スムージーが一杯3000円!? ウェルネスの高級化があぶり出すセルフケアの課題/第11回 やさしい生活革命――セルフケア・セルフラブの始め方
「カルチャー×アイデンティティ×社会」をテーマに執筆し、デビュー作『世界と私のA to Z』が増刷を重ね、新刊『#Z世代的価値観』も好調の、カリフォルニア出身&在住ライター・竹田ダニエルさんの新連載がついにOHTABOOKSTANDに登場。いま米国のZ世代が過酷な現代社会を生き抜く「抵抗運動」として注目され、日本にも広がりつつある新しい価値観「セルフケア・セルフラブ」について語ります。本当に「自分を愛する」とはいったいどういうことなのでしょうか?
第11回は、食と健康。セルフケアの概念の広がりの一方、ウェルネスの過剰な高級化・商業化が進むアメリカの実態とは。
セルフケアの重要性が人口に膾炙したことによって、社会にはたくさんのポジティブな変化が起きた。メンタルヘルスの大切さ、身体的な健康の個人差や繊細さなどに対する理解も、特に新型コロナウィルスのロックダウン以降、格段に広まった。しかし同時に、セルフケアやウェルネスが一種の「トレンド」として社会に受け入れられ、注目を集めるようになったことによって、必然的に資本主義的なシステムの中にどんどん吸い込まれていってしまった。
「ウェルネス」と聞くと、どのようなものが思い浮かぶだろうか? 日本だったらフェムテック商品、ヨガやピラティスなど、いわゆる「おしゃれな人が使っている・通っているもの」のようなイメージを抱くかもしれない。アメリカでは、グウィネス・パルトロウやベラ・ハディドなどの細身のセレブやインフルエンサーたちが「クリーンで健康的なライフスタイル」のために続けているエクササイズや食生活、その中でも特段、サプリや「身体の炎症を抑える」役割を果たすルーティンが注目されがちだ。
セルフケアの一つの要素として、「食」は重要な役割を果たす。人間の生活の質が食生活に大きく左右されることは、当然誰もがわかっていることだ。それにもかかわらず、我々は日々の生活の中で食を蔑ろにしがちではないだろうか。口にする食べ物がどんなものか、というだけではなく、誰とどこでどのように食事をするのか、どのような頻度やタイミングで、どのような環境で食べるのかなども、メンタルヘルスや健康に影響してくる。食は精神や身体に大きな影響を与えるのに、自分の体にはどんな食事が相性が良いのか、ベストのコンディションを保つにはどのような食事が必要なのか、アスリートやモデルでなければ、意外と意識する機会がない。
イチゴが1パック4000円、スムージーが1杯3000円!?
最近のウェルネストレンドと食のトレンドの結びつきによって、食にまつわるセルフケアがどんどん商業化・商品化され、高コストになってしまっている。例えば、ロサンゼルスのモデルやインフルエンサー、セレブたちがこぞって通う高級スーパー「Erewhon」は、SNSの影響もあり、「ウェルネスの聖地」のような立ち位置になっている。オーガニック、グルテンフリー、抗炎症などがキーワードとなっている商品を取り揃えており、イチゴが1パック約4000円、ケンダル・ジェンナーやサブリナ・カーペンター等のセレブとコラボしたスムージーが1杯3000円以上することで知られる。店内は一般的なスーパーと比べて色とりどりの、絵に描いたような商品が並び「映え」るような美しさで、Erewhonで買い物をしていれば憧れのセレブたちのようにヘルシーでオシャレな生活ができて、見た目も「綺麗」になるかのような気持ちになってしまう。InstagramやPinterestでも、Erewhonのスムージーやテイクアウトの写真はダイエットやフィットネスの「インスピレーション」として使われており、まるで「クリーン」なライフスタイルを送るには高級スーパーで買わないといけないかのように錯覚してしまう。
Erewhonで買い物することがステータスだと感じている人が、経済的に無理をしてまでErewhonで買い物を続けているということに密着した記事も話題になった。高級スーパーで買い物をすることだけがウェルネスではないし、高い食品を食べているからといって、生活の他の面で不健康であればそれは健康的なライフスタイルだとは言えないはずだ(現に、週末はパーティーでドラッグを使いまくっているのに、平日はグリーンスムージーを飲んで健康的な気分になっているという、ロサンゼルスに住む人たちに対するステレオタイプが存在する)。
そもそも、アメリカではただでさえ健康的な生活をするにはコストがかかる。2019-2023年の間に、カリフォルニア州で食品は27%も値上がりしたというデータがある(https://www.siliconvalley.com/2024/02/01/fed-cant-fix-27-surge-in-california-grocery-prices/ )。健康的な自炊をしようとしても、材料を買うだけで家計に負担がかかり、以前から不健康な食事を様々な理由でせざるをえないアメリカだが、その傾向は経済的な理由で強まってしまう。特にロサンゼルスでは、物価だけでなく、家賃の高騰も問題になっていて、Erewhonのような高級スーパーはまさに「生活に経済的に余裕のある人」だけがウェルネスを追求できるかのような、象徴的な存在になっている。しかしそのウェルネスも本質的な「健康」だとは限らず、要はSNS上での価値観が考える「理想のセルフケア」に沿うようにブランディングしているにすぎない。食事に対する考え方さえもが「他者からの目線」に晒されているのだ。
食をセルフケアに取り入れるには、本当はさまざまな形がある。例えば自炊を通して食材と触れ、自分で味や素材を調整することで、ある種のメディテーションのような状態になれたり、創作活動に近いような感覚も得られる。食べている時間も、マインドフルな状態を意識してゆっくりと咀嚼をし、自分の体が今何を必要としているのか、どのくらいの量が必要なのかなどを五感を活用しながら考えることで、食べ過ぎや体への負担を減少させることができる。そして自分の身体の声に耳を傾けることは、そのニーズを尊重することである。おしゃれなものを購入して食べるといったように、「他者からの視点」を伴わない、一人で行うセルフケアとしての食事は、外見や他者からの評価を起点にしたダイエットよりも持続可能だ。
Erewhonのセレブスムージーが作り出す虚構と現実
上述したErewhonの人気アイテムといえば「セレブコラボスムージー」だ。ヘイリー・ビーバースムージーと名付けられたイチゴ味のスムージーはヒアルロン酸やシーモス(海藻)が含まれ、「肌に良い」というのが謳い文句である。ケンダル・ジェンナーのピーチスムージーはコンブチャやココナッツヨーグルトなど、「腸に良い」ということで話題になった。要はこのスムージーたちに課金して飲めば、「一気に健康で綺麗になれる」というかのようなブランディングだ。しかし、実際にはヘイリー・ビーバーのようなセレブは家事などの時間を使う労働はアウトソーシングできるし、肌管理や美容施術などを「仕事の一環として」受けているはずだ。彼女のライフスタイルはスムージーを一杯飲むだけでは獲得できないし、彼女の写真で映し出される肌は加工されているもの。一般の人がスムージーに執着したとしても、それは一瞬だけセレブや特別な人であるかのうなステータスに近づくためのアクセサリーでしかなく、それをウェルネスや本質的なセルフケアかのように「インスタ映え」するから素敵、と捉えてしまうのは間違いだ。
また、ウェルネスとダイエット文化の結びつきの強化も問題視されている。グウィネス・パルトロウのボーンブロス(ボーンブロスとは骨からとったダシのスープ)とコーヒーをまるでちゃんとした食事の代替かのように扱ったり(血糖値を上げたくないという理由を説明している)、長身と運動量に全く適していない摂取カロリーの少なさなどは、ウェルネスに見せかけた摂食障害の話題が上がるたびに例として議論される。
特段批判を浴びる大きなきっかけになったのが、2023年3月に出演したPodcastでウェルネスルーティンについて聞かれ、上記の食生活を述べたときだ。日本と比べて「ダイエット文化」が若者や女性の摂食障害に結びつき、甚大な社会問題になっていることが認知されているアメリカでは、このように「健康」に見せかけた過度な食事制限や細さを維持するためのダイエット、そしてそれを良いことのように宣伝する人に対して非常に厳しい目線が向けられる。もちろん、人それぞれの健康法や最適な食生活があるわけだが、「食べない」ことに重きをおく液体ダイエット法やサプリで栄養分を代替するような食事は、セレブに憧れを抱く人の健康に悪影響を与えかねない。
@dearmedia#gwynethpaltrow shares her daily wellness routine on The Art Of Being Well, listen now 🎧 #wellnessroutine #healthandwellness #healthylifestyle #routines #goop #podcastclips
♬ Aesthetic - Tollan Kim
Erewhonのセレブスムージーが作り出す虚構と現実
食にまつわる「セルフケア」のアイディアは、サプリブランドや高級スーパー、フェムテック企業など、ウェルネス産業によってますます利用されている。Erewhonの23ドルのスムージーのような商品は、セルフケアに欠かせない要素としてマーケティングされ、まるで高価格の高級品を購入することで真の健康が手に入るかのように消費者に錯覚させる。このような流行りとしてのウェルネスに乗っかるには、経済的な余裕のある生活が最低条件になってしまい、最もセルフケアとしてのウェルネスを必要としている人々を排除することになってしまう。
セルフケア・セルフラブとは自分の内面と向き合い、自分が人生で必要としている本質的なニーズを生活での変化を通して日々地道に追求する、というのが本来の持続可能な形だ。セルフケアとは名詞ではなく動詞であるという考え方がある。「自分を労わる」という行為は、何かを購入したり一時的に贅沢品を消費をすることで解決されるようなものでは決してないのだ。そういう意味でも、食に注目したセルフケアは、やたらとお金をかけて「健康っぽい」ものを追い求めるのではなく、新鮮な素材を採用したり、新たな調理法に挑戦してみたり、自分の健康状態にとって何が欠けているのかを検討したり、自分と食との関係性を見直すことから始まるだろう。
次回の更新は、2024年10月9日(水)を予定しています。
Credit:
竹田ダニエル