話と神話の間の関係を考察しました。ひとつの神話だけで自己完結しているのではありません。レヴィ=ストロースは、ある神話が他の神話にどのように変換されているのかを分析することによって、神話の「構造」を明らかにしたのです。

個々の神話は何でもありの馬鹿げた話に見えるかもしれませんが、神話の構造分析の目的とは、そのように無秩序に見える話の中にある「構造」を明らかにすることなのです。それはヤコブソンの構造言語学に影響を受けて、『親族の基本構造』で彼が見いだした手法そのものです。

人類学者・小田亮は、ブリコラージュによってつくられた神話の筋を解体し、再構成することによって神話の意味を探るというレヴィ=ストロースの方法自体もまたブリコラージュ的だと指摘しています。「レヴィ=ストロースは、アメリカ先住民諸社会の神話を分析しているとき、いくつかの神話について、紙で立体模型をつくって、モビールのように部屋の天井からぶら下げていたという。そのエピソードは、彼が、ブリコラージュによってつくられた神話を、ブリコラージュによって分析していたということを端的に示しているように思われる」(小田亮『レヴィ=ストロース入門』ちくま新書、2000年、161―162頁)のです。

『神話論理』を出した後もレヴィ=ストロースは、『仮面の道』(1975年)、『やきもち焼きの土器つくり』(1985年)、『大山猫の物語』(1991年)と、精力的に神話研究の成果を出版しています。世紀を越えて息の長い学術活動を続けた彼は、101歳の誕生日を1ヵ月後に控えた2009年10月末にこの世を去ります。

あらゆるSNSがブリコラージュ

レヴィ=ストロースの提唱した「野生の思考」は、農耕や牧畜、陶器や土器などを生み出した基にある思考形態であり、「科学的思考」と対立するものではありません。それは不変の「構造」を保持しながら、要素を解体し再構成する過程を繰り返すブリコルールの思考形態です。そうであれば、「野生の思考」は私たちの精神の奥底に潜んでいるだけでなく、いまにも踊り出そうとウズウズしているはずです。それは、論理だけではなく、直観を重視して生きています。「野生の思考」は、私たちの中に息づいているのです。

世界中のインターネットのサイトをハイパーテキストでつなぐWorld Wide Web(ワールド・ワイド・ウェブ)は今日、私たちが経験する現実に大きな影響を与えるだけでなく、政治や経済を変える大きな力をも持っています。またSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)だけでなく、YouTubeやTiktokなど、次から次へと新たな仮想空間が生み出されてきています。それらは、すでに世の中に存在していた言葉や画像、動画を解体して再構成し、どんどんと新しいモノを生み出し続けています。

これらは、レヴィ=ストロースの言うブリコラージュであると言えるでしょう。その意味で、現代人の私たちもまた、ブリコルール(器用な人)なのです。

通信革命の進行とともに、リアルとヴァーチャルのあわいで展開するものづくりは、「野生の思考」に支えられています。20世紀に構造主義ブームが起きてから60年が経った現在においてもなお、私たちは「野生の思考」を目撃し、経験しているのです。

さらに連載記事〈なぜ人類は「近親相姦」を固く禁じているのか…ひとりの天才学者が考えついた「納得の理由」〉では、人類学の「ここだけ押さえておけばいい」という超重要ポイントを紹介しています。

なぜ人類は「近親相姦」をかたく禁じているのか…ひとりの天才学者が考えついた「納得の理由」