なぜ「大卒の初任給」はここまで上がってきたのか…日本経済に起きている「重大な変化」

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この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか?

なぜ給料は上がり始めたのか、経済低迷の意外な主因、人件費高騰がインフレを引き起こす、人手不足の最先端をゆく地方の実態、医療・介護が最大の産業になる日、労働参加率は主要国で最高水準に、「失われた30年」からの大転換……

注目の新刊『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。

(*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)

若年層の処遇は大きく改善している

労働市場の状況について、年齢を切り口に分析を行ってみよう。

非正規雇用者の比率を年齢階層別にみると、その比率が最も顕著に低下しているのは若年層である(図表1-16)。

25〜34歳の階層をみると、やはり2000年代に一貫して上昇基調にあった非正規雇用者比率は2014年に28.0%でピークをうち、そのあとは年々その比率を低下させている。直近の2023年時点では22.5%まで下がっている。この水準を過去にさかのぼれば2003年以来の水準となり、非正規雇用問題が社会的に大きくクローズアップされた当時の段階まで低下してきていることがわかる。雇用の質は若年層から改善が進んでいるのである。

これは賃金に関しても同様である。先述のように正規雇用者の賃金上昇は全体として鈍い状況ではあるものの、若年層はほかの年齢層に先行して上昇している様子がうかがえる。

図表1-17は学卒者の初任給の推移を取ったものである。

2005年に月額19.1万円だった学卒者の初任給は2010年代半ばまで20万円に満たない水準で推移していた。しかし、2013年の19.4万円を底に上昇基調に転じ、2023年には21.1万円まで上昇している。初任給の引き上げ率をみても2024年には86.8%と急上昇している。

足元では若年層に対する賃上げ競争の動きが活発化しているのである。若年層の労働時間が急速に減少していることも踏まえれば、若い労働者の待遇改善は近年大きく進んでいると評価することができる。

バブル崩壊以降、若年労働者の雇用はその時々の市場の需給環境に振り回されてきた。労働市場の需給が緩んだ時代においては、企業は新規採用を厳しく抑制し、結果として非正規雇用として働くことを余儀なくされた若者たちも存在していた。

非正規雇用という社会問題がこれまでの政治や経済に与えた影響は大きかった。しかし、改めてこうした現象がなぜ生じたのかを考えれば、政府の規制のあり方に責任の一端があるという意見もあるだろうが、より本質的には労働市場の需給が緩かったからだと考えることができる。過去、労働市場に余剰人員が多数存在する中で、企業としては労働力をいくらでも確保できる状況が生じていた。企業の力が求職者の力よりも強ければ、求職者としては企業側に有利な条件での雇用契約を吞まざるを得ない。

しかし、そうした時代とは打って変わって、改めて現在の局面に目を移してみると、失業率は低位で安定しており、選ばなければ職はいくらでもある時代になっている。これまで企業は自社の利益最大化を目的として、コストが安い非正規雇用に活路を見出してきたが、労働市場の需給がひっ迫してきたいま、安い賃金で十分な質・量の労働力を確保することは難しくなっている。

労働市場の環境変化に応じて、企業側も行動を変え始めている。人手不足がさらに深刻化する将来に向けて、長期的な就労を見込める若い人たちを中心にフルタイムで働く意思のある人は正規雇用で優先的に確保してしまおうと企業側も戦略を変えているのである。

こうした労働市場の構造変化は、非正規雇用比率の平均値だけをみていては見誤る。高齢労働者などが増える中で全体としては短い時間で働く人が増加しやすい環境にあるなかで、丁寧にみていけば非正規雇用のあり方は大きく変わってきていることがわかる。

今後を展望すれば、高齢者人口の高まりから非正規比率はある程度高い水準で推移するだろうが、雇用の質は今後も着実に改善していくとみられる。労働市場の潮流は確実に変化しているのである。

労働市場の基調の変化に合わせて機動的に戦略を変えることができない企業は、必要な人員の採用や従業員の定着において他企業に劣後することで、事業継続がままならなくなっていくだろう。

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