刑務所の元トップが語る塀の中のリアル 「無期懲役囚でも特別扱いしない」 共犯者の死刑執行では緊張感も
2年前、2度の無期懲役判決を受けながら64年ぶりに社会に戻ってきた殺人犯がいた。彼が最後に過ごしたのが長期の受刑者を多く収容する熊本刑務所。その元トップに刑務所側から見た無期懲役のリアルを聞いた。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●「死刑になってもしょうがない」投げやりだった男の契機
2022年6月、無期懲役囚の稲村季夫(いなむら・すえお)さん(91)が熊本刑務所から仮釈放された。服役期間は国内最長級の64年。職員よりも刑務所を知る男といえる。
稲村さんは1958年と1959年にそれぞれ殺人を犯し、無期懲役の判決を2度下された。服役中も刑務官らへの傷害事件を起こして何度か実刑判決を受けている。
処遇困難者として全国の刑務所に送られた。千葉刑務所から始まり、北海道の網走刑務所、大阪刑務所、広島刑務所、そして流れ着いたのが熊本刑務所だった。
「死刑になってもしょうがない」と投げやりな受刑生活を送っていたが、熊本刑務所でのある刑務官との出会いが転機となって態度を改め、結果的に仮釈放を許された。
●職員の間では「本人には出る気がある」と噂
そんな稲村さんを知る人物がいる。宮崎刑務所や京都刑務所で所長を務めた山本孝志さん(68)だ。
山本さんは熊本刑務所での勤務経験が何度かあり、1995年ごろに警備隊長として現場で受刑者に対応していた時、稲村さんが体を鍛えていたのを覚えている。所長として熊本刑務所に戻ってきてからは稲村さんを直接見ることはなかった。
稲村さん本人は弁護士ドットコムニュースの取材に「無期なのでどうせ出られないと思っていました」と語ったが、山本さんによると、熊本刑務所の職員の間では「本人には出る気がある」という噂があったという。
●刑務官の視点「無期囚でも特別扱いしない」
期限の定めがない無期懲役という刑罰について、現場の刑務官たちはどう向き合っているのだろうか。
山本さんは「無期を特別扱いすると刑務所が乱れるので、普通の受刑者と同じように扱う」と話す。
ただ刑務所では、社会に戻れるかすらも分からない無期懲役囚に安定した生活を送らせながら罪に向き合わせる必要があり、「やりがいのある仕事を与えることが大切。刑務所の職員の人間力に頼ることになる」と説明する。
10年以上の長期刑の受刑者は問題を起こすと仮釈放が遠のくため、数年で出所できる短期刑の受刑者よりも慎重に行動する人が多いという。
山本さんは「刑務官は犯罪をして刑務所に入ってきた人たちを適法な方法で抑えなければならない。相当な経験が必要です」と話す。
●緊張感に包まれる「無期懲役囚の共犯者」の死刑執行
山本さんによると、無期囚の中には共犯者が死刑判決を受けた者も珍しくなく、刑務所のテレビで共犯者の死刑が執行されたというニュースが流れると、受刑者たちが食事を取る食堂の雰囲気が変わるという。
死刑事件に関わった無期懲役囚は一生仮釈放されることはないだろうという暗黙の了解が塀の中にはあり、周りの受刑者たちがその無期囚の心情を読み取って緊張感に包まれるためだ。
共犯者の死刑執行を知った無期懲役囚が絶望して自殺したり暴れ始めたりしないように、刑務官らはいつもより注意深く本人の様子を観察して対応にあたるという。
●終身刑は刑務所運営が困難になるとの声も
凶悪事件で命を奪われた被害者の遺族は多くの場合、加害者に極刑を望む。
ただ、日本で死刑の次に重い刑は無期懲役刑であり、死刑を免れた無期懲役囚には再び社会に戻ってこられる仮釈放の可能性があるため、被害者や遺族の間には仮釈放のない終身刑を求める声もある。
これについて、刑務所の中で働いたことがある複数の元刑務官たちに話を聞くと、受刑者によっては一生刑務所から出さないようにした方がよいという意見がある一方、仮釈放の可能性が全くなくなれば受刑者が自暴自棄になって刑務所の運営が困難になるため難色を示す人もいた。