日本のアニメは海外でどのように見られているのか。エンタメ社会学者の中山淳雄さんは「学園ラブコメアニメは安定して人気だ。大きな展開はなく登場人物たちのわずかな感情の揺れを描くような作品の方に関心が高まっているのは興味深い」という――。

■盛り上がったのは『推しの子』だけじゃない

世界中にいるアニメファン約2000万人が集う「My Anime List」は、アニメ好きのためのWikipediaのような存在だ。

3カ月ごとに60〜70本放送される新作アニメのページが新設され、Members(アニメをリストインしている人)、Score(アニメ評価)、Popularity(Members数の歴代ランキング)、Ranked(Scoreの歴代ランキング)の4つがトップに表示される。当然海外のアニメファンのためのサイトであり、すべて英語。

ここはエンタメを研究する私のような立場の人間にとって宝の山だ。6〜7割が10〜20代の若者世代、5〜6割が欧米ユーザー、あとはアジア・南米などで日本人はほんの1%未満、という純粋な「日本人以外のアニメファン」サイトだ。

ネットフリックスや海外における最大級のアニメ配信サイト・クランチロールによって世界中に配信されたアニメをどう受け止めているかのリアリティが、ここにある。

2024年夏(7〜9月期)は豊饒なる“新作祭り”であった。本来はMembers数1位の『推しの子』第2期(34万人)や3位『神の塔』第2期(18万人)などのシリーズ作が上位を独占するのが常だった。

だが、2位『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん(略:ロシデレ)』(22万人)、4位『しかのこのこのここしたんたん』(21万人)、5位『杖と剣のウィストリア』(20万人)、6位『負けヒロインが多すぎる!(略:負けイン)』(18万人)、7位『異世界失格』(15万人)、8位『義妹生活』(15万人)、9位『異世界スーサイド・スクワッド』(14万人)、10位『ハズレ枠の【状態異常スキル】で最強になった俺がすべてを蹂躙するまで(略:ハズレ枠)』(14万人)と、ほぼ新作ばかりが並んでいる。

2024年夏アニメTOP20のメンバー数増加数ランキング(MALよりデータ抽出)

■頭に鹿の角が生えた女子高生

トップ5で3作品、トップ10で8作品が新作というのはここ数年で類を見ないほど新作率の高いクールだった。前期の2024春(4〜6月期)ではトップ5に新作1本、トップ10で新作3本だった。

とにかくインパクトを残した、という点だと「しかのこのこのここしたんたん」を連呼してダンスが広がった4位『しかのこ』ではないだろうか。半年前の楽曲BBB×『マッシュル』2期を彷彿とさせた。このアニメは、一言でいうと狂気じみたコメディ作品である。

『しかのこのこのここしたんたん』ウェブサイトより

東京都日野市の高校を舞台に、なぜか頭に鹿の角が生えた主人公・鹿乃子のこ(詳細は説明されていない)、元不良の女子高生・虎視虎子を中心に話が展開する。

マタギに追われたり、ゆるきゃら「せんとくん」とのプロレスが最終話となるようなカオスの集大成的な本作は、制作現場にも作品性が伝わり、声優がガスマスクを着けてアフレコをしたりと、とにかく日本中のいろんな脳みそをバグらせた。そして、それは海外でも例外ではなかった。

MALに投稿された海外ファンの声を拾うと、「シカ! シカ、シカ、シカ。シカのカルト教アニメ。ついにアニメ漫画はここまできた。これは京アニの日常アニメの再来なのか?」「オープニング曲がキャッチーすぎて夢にすら出てくる(悪夢)」「脳腐れの極み」「100年たって、ダダイズムが再び台頭してきているようだ」……などなど。おおむね日本ファンと解釈一致で受け入れられている様子が浮かび上がってくる。

■アニメ作者とVTuberとの距離感

原作者となる「おしおしお」氏は有名なイラストレーターだ。2014年に連載していた『神様とクインテット』(『まんがタイムきらら』芳文社)も狂気じみた作品なので、そういう作風を好む人なのだと思う。

マンガ以外に、女性VTuberタレントグループ、ホロライブ「天音かなた」や、VTuberグループ、にじさんじ「空星きらめ」のイラストも手掛けている。(業界的には、VTuberのキャラクターデザインを担当したイラストレーター、絵師のことを「ママ」と呼ぶ)

余談だが、近年こうした絵師自体がVTuberのように生出演で活躍する事例も相次いでる。

有名どころでいえばホロライブ「大空スバル」の“ママ”で知られる「しぐれうい」。自身がフォロワー200万人規模のVTuberでもあり、作曲した「粛聖‼ ロリ神レクイエム☆」は2022年のバズリ楽曲の1つを出すようなタレント性をもつ。ただ、本人はあくまで「本職はイラストレーター」であることを徹底している。

こうした“顔のみえる裏方”は、一昔前でいえばタレント性あふれる放送作家やプロデューサーのようなものかもしれない。

『しかのこ』は、以前の作品でいえば『うまるちゃん』や『ぼっちざろっく』、『ボボボーボ・ボーボボ』のような一見理解しがたいアバンギャルドさをそなえている。しかし、それが日本だけでなく、北米や欧州でも同じように受け止められているというのはにわかに信じがたい。ただ、放送前に8万人だったMembersが3カ月経過で倍以上に膨らみ、今クールでトップ5に入っているのだ。

「結局『よくわからんがかわええからええか。』と脳内から直接言葉が出る」という天音かなた自身の評価が本作のすべてといってよい。

■世界で人気の韓国発のアニメ

今期のシリーズ作としては、『推しの子』と『神の塔』がある。

『推しの子』はもはや説明不要だろう。今回の第2期は「2.5次元舞台編」で原作と舞台化の間にある葛藤は業界特有の問題にも言及した秀作だ。楽曲「アイドル」で爆発した第1期(2023年春)に比べれば勢いは弱まったとはいえ、今クールでも一番人気のMembers数となっている。

また日本では必ずしも人気になっていない『神の塔』は韓国のウェブトゥーン発のアニメ。実は第1期の2020年春(4〜6月)でもMembers数34万人を獲得した「海外ヒット作」である。34万人は実写映画化もされた日本の人気アニメ『かぐや様は告らせたい?』に次ぐ2位だった。

※ウェブトゥーンとは、韓国発のウェブコミックの一種。従来のマンガと異なり、上から下へと読み進められるよう、各コマが一つずつ縦に並ぶ単純なコマ割りを採用しているのが最大の特徴。

韓国ウェブトゥーン作品は日本のアニメ会社が作ったとしても日本では伸びず、海外で大きく広がる傾向がある。以前の原稿でも触れた、同じく韓国のウェブトゥーン発の『俺だけレベルアップの件』(『俺レベ』)も同様だった。

『神の塔』ウェブサイトより

本作はウェブトゥーンとしても2010年から続く長い作品であり、2023年時点で60億View、2023年7月からはネットマーブル社(本社・韓国ソウル)によるアプリゲームとしても世界配信されており、韓国発メディアミックス作品としては『俺レベ』と双璧をなす成功作でもある。

■異例の「アメコミ×異世界」の結果は…

同様の現象は『異世界スーサイド・スクワッド』についてもいえる。

ワーナー・ブラザース・ジャパンが日本から発信する完全新作オリジナルアニメで、「異世界もの」とワーナー・ブラザーズの虎の子IPである、映画『スーサイド・スクワッド』(2016、以下SS)をリミックスした作品となる。アニメーション制作はウィットスタジオ(本社・東京都武蔵野市)だ。

日本アニメ人気はついにここまできたかという感がある。

アメコミ×異世界というコラボがどう化学反応するか、注目の一作ではあったが、MALでは9位。ちょっと期待値ほどには満たなかったという結果かもしれない。

ワーナーは以前も『ニンジャバッドマン』(2018)を手掛けており、こうした日本支社を巻き込んだ動きができているという点ではディズニーやユニバーサルにも先んじた革新性も感じさせる。SSと同じDCコミック発の映画『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』が2024年10月から公開だったので、もう少し時期の重なりがあると効果はより大きかったかもしれない。

■鉄板の「学園モノ」

日本では人気の高かった『逃げ上手の若君』(14位、16万人)や『2.5次元の誘惑』(17位、10万人)が伸びきらなかったことは、鎌倉時代やコスプレ×ハーレムというモチーフがイマイチ海外では浸透しきれなかったのかもしれない(前期放送の『その着せ替え人形は恋をする』は高評価だった)。

23位『先輩はおとこのこ』(6.5万人)や44位『ラーメン赤猫』(1.2万人)についても同様で、さすがに日本で流行する文脈と欧米のそれとは完全に一致するわけではない、という結果といえる。

昔からのリバイバル作品として46位『グレンダイザーU』(0.7万人)、47位『キン肉マン 完璧超人始祖編』(0.7万人)やインディーゲームからの秀作43位『天穂のサクナヒメ』(1.6万人)など面白い試みも多かった。

今回トップ作品は全般的に学園ラブコメアニメ、いわゆる「学校モノ」だったといえる。

2位の『ロシデレ』のメンバー数は32万で、放送中の3カ月で3倍近くまで伸ばした。一方、『推しの子』は第2期と言うこともあり、伸び率は1.5倍ほどだった。

『推しの子』とともに2024年にKADOKAWA傘下にはいった動画工房(本社・東京都練馬区)の制作アニメが1位、2位を独占した格好だ。

『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』ウェブサイトより

■「みんなが待ち望んでいた」

『ロシデレ』はタイトル通り、ツンデレのロシア人ヒロイン・アーリャはデレるときだけロシア語を話すが、実は主人公はロシア語が分かる。本人が気づいていないデレがもろバレという事実をほくそえみながら楽しむという新しい嗜好性もあるが、本作はとにかくキャラクターデザインがよく、絵がキレイというところで人気が高かった。

MALでも「みんなが待ち望んでいたロマンチックコメディ。ニセコイ以来の作品である」「高校を舞台にしたツンデレやブラコンは定番だが、ストーリーもよく、ロマンチックコメディに求められるすべての要素が保持されており、ユニークで興味深い作品」「ビジュアル的に素晴らしいです。動画工房の最高傑作の一つ」といった評価が並ぶ。

6位『負けイン』はいわゆる容姿端麗でヒロインになるべきキャラでありながら、各自“残念”な性格があり、幸せになれない女性たちと男性主人公が繰り広げる人間ドラマだ。

いわゆるハーレム的な世界を想像するが、本作はすでに誰か思い人に振られてその恋を引きずっている状態のヒロインから始まる。なので主人公を(全く)恋愛対象としてみていない前提である。

それが学園ラブコメとしては新しい解釈であったといえる。

■ロマンスがすぐに発展しないのがいい

『負けイン』に対するMALの評価は、「Nukumizu(主人公)とAnna(ヒロイン)はMakeinu(負け犬)同士の最高の関係性である」「ロマンスが非常にリアル。一目ぼれはない、内なる会話で『うわー好き!』みたいに声高に叫ぶのでもなく、愛が絶妙に時間をかけながら発展する。それゆえに非常にリアルで非常に興味深い」「この12週間はA-1ピクチャーズによるノンストップの魔法の連続、ロマンチックコメディの新鮮な解釈あった」、といったコメントが並ぶ。ちなみに、Makeinuは新しい英語になった。

『ロシデレ』も『負けイン』も「ロマンスがすぐに発展しない」点がむしろ高評価をあげている。

ツンデレ、ブラコン、残念、ハーレムなど20年ほどかけてパターン芸となりつつある日本の学園ラブコメアニメにも「誰しも必ずしもほしいものが手に入るわけではない」というリアリティを求める。

そして、箱庭のような空間で一面的でないキャラクター性と多様な関係性を見て、それを一つ一つ解きほぐすように視聴するユーザーが海外にも多数存在するのだ。

お互いを潜在的な恋愛対象として見ていないということが視聴者にも安心を生み出すことは「温水と女の子たちとの関係がすべてプラトニックだったのが気に入った」というMALのコメントからも見てとれる。

MALで一番ファン数が多いのはアメリカ人だが、彼らはなんでもかんでもダイナミックな恋愛ストーリーやフィジカルな駆け引きを好むわけではない。

■アニメとしての美しさはヒットの必須条件

以前『好きめが(好きな子がめがねを忘れた)』が人気であることを伝えたようにゼロ距離で繊細な機微を描写する日本アニメの学校モノの恋愛は、海外ファンにとっても今鉄板化しているジャンルなのだ。

最後に5位の『杖と剣のウィストリア』にも言及したい。王道の「魔法と剣のファンタジー」であり、転生モノでもラブコメでもなく、シリアスな作品である。

主人公は『マッシュル』さながら、魔法は使えないのに強靭な“戦士力”を発揮する。『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』でなろう系作家として一世を風靡した大森藤ノの原作で、2020年末からの別冊少年マガジン連載で10巻累計150万部、他のトップ漫画作品と比べると必ずしも「アニメ化確実な売れ行き!」とは言い難い。

だが評価Scoreも7.9とかなり高く、初動4万から放映後18万と4倍強にまでMembersが増えた。日本ではだんだん少なくなってきたシリアスな王道ファンタジーモノだが「特に独創的なストーリーではないがアニメの品質はストーリーテリングと同じくらい重要だ。芸術的には今年最高の作品」とアニメの質自体が作品人気を底上げしているようにも見える。

『しかのこ』もギャグ部分を除けば、美しいキャラクターデザインをしている。全般的に海外上位アニメはキャラクター性やストーリーの面白さだけでなく「アニメとしての美しさ」でアート的に圧倒して人気上位になるケースも多く、原画のイラスト性の高さなども今後注目すべきポイントだろう。

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中山 淳雄(なかやま・あつお)
エンタメ社会学者、Re entertainment社長
1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。著書に『エンタの巨匠』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』(すべて日経BP)など。
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(エンタメ社会学者、Re entertainment社長 中山 淳雄)