料理家・有元葉子が「14万円のオイルディスペンサー」を作った「切実な理由」

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「買ったものは、自分」

料理家 有元葉子さんの言葉だ。

厳しくも確かな審美眼の持ち主として定評のある有元さんにその言葉の真意を伺った。

「『買ったものは自分』という新聞コラムを読んだのが、この考えの始まりです。

ずいぶん前に地方新聞のコラム(筆者は某銀行の頭取りだったと思います)に、『自分のお金を出して買うものは全て、自分自身である』という文章があり、この言葉が長く自分の芯に刺さったままになっていました。

時を経るうちに、道具にしても、食材にしても、お金を出して買うものは自分であるという意味に、だんだん納得いくようになりました」

自分で「作るっきゃない」

そんな有元葉子さんが17年越しで手に入れた道具があるという。

オイルディスペンサーだ。

オイルディスペンサーとは、有元さんが缶で購入しているオリーブオイルを注ぎ移して使うものなのだが、納得のいくものがなかなか見つからなかったのだそうだ。

以前使っていたイタリア製のものが、ある頃から使い勝手がどんどん悪くなっていき、その理由が知りたくて、ドイツの展示会まで出かけてそのメーカーのオーナーに訊いたのだという。

そこで、もう欲しい姿に戻ることはないと知り、それからイタリア、イギリス、日本……と、暇さえあれば道具屋やインテリアショップをのぞき、代わりとなるものを探し歩いた。

そしてとうとう、「これは、作るっきゃないね」と腹を決めたという。

その後、信頼するプロダクト業界の方に相談を持ち掛け、さらに数年かかって、ようやくイメージしていたものを手に入れた。昨年のことである。

お値段は14万8500円。

道具の用途からすると、なかなかのお値段である。

それでも有元さんは、「一生どころか、孫子の代まで使い続けられる」と大満足している。

有元葉子さんが選んだ台所道具との、出会いとヒストリーの連載。

今回は、オイルディスペンサーについて、有元さんの言葉でお伝えする。

銅製のディスペンサーの利点

私はオリーブオイルをたくさん使うので、缶入りを使用しています。オイルはもうかれこれ30年以上のお付き合いになる、イタリアはウンブリア州のマルフーガ社のもの。野草の香りに加えてアーモンドのような香りとうまみがあり、イタリアでも最高のオリーブオイルだと思います。

中身は同じですから、大容量の缶入りがよいのですが、これにはオイルディスペンサーが必要です。イタリアの家庭も、たいていの家は缶入りを買い、オイルディスペンサーを使っています。

家庭や調理場で使うオイルディスペンサーは銅製が多いですね。なぜ銅製かと言えば、銅は柔らかくて、細工しやすいからでしょう。そして見た目もきれい。

たいていが銅と錫を貼り合わせた「錫引き」になっています。銅は熱伝導率がよく、お菓子の型など使われますが、酢や塩分で変色したり、素材に色移りするなど、酸化しやすいので、錫でコーティングするのでしょう。

また、オリーブオイルは油ですから、遮光できる容器で冷暗所に保存します。

銅には、殺菌効果や抗菌効果もあると言われています。清潔に保てるところ、鉄などに比べて錆びにくかったり、耐食性にも優れているところが利点ですから、オリーブオイルの容れ物にぴったりです。

「できるだけ利益を得たい」を優先すれば…

私が以前使っていたオイルディスペンサーは、ステンレス製でしたが、ドイツの道具の見本市で見つけて、スタイリッシュですごく素敵と、ひとめぼれして使い始めました。

ところが使っているうちに、ふたの頭が取れてしまったり、洩れることがあったり、いろいろ変だなあと思うことが、たびたび起こるようになりました。

ドイツのフランクフルトでの展示会に、その会社が出展していたので、展示ブースに寄ってみました。するとそこにちょうど、その会社の社長さんがいました。

「オイルディスペンサー、なにか変わりました?」

単刀直入にうかがうと、「イタリアでは作らなくなった。安価な海外に発注するようにしました」とおっしゃいます。

できるだけ利益を得たい、そっちを優先すれば、安くできる国に生産拠点を移す、まさにそんな時代でした。翌年の展示会では商品自体がなくなっていました。

オイルディスペンサーだけでなく、以前並んでいた素敵なサーバーなんかも、全部やめてしまったのだそうです。新しく並んだ商品は、どれも首をかしげるようなものばかり。出会った頃は、あんなに素敵だったのに。

その後も海外にいる時は、食器屋さんとか道具屋さんとか、そういう素敵な店を巡っては、代わりのオイルディスペンサーを探して歩いていました。

けれども使いにくそうなものばかり。仕方がない、これは作るっきゃない、と腹をくくりました。

素材も技術も文句なしで100年使えるものに

縁あってご紹介いただいたのは、新潟の鍛工舎さんでした。イメージを伝え、イタリアの古くからあるディスペンサーの画像も参考にして、設計図を引いてもらって……。

それをもとにああでもない、こうでもないと少しずつ完成の形に近づけ、この形が出来上がるまで2年ほどかかったでしょうか。

そして、ついに出来上がった、銅製のオイルディスペンサー、本当に大満足です。素材も技術も文句なしです。ひとつずつ、心を込めて、時間をかけて作る作品です。

だからお値段は、市販のオイルディスペンサーとはかけ離れた、とても高価なものになります。

大切なオリーブオイルを毎日使うのに、使い勝手のいいオイルディスペンサーが欲しかった。その願いは、完璧に叶えられました。

液だれも液漏れも一切しません。継ぎ目はもちろん、蓋も内側まで美しく、手に取るたびに嬉しい気持ちになれる。

完成時に、製作してくださった鍛工舎の渡邉和也さんからこう言われました。

「仕上げがとても大変なので、1カ月に数個しかできないけれど、ひとつあれば、100年もちますよ

つまり、私が作っていただいたオイルディスペンサーは、孫子の代までずっと使い続けられるということ

しかも、お手入れがとてもらく。洗う必要がないのですから。中のオイルがなくなったら、新たにオイルを足すだけ。周りがべたつくこともないので、受け皿もいらない。

輪染みになんてなりませんから、きれいなクロスの上にもぽんと置ける。

作る側のお手間も時間もかかるものなので、本当に欲しい方だけに使っていただければいいかなと思って、販売はオーダー制にしていただいています。

ご注文から、2カ月くらいはかかるかな。100年使えるものですから、それくらい待つわよ、って言っていただける方に、と思っています。

◇17年かけて、理想のオイルディスペンサーをようやく手にした有元さん。

続く中編「有元葉子の14万円のオイルディスペンサーは、なぜ『100年絶対に変わらない』と言えるのか」では、頭の中に描いたイメージをどうやって伝え、形にしていったのか。また有元さんは、どこからそうしたイメージをつかむのか。詳細をお伝えする。

有元葉子の「14万円のオイルディスペンサー」は、なぜ「100年絶対に変わらない」と言えるのか