新NISAで運用する「年金繰り上げ投資」は本当に儲かるのか?「お金のプロ」も驚いた「意外な検証結果」

写真拡大 (全7枚)

最近、年金を繰り上げての投資運用の話題が盛り上がっています。老齢年金を60歳から繰り上げ受給し、全額、新NISA口座で投資運用をして利益を得ればお得になるというものです。前編記事〈「繰り上げ受給」した年金を「新NISA」で運用すれば儲かる?「年金繰り上げ投資」で一番大事なこと〉では「年金繰り上げ投資」について大事なのは、その「利回り」だということを確認しました。

では、年金繰り上げ投資の利回りの「損益分岐点」はどれくらいなのか。本稿では、2つのケースを考えシミュレーションしていきます。検証した結果、明らかになった「意外な答え」とは……?

65歳受給、70歳繰り下げ受給の場合と比較する

今回の「年金繰り上げ投資」の検証で比較したのは、以下の2パターンです。

(1)60歳繰り上げ+新NISA投資 vs 65歳受給

(2)60歳繰り上げ+新NISA投資 vs 70歳繰り下げ受給

まずは、パターン(1)「60歳繰り上げ+新NISA投資 vs 65歳受給」から見ていきます。

「60歳繰り上げ+新NISA投資」と「65歳受給」を比較するにあたって、前提条件は次のようになります。

【前提条件】

・65歳時点の厚生年金の受給額は月額144,000円(厚生年金受給者の平均額)

・年金収入は手取りベース(東京都新宿区在住、収入は年金収入のみ、独身・扶養家族なし、所得控除は基礎控除・社会保険料控除のみ)

・国民健康保険または後期高齢者医療制度に加入

・60歳繰り上げで受給した年金を全額投資に回す

・新NISA利用で運用益は全額非課税

・65歳で年金の新規投資は終了、その後も同じ利回りで運用を続ける

・65歳以降は、受給する年金と、運用資産の取り崩しで生活する

・寿命は90歳を想定し、90歳で運用資産を全額取り崩し完了する

結論を先に言いますと、この前提でシミュレーションをした結果、損益分岐点の利回りは1.65%となりました。意外にも低い利回りです。これなら、無理なく投資していれば十分に実現可能な利回りです。

65歳時点での運用資産は…

ここからは、シミュレーションの過程を詳細に紹介します。

65歳から受給する場合の年間の年金受給額は1,728,000円です。60歳に繰り上げた場合は、24%減額されますので、年間の年金受給額は1,313,280円です。どちらも額面の金額であり、ここから税金と社会保険料が引かれます。社会保険料について、60〜74歳までは国民健康保険料を支払い、75歳からは後期高齢者医療制度の保険料を支払います。また、65歳以降は、国民健康保険料の介護分がなくなり、別途、介護保険料が発生します。国民健康保険料は市区町村によって異なりますので、2024年度の東京都新宿区の保険料で計算しました。

その結果、60歳繰り上げ受給、および65歳受給、それぞれの場合の、年金手取り額は、年齢に応じて【図1】のようになります。

60歳繰り上げで受給した年金を、年間利回り1.65%で毎年積み立てていくと、5年後の65歳時点で、運用資産は約622万円になります。65歳以降は、この622万円を利回り1.65%で運用しながら、少しずつ取り崩していきます。

取り崩すべき金額は、65歳受給の手取り額と、60歳繰り上げの手取り額の差額です。65歳から74歳までは年間約30万3千円、75歳以降は年間約30万7千円を取り崩します。すると、ちょうど90歳になったとき、全額取り崩し、運用資産はゼロになります。60歳から90歳までの年金の運用資産額は次のグラフのようになります。

60歳繰り上げ+新NISA投資 vs 70歳繰り下げ受給

次に、パターン(2)「60歳繰り上げ+新NISA投資 vs 70歳繰り下げ受給」を確認します。

前提条件はパターン(1)とほぼ同じですが、異なる部分だけ記載しておきます。

【パターン(2)の前提条件(パターン(1)と異なる部分のみ)】

・70歳で年金の新規投資は終了、その後も同じ利回りで運用を続ける

・70歳以降は、受給する年金と、運用資産の取り崩しで生活する

この前提でシミュレーションをした結果、損益分岐点の利回りは1.99%となりました。こちらもそこそこ低い利回りです。

パターン(1)とシミュレーションの過程は同じです。

60歳繰り上げ受給、および70歳繰り下げ受給、それぞれの場合の、年金手取り額は、年齢に応じて次の【図3】のようになります。

60歳繰り上げで受給した年金を、年間利回り1.99%で毎年積み立てていくと、10年後の70歳時点で、運用資産は約1,354万円になります。70歳以降は、この1,354万円を利回り1.99%で運用しながら、少しずつ取り崩します。

取り崩すべき金額は、70歳繰り下げ受給の手取り額と、60歳繰り上げの手取り額の差額です。70歳から74歳までは年間約81万4千円、75歳以降は年間約83万3千円を取り崩します。資産額は以下【図4】のグラフのようになります。

どちらのパターンでも「利回りの損益分岐点」は…

今回の、利回りの損益分岐点の検証結果を整理すると、このようになります。

(1)60歳繰り上げ+新NISA投資 vs 65歳受給:利回り1.65%

(2)60歳繰り上げ+新NISA投資 vs 70歳繰り下げ受給:利回り1.99%

どちらのパターンでも、60歳繰り上げ受給+新NISA運用で必要な利回りは2%以下となりました。参考までに、米国のS&P500の過去30年間の1年当たり利回り平均は約10%です。これは、円安の影響を除いたドルベースでの利回りです。米国や全世界を中心に運用していれば、2%は十分に可能な利回りといえるかもしれません。

なお、前提条件が違えば、検証結果は異なります。年金収入以外の所得の有無、お住いの地域、家族構成、他の所得控除の有無、想定する寿命などによって、利回りの損益分岐点は個人ごとに異なることにご留意ください。

課題点は、投資メリットが大きくないこととインフレ

60歳繰り上げ受給+新NISA投資運用で利回りの損益分岐点は2%程度と意外と低く、達成できそうなレベルであることはわかりましたが、一方で、今回の検証で2点ほど課題点も見えてきました。

まず、1つ目の課題点は、利回りがあがっても、得をする金額があまり増えないことです。

さきほどのパターン(1)「60歳繰り上げ+新NISA投資 vs 65歳受給」の検証において、もし運用利回り3%であれば、65歳から90歳までの25年間で約36万7千円ずつ取り崩すことができ、65歳受給より毎年約6万円余裕が生まれます。月額では約5,000円です。投資運用のリスクを負っている割には、そこまでメリットのある大きな金額でないかもしれません。もし運用利回り5%であれば、毎年約16万7千円の余裕が生まれ、月額では約1万4千円です。このくらいあると金額のメリットを感じやすいですが、5%運用を継続するのはかなり大変です(【図5】参照)。

あくまで選択肢の1つ

次に、2つ目の課題点はインフレです。

インフレの状況では、年金支給額もインフレに合わせて上昇しますので、物価上昇率以上に利回りを出さないと、そもそも損をしてしまいます。パターン(1)であれば、損益分岐点の利回り1.65%に物価上昇率をプラスした分の利回りを出す必要があります。仮に物価上昇率が3%であれば、利回り4.65%が必要です。実際の計算はやや異なり、もう少し必要な利回りが高くなります。この利回りを継続して出し続けるのはけっこう大変といえます。

*     *     *

検証の結果、60歳繰り上げ受給+新NISA運用の利回りの損益分岐点は2%程度と意外と低い値であることがわかりました。

一方で、運用利回りをあげても、お得になる金額はあまり多くありません。月額あたり数千円から1万円程度の金額のために、あえてリスクを犯し時間をかけて投資をするのかは検討が必要でしょう。

また、インフレも非常に大きな問題点です。現在日本で発生しているインフレは、輸入物価が高騰したことによる海外起因のコストプッシュインフレですので、国内の金利も上がらず難しい状況です。ただし、今の物価上昇がずっと続くかどうかはわからず、またデフレに逆戻りすることも考えられます。デフレの場合は、支給される年金は徐々に減らされていきますので、 逆に、繰り上げで早めに年金をもらうこと自体が少し有利になります。

利回りの損益分岐点は個人ごとの状況によって異なりますし、将来の経済予測も重要な要素になってきます。年金繰り上げ+新NISA投資は、あくまでも一つの選択肢と考え、いろいろな観点から、年金の受給方法をご検討されるのがよいでしょう。

年金を「60歳、65歳、70歳、75歳」からもらって一番おトクなのは…? その「意外すぎる答え」がわかった!