「空中テラス」「絶景ブランコ」…逆転の発想で客を呼ぶ!新時代リゾート:読んで分かる「カンブリア宮殿」

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夏に稼ぐスキー場〜大絶景「空中テラス」&山頂カフェ



東京から車で4時間、長野・白馬村。北アルプスを望む一帯は「白馬バレー」とも呼ばれ、10カ所ものスキー場がひしめくウインタースポーツの名所だ。長野オリンピック(1998年)の舞台にもなり、日の丸飛行隊のドラマチックな逆転金メダルが生まれた。

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村にあるスキー場の一つ「白馬岩岳スノーフィールド」。夏場の午前8時、東京などから続々と車がやってきて、あっという間に駐車場は満杯になった。

ゴンドラに乗り込んで、山頂までは8分ほど。ある建物の前に行列ができていて、その先には、並んででも見たい大絶景が待っている。標高1289メートルから北アルプスを間近に望む空中テラス。ここは冬だけでなくオールシーズン楽しめる「山のリゾート」なのだ。

客を喜ばせる仕掛けがあちこちにある。通称「タイタニック」は、テラスから船のへさきのように突き出したフォトスポット。


絶景に溶け込んだようなSNS映えする写真が撮れると、特に若者に人気だ。10月半ばからは、山頂の雪と中腹の紅葉、麓の緑の「三段紅葉」という絶景が楽しめる。

景色だけではない。ニューヨーク生まれの人気カフェ「シティベーカリー」も併設。自然と都会のトレンドの組み合わせも客を惹きつける仕掛けの一つだ。

岩岳の売り上げは、冬よりも雪のない春から秋のほうが多い。来場者数を見ても、冬期(12〜3月)の約12万人に対し、それ以外の季節は22万人を超えている。

日本のスキー・スノボ人口は、最盛期に比べて4分の1にまで減少。加えて岩岳は周りに比べて雪が少なく、シーズンはせいぜい3カ月だ。

雪のない時期に客を呼ばないと生き残れない。そんな危機感から、冬以外に稼ぐスキー場へと変身したのだ。

窮地のスキー場をV字回復させた立役者、ズクトチエ共同代表・和田寛(48)は、農林水産省の元キャリア官僚だ。

「あの場所(『タイタニック』)があったか、なかったかで、それこそSNSの拡散のスピード感とかは全然違ったと思います。『写真撮りたい』『誰かに伝えたい』と思う中身、コンテンツがあるかどうか」(和田)

冬以外に稼ぐスキー場の秘密〜隠れた資産をオンリーワンに



〇冬以外に稼ぐスキー場の秘密1〜「眠れる宝」をオンリーワンに

「アルプスの少女ハイジ」のテーマに乗せて白馬連峰の絶景に飛び出すブランコ「ヤッホー!スウィング」。


2020年に登場すると、瞬く間にSNSでバズり、最長5時間待ちを記録したことも。安全ベルトを装着し、スタッフも付いて楽しむ。料金は約2 分で500円。有料にしたのも戦略の一つだ。

「ある程度収入があることで、きちんとしたメンテナンスもできるし、ここで得た収益をまた次の施設に投資をできるようにもなる」(和田)

稼いだお金をもとに作ったのが、高さ10メートルから吊るされ、より爽快感を味わえる巨大絶景ブランコ「白馬ジャイアントスウィング」(1000円)。リピーターを増やすには、新しいものを作って常に変化することが必要だという。

ちなみに2023年、ブランコには4万人以上が乗り、売り上げは2000万円を超えた。

一方、ゲレンデをさっそうと駆けているのは「マウンテンバイク」。夏場は使い道のなかったゲレンデを生かしてスリル満点のコースを作り上げた。日本で初めて導入された「マウンテンカート」も楽しめる。


〇冬以外に稼ぐスキー場の秘密2〜タイプいろいろ泊まりたくなる宿

和田の会社は魅力ある宿づくりも行っている。

岩岳エリアの宿泊施設が集まる新田地区。その一角にある「旅籠丸八スクエアエイト」は明るくオシャレな雰囲気だ。以前は地元の人が営む民宿だった。

スキーが盛んな頃に、宿が次々にできたが、近年はオーナーの高齢化もあって畳んでしまうところも出ている。そこで和田は思い切ったリノベーションを行い、再生を図っている。これまでに4軒の民宿を改装。ブランドなどを一本化し、統一感のあるイメージを作りあげた。


運営も和田たちが請け負う。オーナーから宿を借り受け、改装と運営を行い、毎月一定額の賃料を支払う仕組みだ。これでオーナーも安定した収入が得られる。

客のニーズに合わせ、部屋のタイプもさまざま。若者向けのリーズナブルな「ダブル・ツインルーム」(1泊1部屋1万6000円〜)から、グループやファミリー向けにキッチンや洗濯機などもついて長期間の滞在にも対応した「キッチンスイート」(同4万円〜)まで。


ペット連れも大歓迎だ。もともとは民宿の大広間だった場所を広さ150平米のラグジュアリーな空間へと変貌させた「キッチンプレミアムスイート」(同8万円〜)もある。

宿ではあえて夕食を提供せず、古民家を改装した食事処「庄屋丸八ダイニング」も作った。海のない長野県が独自に作り出したブランド魚「信州サーモン」の刺身や、馬刺しに蕎麦、白馬のご当地豚など、専属の料理人こだわりの逸品を、自由に選んで楽しめる。


〇冬以外に稼ぐスキー場の秘密3〜エリア全体を魅力アップ

和田が白馬にやってきたのは2014年。もともと岩岳だけを管理する会社にいたが、白馬全体を活性化したいと独立。かつての同僚と2022年、ズクトチエを創業し、コンサル事業などを行っている。目指すのは、白馬エリア全体の隠れた資産の掘り起こしだ。

和田が惚れ込んだのは、岩岳から車で20分ほどの大町市・青木湖。


長野屈指の水の透明度と四季の移ろいを楽しめるが、県外の人にはあまり知られていないという。ここで仕掛けるのがブームのサウナ(1人3500円/2時間、予約制)だ。

サウナを作ったのは湖のそば。ライフジャケットを着けて、そのまま湖にダイブできる。10月上旬のスタートをめざす。

そのすぐ横のカフェレストラン「ao LAKESIDE CAFE」は7月、サウナに先駆けてオープン。東京の人気レストラン「T.Y.HARBOR」などを手掛ける会社に監修を依頼した。

「ここもちょっとしたレストラン、カフェを足すだけで、急にリゾートのようになり、お客さんが押し寄せてくれる。どこでもできるというわけではなく、隠れた資産の量が多いからこういうことができると思うんです」(和田)

ライバルは「ディズニー」「USJ」〜白馬に「一戸建て」で覚悟を示す



営業を終えた岩岳の山頂に和田がやってきた。待っていたのは以前の会社の同僚たち。「夏に稼ぐスキー場」を作り上げた主要メンバーだ。2016年、彼らはここで作戦会議をした。会社に大きな危機が迫っていたからだ。

「2015年、2016年の冬のシーズンは壊滅的に雪がなくて、2年連続で大きな赤字になって、スキー場として続ける必要があるのかを問いかけられている時期でした」(和田)

このピンチに、和田はメンバーに「ライバルはどこだ?」と問いかけた。

「白馬の中でも一番人気のないスキー場でしたので、八方とか栂池とか『隣には勝ちたい』という世界でした」(当時の同僚・山崎健司さん)

だが和田は「ライバルはディズニーやUSJじゃないのか?」と言ってメンバーを驚かせた。

「想像もつかなかったです。そこまで持っていけるのか。休みの日に『ディズニーランドに行こうか岩岳に行こうか』という選択肢になるということだから」(同・宮嶋浩司さん)

「ここをなんとかしなければと、当時は目の前ばかりを見ていたけど、今はスキー客だけでなく、『旅』というテーマで、年間いつでも来てもいいんだというスタンスを共有できて、みんなでそこを目指しています」(山崎さん)

和田は2000年、東京大学法学部を卒業後、農林水産省に入省。地方の一次産業を活性化したいと意気込んだものの、日々の仕事は国会答弁の資料づくりなど、やりたいこととはかけ離れていた。2008年、外資のコンサル会社「ベイン・アンド・カンパニー」に入社。スキーが趣味の和田が白馬に通うようになったのは、この頃だ。

レジャーの多様化が進み、活気を失いつつあった白馬のために働きたいと、2014年に移住。骨をうずめる覚悟で、2017年には一戸建てを新築した。家族を東京に残し、単身赴任。自分の経験やスキルが活かせるはずだと、人生を賭けて取り組んできた。

「白馬でうまくいかなかったら、たぶん全国どこでもうまくいかないんじゃないかと思うぐらい、ポテンシャルがあるところだと思うんです。そこで挑戦をしたいなと」(和田)

よそ者の和田の心強い味方が、地元で生まれ育ったズクトチエ共同代表の太田悟だった。民宿を借り上げて宿にする事業を実現させた立役者でもある。太田がいたからこそ、この話に乗ったと、「旅籠丸八」のオーナーだった吉沢篤さんは言う。

「地元の人間が声をかけてきたから、やむなく返事をした。よそ者が来て声をかけても『ちょっと考える』となる。(太田が)地元でずっと生まれ育って、強引さもあったけどね」(吉沢さん)

最初は警戒心があったものの、幼い頃から知る太田が信頼する人なら……と、話に乗ることにしたという。

「部屋を利用している人が多いらしいから、評判がいいんだと思います」(吉沢さん)

「吉沢さんからずっと『悟、頼むな』と言われているので、裏切れないです」(太田)

大型ホテルの再建に挑む〜「空飛ぶレストラン」が登場



白馬・岩岳から車で15分ほどのところにある小谷村。かつてはこの村もスキー客でにぎわったが、観光客が減り、過疎化も進む一方だ。

その村で和田は今、ある施設の再建に取り組んでいる。1973年開業の「白馬アルプスホテル」。背後にある「白馬乗鞍温泉スキー場」も運営する大型ホテルだ。


210室の客室があるが、夏場の稼働率は30%程度。運営元が和田の実績を聞きつけ、テコ入れを依頼してきた。

「『楽天トラベル』の口コミが一時2点台まで落ちていて、点数が低いところは選ばないですよね」(和田)

ホテルは以前、主流だった経営スタイルをいまに引きずっていた。めっきり減った団体客頼みの経営から抜け出せていないのだ。

「課題の一つは団体客が中心のホテルを、どうやって個人のお客さんに来てもらいやすくしていくか」(和田)

とはいえ資金が乏しいため、大掛かりな改装は難しい。そこで、知恵と工夫で個人客に刺さる体験づくりに汗を流している。この日はスタッフ総出でDIYをして、飲み放題のラウンジの屋外スペースを改装していた。

一方、スタッフが朝食を手に向かった先はリフト乗り場。リフトに乗って朝食を楽しむ「Breakfast in the sky」(11月30日までの土・日・月曜日に運行)だ。


リフトのスピードを通常の半分程度に抑え、20分ほどの朝食タイム。宿泊者なら1人2000円で楽しめる。(※宿泊者以外は4200円)

山好きの客をターゲットに始めた「ご来光ツアー」はコーヒー付きで2000円。ゲレンデではファミリー向けに「羊とのふれあい体験」も。こうした体験企画を次々と考え出し、個人客を獲得していこうと努力している。

立て直しを依頼した「白馬アルプスホテル」社長・鷲澤汪さんは和田の手腕を「自分のところだけ良くしようという考えではないんです、あの人は。白馬から小谷村のスキー場一帯を世界へ売り出そうと。そういう発想が私を惹きつけたんです」と、高く評価している。

9月上旬、「白馬アルプスホテル」の冬場の新しい集客プランを形にしようと、和田が動いていた。ヘリコプターで向かったのはホテルから2分ほどの山中。スキー場としての整備が一切されていない場所だ。

計画していたのは「ヘリスキー」。ポイントまでヘリで移動し、手付かずの大自然の中をスキーで滑る。起伏に富んだダイナミックな斜面を滑降できるのが大きな魅力だ。

安全面に配慮してガイドをつけることにした。白馬に客を呼ぶ新たな目玉にできるか。

「隠れた資産を、自分たちでどうにかするのではなくて、外の人の力も借りながら、最終的に白馬エリア全体が『オールシーズン・マウンテンリゾート』になる一助になればいい。それぞれの『点』がつながって『面』としてリゾートが形成されればいいと思います」(和田)

※価格は放送時の金額です。

〜村上龍の編集後記〜
外国語のような会社名だが、日本語だ。「ズク」は「ガッツ」を表す名詞。根性なしのことを「ズクナシ」と言うらしい。それに「チエ(知恵)」が加わった。長野一帯で通用する方言だ。和田さんは、東京出身で開成中学・高校から東大法学部、農林水産省、米デューク大で経営学修士(MBA)を取得、大学時代はアメフトで卒業に5年を必要とした。中高生時代は1シーズンに数回家族でスキーに行った。人生に積極的な人だ。顔つきも肯定感に満ちあふれている。仲間と共に、岩岳をスイスのような山岳リゾートにしようとしている。

<出演者略歴>
和田寛(わだ・ゆたか)1976年、東京都生まれ。2000年、東京大学法学部卒業後、農林水産省に入省。2008年、ベイン・アンド・カンパニー入社。2014年、日本スキー場開発に入社。白馬観光開発に出向、後に社長就任。2022年、ズクトチエ創業。

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