「エイプリルスター feat. 重音テトSV」サムネイル

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 その起源をニッチなネットカルチャーとしながらも、今やお茶の間にまで浸透しつつあるVOCALOIDシーン。だが、一般的に“ボカロジャンル”と呼ばれる類の音楽が、必ずしも初音ミクを筆頭とした音声合成ソフト・VOCALOIDで作られた曲だけではないことも、現在は徐々に広まりつつある。

(関連:“ボカロ”シーンはVOCALOIDだけじゃない 重音テト、小春六花、弦巻マキ、可不(KAFU)ら人気で賑わう音声合成ソフトの世界

 今なおボカロ曲と呼ばれる音楽の多くは、初音ミクに代表される音声合成ソフト・VOCALOIDを用いた楽曲だ。しかし一方で、ジャンル再興を大きく後押しした人工歌唱ソフトウェア 音楽的同位体・可不(KAFU)をはじめとした歌声合成ソフトウェア・Synthesizer Vや、いわば無料版VOCALOIDとして長年根強い人気を誇る歌声合成ツール・UTAUなど、VOCALOIDのみに限定しない多彩な音声合成ソフトを用いた楽曲も、昨今のシーンには急速な勢いで増加している。

 その中でも先述の可不や、昨年ボカロP・ゆこぴによる「強風オールバック」のバズを起点にCMデビュー(日清「カップヌードル シーフードヌードル」)を果たした歌愛ユキといった新たなソフトが、大勢から支持を集め台頭する現象も近年は時折散見される。そんなシーンの注目株として、今最も注目を集める存在ーーそれが誕生から今年で16年目を迎えた重音テトである。

 テン(10)とトオ(10)の語呂合わせで10月10日を「重音テトの日」とし、今なお多くの話題を集める彼女。だが長年シーンに触れてきた人々なら周知の通り、その出生は他の合成音声ソフトたちとはやや異なる特殊な経緯となっている。

 初音ミクの登場で、一躍大きな盛り上がりを見せた2007~2008年のボカロシーン。そこに親しむ人々を騙すエイプリルフールのネタとして、匿名掲示板サイト・2ちゃんねる(現5ちゃんねる)で「架空のVOCALOID」として生まれたのがそもそもの始まりだ。誕生日や年齢などの各種設定もわずか48時間で大部分がランダムに決められ、当初は一過性のネタとして終わるはずだった重音テト。だがその2日後には有志の手により音声合成ソフトとしての顕現プロジェクトが始動し、さらに4月6日には、実際に彼女をUTAUとして活用した楽曲がニコニコ動画へ投稿されている。その驚異的なスピード感に、当時のボカロカルチャーがどれだけの速度で発展していたか、その片鱗をも垣間見ることができるのではないだろうか。

 その後、初音ミクらVOCALOIDの発展とともに、音声合成ソフトとして近しい性質を持つUTAUの認知もじわじわと拡大。その筆頭として、重音テトは少しずつ大衆に知られる存在となっていく。当時シーンを席巻した悪ノP「悪ノ娘」を原曲とし、彼女の数奇な出生の逸話を描いた「嘘の歌姫」、ニコニコ動画内でのネットミーム化も爆発的な人気へと繋がった「おちゃめ機能」、現在は和楽器バンドでも活躍するボカロP・亜沙と重音テトの声を担当している小山乃舞世の合作「吉原ラメント」など数多くの名曲も生まれ、架空の存在だったはずの彼女はいつしか立派なシーンの一員として、広く愛されるキャラクターとなっていった。

 そんな誕生から今年で16周年を迎えた重音テト。だが、いわゆる音声合成ソフトの中ではかなりの古株であるにもかかわらず、昨今の注目度の高まりはまさに目を見張る勢いと言える。

 急上昇するその人気の理由は大きく3つ。まず1つは昨年4月に実現した、Synthesizer V(以下、SV)版の登場だ。UTAU版と同様、小山乃の声をベースとして新たに作られた重音テトSV。可愛らしい溌溂さの中に少年みを帯びた独特な響きの声も、元来彼女が長年支持を得る理由のひとつでもある。SVの新装リリースによって、声の魅力はそのままに音声合成ソフトの欠点かつ特徴でもあった機械的な発話を克服。彼女はより人間に近い歌唱力を獲得することとなった。

 近年、特にこのSVの技術発達は目覚ましく、一聴しただけでは人間の肉声と遜色ないレベルの歌唱を作ることも今や不可能ではない。実際、直近のボカロシーンを支える作り手の中には、機械的な発話への違和感からVOCALOIDではなくSVを主戦力として用いる人々も大勢いる。初音ミク一強だった時代から、シーンは今まさに変化の兆しを見せ始めているのだ。

 彼女の台頭の2つ目の理由は、そういったSV版を含む大勢の“重音テト使い”が現在のシーンを牽引している状況下にあるだろう。その筆頭が、メガヒットを飛ばした「人マニア」や、その後に続く「ホントノ」「ミニ偏」「イガク」などボカロPデビュー時から大半の楽曲でUTAU版の重音テトを愛用する原口沙輔である。

 また、昨年から今年にかけてバズを巻き起こした楽曲群も、実はその大半に重音テトが用いられているのだ。各種ランキングトップを独占する「人マニア」の勢いを追い越した吉田夜世の「オーバーライド」、誰も傷つけないハッピーサイクルなネットミームで各SNSを席巻したンバヂの「好きな惣菜発表ドラゴン」。そして、最新作「㋰責任集合体」が注目を集め、処女作「ライアーダンサー」を凌ぐヒットを記録する期待の新人・マサラダも、デビューから一貫して重音テトSVを相棒とするボカロPの一人だ。さらに大漠波新の「のだ」やサツキの「メズマライザー」ほか、複数ソフトが用いられるバズ曲にも重音テトが頻繁に登場。そんな状況から、今やシーンの最旬トレンドには彼女が欠かせない存在であると感じる人も多いに違いない。

 3つ目の人気の理由は、先述の声と同様に長年大勢に愛される、重音テトのキャラクターとしての魅力そのものにある。彼女の知名度拡大へと貢献した最初の楽曲「嘘の歌姫」にも描かれるように、歌声を持たない歌姫、あるいは初音ミクの偽物として本来生まれた彼女。そんな悲劇性やアイロニックな性質から、ある種シーンの王道として愛される初音ミクのカウンター的立ち位置に、そのキャラクターを据える人もおそらく大勢いるはずだ。

 言葉を選ばず言えば、これまでVOCALOID・初音ミクの劣化版に位置付けられることもままあったUTAU・重音テト。そんな彼女が時代潮流の中、VOCALOIDより性能面で勝る点も多い“SV”として生まれ変わった点も、その運命の数奇さ、皮肉さにより拍車をかけているように感じられる。

 “初音ミクのカウンターキャラ”として、その唯一無二な物語性に魅入られる人々は今も昔も絶えず存在する。そしてきっとこれからも、彼女はまだまだ多くのリスナーを虜にしながら、シーン興隆の一翼を大いに担ってくれることだろう。

(文=曽我美なつめ)