9月27日の記者会見で、頭を下げる橋本康彦社長(写真右)。「度重なるコンプライアンス違反について皆様にご心配、ご迷惑をおかけいたしておりますことを大変申し訳なく、心からお詫び申し上げます」と陳謝した(撮影:尾形文繁)

「正直、裏金がこの時代にまだ存在し、それが弊社で行われていたことは大変ショックだった。トップとして大変反省すべきだと考えている」

相次ぐ不祥事が明らかになった重工大手の川崎重工業が9月27日、記者会見を開いた。冒頭のセリフは、7月に発覚した防衛事業の裏金問題に対する橋本康彦社長の“認識”だ。

川崎重工では取引先との架空取引によって十数億円規模の「裏金」を捻出し、海上自衛隊の潜水艦搭乗員に金品や飲食代を供与していた。この問題は税務調査をきっかけに発覚しており、内部通報など自浄作用が働かなかった(「川崎重工『裏金』で海自隊員へ金品供与の悪習」)。

8月には舶用エンジンの燃費性能のデータ改ざん問題も判明している。NOx(窒素酸化物)規制対象のエンジン674台のうち実に673台において燃費率データの改ざんがあった。「調査中で正確に把握できていない」(西村元彦専務)と明言を避けるが、今回の調査対象期間である2000年以前からデータの改ざんが行われていた可能性もある。

「連日のようにニュースで取り上げられ、取引先への釈明に追われた。社内はかなり動揺している」。同社の中堅社員はそう肩を落とす。

過去の一斉調査でも把握できず

川崎重工にとって不正や不祥事は今回が初めてではない。

2017年にはN700系新幹線(のぞみ)の製造不備により、台車枠に亀裂が生じ走行中ののぞみが緊急停止する重要インシデントが起きている。「製造不備」と称しているが、製造現場で顧客の基準を逸脱した行為が行われていた。

2022年には完全子会社の川重冷熱工業で、空調システム向け冷凍機の製品検査工程で38年にわたり不正が行われていたことが発覚。この時、社長直下の全社コンプライアンス委員会がグループ全体で品質不正事案がないか一斉調査を実施している。

この8月に明らかになった舶用エンジンの不正について、当時から担当者が不正を認識していたにもかかわらず、一斉調査で把握できなかった。同委員会で委員長を務めていたのは橋本社長だった。


重工大手は防衛予算増の追い風を受ける。川崎重工も足元の業績は好調だ(撮影:尾形文繁)

今回公表した「舶用エンジンにおける検査不正についての調査報告書(中間報告)」では、「コンプライアンス違反の認識があっても言いだせない組織風土や、カンパニー(事業部)の機能不全、品質よりも納期や利益を優先してしまう意識」など、主に現場に問題があったことが不正の原因と分析している。

前出の社員は「重大事件が起きても問題を表に出さない事業部ごとの風通しの悪さは実際にある」と認める。一方で「現場だけでなく、経営陣や本社部門にどこまで危機意識や説明姿勢があるのかも疑問だ」と指摘する。

実際、個々の不正や不祥事は現場の問題であったにしろ、それが頻発する中で経営としての危機意識は伝わってこない。

経営トップの説明対応が遅すぎる

防衛事業の裏金問題については、7月3日に「第201期 有価証券報告書に記載の税務調査における指摘事項について」と題する紙1枚のプレスリリースを公表したのみで、本文を読まなければその内容はわからない。8月6日に決算会見があったが、山本克也副社長が橋本社長からのメッセージを代読する形で謝罪したのみだ。

舶用エンジンのデータ改ざんを公表したのは8月21日。それから1カ月以上、公の場での説明も謝罪もないまま。中間調査報告書を国交省に提出した9月27日、ようやく開いた記者会見で橋本社長自身が防衛事業の裏金事件と舶用エンジン不正の謝罪と説明を行った。同業の幹部からも「さすがに説明対応が遅かったのではないか」との声が上がる。

もっとも、不正は他社でも起きている。舶用エンジンの燃費データ改ざんは、今年4月にIHIの子会社で、7月には日立造船の子会社2社でも発覚している。IHIは過去にも航空機エンジン整備不正があった。自動車、電機、素材などあらゆる業界で何らかの不正が判明している。

だから仕方がない――ということはない。

川崎重工の足元の業績は好調だ。

重工大手は円安や防衛予算増などの追い風を受けている。2025年3月期の業績予想は、各社が重視する事業利益ベース(IHIは営業利益)で見ると、三菱重工業が3500億円、川崎重工が1300億円、IHIが1100億円といずれも過去最高益を見込む。

今年5月9日の2024年3月期決算の説明会では、橋本社長は「まだまだ成長がスタートした段階。決して浮かれずに成長につなげていく」と意気揚々と語っていた。決算発表を挟んで川崎重工の株価は14%も上昇した。

しかし、防衛事業の裏金問題発覚後は株価が下落。8月に発表した第1四半期(2024年4〜6月期)の事業利益が169億円と、通期の1300億円計画の進捗率が低かったことを契機に、時価総額でIHIに逆転された。


業界では三菱重工、川崎重工、IHIという序列だったが、時価総額では川崎重工が3位に転落してしまった。株価の割高・割安感を示すPBR(株価純資産倍率)は1.58倍。1倍達成に苦戦する企業が多いことを考えれば高い評価を得られているが、三菱重工の3.2倍、IHIの2.89倍と比べると大きく見劣りする。

信頼低下やさらなる不正発覚が懸念

2つの不祥事が業績に与える直接的な影響は大きくない。防衛事業の裏金問題では税務調査で指摘された税金費用はわずか6億円で、2024年3月期決算に計上済み。現時点で「受注が止まったという報告は受けていない」(橋本社長)。舶用エンジン事業は証書の交付が停止され出荷が止まったものの、事業規模が小さいため全体業績への影響は軽微とみられる。

それでも株価が振るわないのは、度重なる不正により市場からの信頼低下があるのだろう。川崎重工は、「全事業を対象に社内調査をする」と表明しており、さらなる不正事案が出てくるリスクが意識されているのかもしれない。

川崎重工はコンプライアンス特別推進委員会を設置し、2つの不祥事に関する原因究明と再発防止策の策定を進める。11月1日付で、防衛事業管理本部を社長直轄組織として新設し、防衛事業全体の情報の一元管理やガバナンス体制構築を進める。

川崎重工が信頼を回復するためには、今度こそ早期にすべての膿を出し切り、出直しを図る必要がある。

(秦 卓弥 : 東洋経済 記者)