いったいなぜ…「トヨタに学ぼう」日本車を絶賛する”ドイツのニュース番組”の不気味さ

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ドイツの公共放送を見て仰天

車のことではプライドの高いドイツ人が、日本車、特にトヨタをライバルとして目の敵にしているのは、すでに50年も前、日本車が世界中に進出し始めた頃から変わらぬ現象だ。私はドイツの自動車専門誌を覗くことはないので、そこで日本車がどう扱われているかは寡聞にして知らないが、一般向けのニュースでは、日本車の話題はほとんど出ない。

ただ、たまに見かけると、一見、誉めてあるようでも、どこかに意地の悪い皮肉などが必ず仕込んであるのが常だ。

ドイツ人は(唯一、ホロコーストを除いては)自分たちの間違いを認めることは苦手で、他人を褒めることも好まない。しかし、自画自賛は結構得意で、今では自分たちがホロコーストを謝罪し続けていることも、どこか自慢の種にしているところがある。

ところが!10月8日の第2テレビ(公共放送)の報道にはビックリ仰天。7時のニュースが、トヨタの方針を称賛したのだ。タイトルは「トヨタが記録的な売り上げ」。

映像は、北フランスのトヨタ工場で、金髪の若い女性工員がにこやかに笑いながら組み立てをしている様子から始まった。すぐにアングルが変わり、次は、大勢の労働者が整然とした工場の中でピカピカの車に群がって、いかにも機嫌よさそうに働いているシーン。

そこに、「ヨーロッパで最大のトヨタの工場に漂う日本の“落ち着き”」というナレーション。「すぐにEVに飛びつかない。まず、様子を見るというのがモットーだ。そして、自分たちの得意な車を引き続き生産する。ハイブリッド…」と続く。

“落ち着き”というのは、EVの失敗でカオス状態になっているドイツとの比較だが、これではまるでトヨタのコマーシャル。ドイツ人の自信がここまで後退してしまったのだとすれば、その方が問題だ。

あからさまにVWを引き合いに

そのあとシーンは変わり、欧州トヨタ自動車のゲラルド・キルマン副総裁が、「我々のハイブリッド車はヨーロッパでの売上の75%を占めている。バッテリーが小さくて済むので価格が安い。つまり、人々が買える値段で提供できる」と説明。そして、そのあと、トヨタの売上が2019年より順調に伸び、昨年は1150万台に上ったことが棒グラフで示された。

しかし、何と言っても一番驚いたのは、「日本人はこれを37万人の従業員でやり遂げているが、VWの従業員は68万人」と、あからさまにVWを引き合いに出したこと。

VWは現在、国内での3万人のリストラや、工場の閉鎖など、数年前までは想像もできなかったような深刻な状況に陥っており、それが一大社会問題に発展しつつある。自動車産業にぶら下がっている雇用の数は、関連産業も含めると半端ではないため、その中で王者の貫禄だったVWの没落となると、これほどドイツ人を不安にするものはなかった。

ところが、この夜のニュースではそこに、「トヨタの生産効率の良さは労働規律の正しさ、多くの下請け、そして、リスクの分散で支えられている」と、VWの傷にさらに塩を塗るようなナレーションまでが覆いかぶさった。

その後、再び画面が変わり、今度は自動車アナリストの中西孝樹氏が登場。「VWの売り上げの8割はヨーロッパと中国だが、トヨタの販売は世界各地に分散しており、中国依存が少ない」「トヨタの哲学は顧客の求める製品を開発し、それを顧客の買える値段で提供すること。たとえEV振興策の只中であっても、その努力は変わることがない」と語った。

そして、それに続いたナレーションが、「トヨタは来年、15種のEVを発売する予定なので、EVブームに乗り遅れる心配もない」と太鼓判を押す。

それどころか、同夜9時45分のもう少し掘り下げたニュース番組では、「トヨタの成功の裏にあるもの」というタイトルで、やはり“トヨタに学ぼう”的な啓蒙が繰り返された。そこには、就業前の工場で、皆がラジオ体操をしているシーンまで飛び出したが、皮肉っている様子は感じられなかった。トヨタが正当に評価されたのだとすれば、良いことではある。

問われるべきドイツメディアの責任

ただ、正直言って私は戸惑った。なぜこんなに掌を返したように褒めるのか? ドイツ人が突然、謙虚になったとは、どうしても思えなかった。特にVWは、腹わたが煮えくり返っているのではないだろうか。しかし、実を言うと、私も違った意味で、この第2テレビの報道の仕方には不満を感じた。

現在、VWが二進も三進も行かなくなっている根本的な原因は、2015年のディーゼル不正事件の後、100%EVに転換するなどという出来もしないことを目標に掲げたからだということは間違いがない。しかし、ドイツ政府はそれ以前より、大々的なEVブームを作り上げようとしており、メルケル首相も、「2020年にはドイツに100万台のEVを走らせる」と豪語していた。

そして、メディアがそれを全面的に支援し、懐疑的な声はほとんど報道しなかった。つまり、国民はあらゆる方向から、EV100%は正道であり、また、実行可能であると啓蒙されることになったのだ。

そんな中、VWが旧東独地域のツヴィッカウ工場を全面的にEV用に作り替えたのが2021年。23年末、ドイツではEVの全登録数が初めて100万を超えた。ところが、その後も順調に売れるはずだったEVは、今、全く売れない。特に、昨年、政府の購入補助が切れた途端に売れなくなった。現在、VWのツヴィッカウ工場の閉鎖は避けられない模様だ。

つまり、VWがトヨタのように「顧客の求める車」を模索せず、政府の補助を当てにし、補助がなくなった途端に売れなくなるような車をせっせと生産し、挙句のはてに苦境に陥っているのは、確かに自業自得かもしれない。

しかし、それを“英断”として持ち上げ、全面的に応援してきたメディアの責任はどうなるのか。今になって、VWの経営方針が杜撰だったとか、経営モラルが破綻していたとか、それどころかトヨタを見習えなどと、どの口が言うのか? 彼らはこれまでの主張はすっかり棚に上げ、冷静な思考の持ち主は自分たちだとでも言うつもりだろうか?

いま日本が注意すべきこと

緑の党が主導してきたグリーン政策は、政府が国民にプレッシャーを掛け、規制や規則でがんじがらめにしたにもかかわらず、現在一つ、また一つと撤回されつつある。このままではグリーン政策どころか、経済自体が潰れてしまうからだ。つまり、計画通り行っていないのはEVだけではない。

たとえばドイツ政府が大々的に宣伝している水素戦略では、ドイツが水素生産のパイオニアになり、脱炭素世界を先導するという夢がまことしやかに掲げられ、多額な研究開発費がつぎ込まれているが、先週、ザクセン=アンハルト州の州知事であるハーゼロフ氏(キリスト教民主同盟)が、「実用は今世紀は無理」と引導を渡した。多くの政治家が、思っていても口に出せなかったことだ。では、来世紀に実現するとして、それまでお金が保つのか?

また、緑の党がエネルギー危機にもかかわらず無理やり止めてしまった原発についても、最近になって再稼働しようという話が出てきた。それどころか、温暖化の原因をCO2だけに絞っている現在の気候政策そのものが、あやふやな論拠もろとも再考される可能性さえ否定できない。

この調子では、2035年にガソリン車やディーゼル車の新規登録を停止するという計画も、暖房の燃料は少なくとも65%が再エネ由来でなくてはならないとする計画も、何らかの理由で修正されるかもしれない。どれも国民の負担が大き過ぎて、経済が崩壊しかねないからだ。そうでなくても、ドイツはすでに不況に突入している。

ただ、追い詰められた時にヨーロッパ勢が考え出すことと言ったら、挽回のための努力ではなく、相手の足を引っ張ることであるのは毎度の話だ。だからEUは、自分たちが不利であると見たEV競争では、進出著しい安くて機能的な中国製EVに、本国からの違法の補助を受けているという理由で制裁の関税を掛けるつもりだ。

つまり、トヨタのハイブリッドも快調に売れ続ければ、ある日突然、“不正発見!”というような話が降って湧き、手ひどくバッシングされる可能性が十分にあると、私は思っている。

そうなった時には、トヨタを褒めてくれた第2テレビも、モラルの拳を振り上げながらトヨタに突進してくるだろう。日本人よ、要注意である。

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