中国人を狙ったテロで死者が…広がる反”一帯一路”の声 海外邦人に対するリスク
パキスタン南部カラチにある国際空港付近で10月6日、中国人たちが乗車する車列に対する爆破テロが発生し、中国人2人を含む3人が死亡、10人以上が負傷した。
実行したのはパキスタン南西部バルチスタン州の分離独立を主張する反政府武装組織「バルチスタン解放軍」で、事件後、バルチスタン解放軍は中国人を狙ったとする犯行声明を出した。
「一帯一路」への反発
中国の習政権は巨大経済圏構想「一帯一路」を進めるにあたり、パキスタンを戦略的同盟国に位置付け、長年多額の経済支援を行い、高速道路や湾岸施設などインフラ整備で協力を深めてきた。
しかし、バルチスタン州には鉄鉱石や石炭、天然ガスなど資源が豊富であるにもかかわらず、失業率や貧困率がパキスタンでも最悪のレベルで、その恩恵が現地のバルチ人に還元されないという不満がバルチスタン解放軍にはある。
カラチでは2022年4月にも、大学校内にある孔子学院という中国政府が運営する施設付近で自爆テロが発生し、中国人3人を含む4人が死亡し、バルチスタン解放軍は犯行声明を出し、中国人が搾取と占領を続ければ今後も中国人を標的とした攻撃を続けると警告した。
また、2018年11月には在カラチ中国領事館に対するテロ攻撃があり、銃撃戦の末に警察官2人を含む4人が死亡し、この事件でもバルチスタン解放軍は同様の声明を出している。バルチスタン解放軍は他の地域でも中国権益を狙ったテロを繰り返しており、中国政府はパキスタン政府に対して中国人の安全を徹底するよう強く求め続けている。
しかし、中国が一帯一路プロジェクトを対外的に進める中、それによって親中国的な姿勢に徹する国々が増えているのは事実であるが、それに対する反発も聞こえてくる。
一帯一路が失速するとの研究結果が
例えば、アフリカのザンビアでは2020年6月、首都ルサカ郊外にあるマケニ市で中国企業の中国人幹部3人が現地の従業員2人に殺害されるという悲惨な事件があった。この事件の背景には、同中国企業で働く地元住民たちが中国人幹部から不当な雇用条件を強要されるなどの不満があったとされるが、現地では中国企業の不当な雇用や扱いに対して不満の声が広がっており、地元の行政機関なども中国人のみの雇用を止めるべきだと指摘した。
このような中、2021年9月、米ウィリアム・アンド・メアリー大学のエイドデータ研究所が発表した統計によると、これまで中国が実施してきた一帯一路プロジェクトのうち、全体の35%で労働違反や汚職、環境汚染などの問題が発生し、マレーシアで115億8000万ドル、カザフスタンで15億ドル、ボリビアで10億ドルものプロジェクトが中止に追い込まれ、今後一帯一路は失速すると指摘した。
パキスタンやザンビアだけでなく、グローバルサウス諸国では反”一帯一路”の声が今後も続くことだろう。グローバルサウス諸国では今後人口が急激に増加するが、それに見合うペースで安定した雇用が創出されるかは未知数であり、中国が一帯一路を進めていく中で地元民の不満が蓄積し、中国権益(中国人)に対する抗議デモや犯罪、最悪の場合はバルチスタン解放軍のようなテロという形で不満が示されることだろう。
日本人が中国人と間違われテロの標的に…
そして、海外邦人の安全の観点から、我々はその動向を注視していく必要がある。カラチでは今年4月、日本人駐在員5人が乗った車に対する自爆攻撃が発生し、日本人1人が負傷する事件が発生したが、この事件では犯行声明は出ていない。
しかし、上述の通り、パキスタン国内では中国人を狙ったテロが断続的に発生しており、この事件も当初は中国人を標的にしていたのではないかと筆者は考える。事件が報道されると日本人だったということで、もしかするとバルチスタン解放軍は犯行声明の発表を控えた可能性もあろう。テロという形で不満を示すのは決して許されないが、バルチスタン解放軍はアルカイダやイスラム国などのジハード組織とは異なり世俗的な武装勢力であり、標的を冷静に判断し、決して日本に強い敵意を抱いているわけではないだろう。
しかし、海外邦人の安全の観点から、パキスタンを含めグローバルサウス諸国の人々が中国人と日本人を明確に区別できるかと言えば、その可能性は基本的には低いだろう。4月の事件もそれによって日本人が乗る車列が標的となった可能性もあり、反一帯一路の声が広がる中、海外邦人が誤って中国人と判断されるリスクというものを注視していく必要があろう。日本企業の間でもグローバルサウスへの関心が広がっているが、駐在員の安全という観点から反一帯一路の動向を注視していくべきだろう。
【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】