ダルビッシュ有「僕は子どもたちに野球を教えない」その深い理由に栗山英樹氏も納得

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テレビ朝日のスポーツ番組『GET SPORTS』では、2023年のWBCで世界一に導いたチームの大黒柱・ダルビッシュ有(サンディエゴ・パドレス)と指揮官・栗山英樹氏(現日本ハム チーフ・ベースボール・オフィサー)が対談。

日本球界の現状と未来について、日本人メジャーリーガー、野球と科学、指導者の役割など、多岐に渡るテーマで語り尽くした。

シーズン開幕前に行われたこの対談の模様を、テレ朝POSTでは2回に分けて紹介する(前後編の後編)。

◆未来の野球、科学でどう変わる

栗山:「実は今回、サイエンス(科学)とコーチの関係がひとつのテーマ。ダルさんはサイエンスをどういう風に使っていますか?」

ダルビッシュ:「科学は自分がやっていることの客観的な部分を出してくれるので、そこをまず理解して、自分の感覚と照らし合わせながら課題を見つけて、改善点も出していくという形ですね。感覚じゃなくて、客観的な科学的な根拠をもとに、自分の課題と改善点を出していく日々です」

栗山:「ということは、自分がこういうボール投げよう、ボールの回転をこうしようと考えた時に、自分の感覚と比べて(データは)どういう風になっているか、すり合わせるという感じですか?」

ダルビッシュ:「そういうのもやりますし、それ以外の部分もいろんな形で(科学は)使えます」

栗山:「なるほど。これからの野球は、まず科学がベースになって、人の目がある、そんな感じになっていきそうでしょうか?」

ダルビッシュ:「今の日本球界から日本のピッチャーたちがこれだけのお金でこっち(メジャーに)に来ていることを考えると、やっぱり必然的に科学のほうに向かっていくのかなと思いますね」

栗山:「そうですか。コーチとアナリスト(データの専門家)がいるじゃないですか。そこは、メジャーの場合比較的うまくいったりしているんですか? ぶつかったりとかは?」

ダルビッシュ:「ぶつからないですね。やっぱりみんながお互いの仕事をちゃんと尊敬し合って、踏み入らないところは踏み入らないので、割とうまくいっていると思います。例えばコーチが『自分は現役ではこうだった。お前らは野球を知らん』という風になってしまうとおかしくなるんですけど、こっちは割とそうじゃないので」

栗山:「コーチもアナリストたちと意見交換をしながら、選手にこう言おうと共通認識を持ってやっているということですか?」

ダルビッシュ:「そうですね。やっぱりそこに関してはコーチもスペシャリストではないのを理解しているので、スペシャリストの話をちゃんと聞いて話をするという形です」

栗山:「日本はまだどうしても経験で教える部分が残っています。もちろん経験は大事ですが、今の話を聞くと、『みんなバランス取ってくださいよ』という日本へのメッセージにも聞こえます」

ダルビッシュ:「経験で教えることはいいんですけど、やっぱり科学、科学と言われる時代になっているので、科学的なことをある程度わかった上で経験ってなると、すごいコーチになると思うんです。日本は結構感覚でやっているぶん、コーチの方々の潜在能力がすごく高いし、感覚も鋭い。そこに科学がプラスされれば、野球だけじゃなくコーチの部分でもアメリカより上にいくんじゃないかなとずっと思っています」

栗山:「僕らも科学がめちゃくちゃ大事だと思って、今回いろいろなチームのアナリストやGMのみなさんに話を聞いたら、誰もが科学を知っている前提で何かを話していました。これ(科学)がないと話が前に進まない野球になってきている。やっぱりそういう感じですよね?」

ダルビッシュ:「こっちだとそうですね。昔の感じで『バッターはこうやって打つんだ』とか言われても。若い選手たちは、オフになると“ドライブライン”に行ったりして頭が良くなってきていますし」

ドライブラインとは、アメリカ・シアトル郊外にあるトレーニング施設。野球を科学的に分析、そのデータに基づいた革新的なトレーニングなどで近代野球に新しい潮流を生み出している。

メジャーのスター選手や、最近では日本のプロ野球界でもドライブラインを活用する選手が増えている。

ダルビッシュ:「ドライブラインに行ったりするので、頭が良くなってきていますよね。『この人、経験だけで喋っているな。全然違う』というのはもうわかってしまう。日本もアメリカっぽくなっていくと思うので、自然に科学がメインになっていくのかなと思いますね」

栗山:「そうですね。チームを作ったり、指導者やスタッフ側にいる僕のような人間からしても、そういう風になっていくんだろうなと思います。オフの間、ドライブラインのようなところで勉強させてもらうのは、やっぱりすごくいいことなんですか?」

ダルビッシュ:「もちろんそれはいいと思いますね。いいと思うんですけど、コーチの方も絶対やったほうが良い。そこは一番大事だと思います」

栗山:「なるほど。指導者がまず科学を理解するために、そこに行って勉強する形が日本には必要かもしれない」

ダルビッシュ:「僕はもう必須だと思いますね」

◆ダルビッシュが考える指導者の未来像

栗山:「日本の野球はこれからが本当に大切な時期なので、どこに向かうべきかというテーマが僕の中にありました。やっぱり指導者が科学を学ぶことは大事になってきますね」

ダルビッシュ:「いろいろなチームの監督やコーチの方たちの話を選手から聞いていると、『俺はこう教わったから、こうやってやってきたから、お前はこうやるべきだ。やらなかったら面倒を見ない』という感じの人が結構まだいるということなんですね。

僕は選手がより良い選手生活を送る、年俸もどんどん稼いで、家族といい時間を過ごしてもらうためにベストのコーチングをするのがコーチであるべきだと思うんですよ。そこのマインドセットはまだあまりないというか、足りない方が結構多いのかなというのは、選手たちから聞いて思いましたね」

栗山:「昔はすごい数字を残した人の話は聞くけど、実績を残さなかった人の話って聞きづらいというのがちょっとあったじゃないですか。たぶん今は選手が勉強しているから、『なるほど』と思うことを言ってくれる人の方を向く、これはもう間違いないですか?」

ダルビッシュ:「そうですね。その人が何を言ってるか、その言葉の意味を僕は絶対取るようにしています。その人が何百勝していようが、何百本ホームラン打っていようが、目をつむってその言葉を聞いたり、その文字だけを見たときに、『この人、ちゃんとしたことを言っている』と思ったら、信頼してちゃんと聞きますし、いくら実績があっても『むちゃくちゃだな』と思ったら聞かない。自分はそういう風にしています」

栗山:「なるほど。そこ(実績)を取っ払えなきゃダメですよね。何を言ってるかということとは」

ダルビッシュ:「そうですね」

栗山:「自分のやったことを教える、それも大事なんですけど、自分のやったことじゃないことも教えられないといけない可能性があるじゃないですか。僕は立場的にコーチのみなさんを見ていて、すごく難しいんだろうなと思っていました。でもそうしないと前へ進まないですもんね」

ダルビッシュ:「自分もそうなんですけど、とにかくいろんなことに手を出す、いろんなことをわかろうとするという姿勢だと、結構対応できるんですよね。自分のことだけ、自分が成績を出すことだけずっとやっていると、すごい成績を残しても、引退してから出てくる言葉はそんなに幅がないというか、そういうのは結構あるあるというか」

栗山:「ダルさんは若いときからオリジナルで自分のやりたいことをしっかりやってきたじゃないですか。とにかくいろんなところにアンテナを張っていました?」

ダルビッシュ:「それはもう絶対そうですね。それこそ相手がどうとかじゃなくて、野球経験がない人に『スプリットはどうやって握るの?』とか(聞いたり)。僕らの頭の中には『スプリットはこう持つ』とあるけど、全然野球経験がない子どもたちに聞くと、見たことのないような握りとか見せてくれるんです。それが逆に良かったりする。そのぐらいオープンでいないと、やっぱり自分の幅は広がっていかないなと思いますね」

栗山:「確かにそうですね。子どもって自然に握るかもしれないですね」

ダルビッシュ:「もう何も先入観ないので。やっぱり自分たちみたいにずっと野球をしている人からすると、先入観のない意見ってすごく大事なんですよね。何十年もやっているとそういう発想ができなくなってくるので」

栗山:「じゃあ変な話、自分のお子さんとたまに野球をやられたりするじゃないですか。お子さんが投げてるのを見て、『そういう投げ方?』と感心したりすることはあるんですか?」

ダルビッシュ:「自分はスローモーションを撮ります。(子どもが投げたボールが)すごい回転だったら『もう一回投げてみて』ってスローモーションを撮って後で見たり。そういうのは全部しますね」

栗山:「それは息子のためじゃなくて、自分のために?」

ダルビッシ:「自分です。僕は子どもたちに教えないので、まったく何も」

栗山:「教えないんですか?」

ダルビッシュ:「教えていないですね」

栗山:「じゃあ子どもたちはお父さんがプレーしている姿やいろんなものを見て、好きに野球をやっている?」

ダルビッシュ:「好きなようにしてもらっていますね。僕は教えられないので、自分の体じゃないから。自分の体を同じだと思っているんだったら、『こうした方がいいんじゃない?』って言えるけど、まったく違う体で、筋力も強いところも自分とは違いますし、骨格も違うので、教えられないという思いが一番あるんですよ。

だから誰に聞かれても、自分のフォームがどうとか、こうした方がいいんじゃないっていうのはあんまり言わないですね。栄養やトレーニング、コンディショニングの部分は言いますけど」

栗山:「なにか今の言葉が一番大きなヒントになったような。自分の体じゃないんですよね。自分じゃない。聞かれたら『僕はこうしている』って言えても、ということですか」

ダルビッシュ:「人として一括りに見るんじゃなくて、みんなが違う動物って考えた時に、やっぱり難しくなってくるじゃないですか。そのぐらい違いがあると思うので、一人ひとり」