「本当に効くのか?」…クスリの「費用対効果」をめぐって政府と製薬メーカーの大バトルがはじまった!その背景にある医療界の「重大問題」

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政府と製薬メーカーのバトルが勃発!

昨年、診療報酬改定をめぐって政府と医師会が激しく対立したことをおぼえているだろうか。

コロナ禍ではまちの診療所が閉鎖されるなど医療が機能不全に陥ったが、その期間にも医療法人の内部留保が大きく上昇していたことが発覚。にもかかわらず、診療報酬のアップを主張する医師会には、批判が相次いだ。

今年もまた、日本中枢の政策決定の現場で医療に関係するバトルが勃発している。テーマは「クスリ」だ。

6月21日に閣議決定された「骨太の方針2024」に、クスリの「費用対効果の評価を強化」する項目が盛り込まれた。本当に充分な効果があるのか、またその費用を健康保険で賄うのに有効なのかをしっかり検証しようというわけだ。

ところが、この政府の方針に医師会や製薬業界が猛反発している。日本の大手製薬メーカーでつくる業界団体は、与党・自民党の議員に相次いで接触し、「費用対効果評価の強化策には断固反対」と訴えている。

国民からすれば、効果のあるクスリが一刻も早く手に入るほうがいいに決まっているのだが、なぜ、こんな対立が起こるのだろうか。

慶應義塾大学名誉教授(医療経済)の印南一路氏は、1980年代から医療政策の現場に身をおき、クスリの保険の適用を決定する中医協(中央社会保険医療協議会)でも、委員を務めた医療経済の専門家だ。

いまのクスリと保険にまつわる仕組みを熟知する印南氏に、いまの「クスリの大問題」について聞いた。

オプジーボと湿布の意外な関係

――クスリとしていったんは認められても、実際は効果に疑問符がつくクスリがあるとは知りませんでした。いまの保険医療の問題とは、どういうものなのでしょうか。

たとえば、皆さんがご存じの画期的な新薬に、ノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑先生らが開発した「オプジーボ」がありますよね。これはいま保険で、多くのがん患者さんが一定の負担で利用できています。

当初、オプジーボは注射一回、73万円もして、いまも15万円ほどの高額医薬品ですが、保険によって多くの患者さんが利用できるわけです。

当初は、患者数の少ない皮膚がんにだけ認めれていたので、保険財政的には31億円程度でした。それがどんどんいろいろな種類のがん患者に投与されるわけですから、保険財政を圧迫するという問題が出てきました。そのため、「高額医薬品は保険適用から外すべきだ」という議論もあったほどです。しかし、それでいいのでしょうか。

高額だけど画期的に治療に役に立つクスリには、みんなでリスクを分かちあう保険で医療費を賄うのが当然です。その考えに基づいて、政府も高額医薬品の保険適用を認めています。

しかし、安価なクスリやあまり大きな効果が認められないクスリについてはどうでしょうか。必ずしも保険で賄う必要はないはずです。

たとえば、湿布薬です。

湿布薬は、市販のものは薬局で300円とか500円程度。高いものでも1000円を超えるくらいです。ところが、保険適用されている湿布薬を患者に頼まれると、医師が言われるがままに処方してしまうという問題がある。

そのため、年間に医療保険から賄われる金額は4000億円とも5000億円とも言われています。

いま、保険財政を圧迫するのではないかと心配されているのは、高額医薬品の認知症治療薬「レカネマブ」です。

しかし、それでも年間の市場規模は1000億円。仮に湿布薬を保険から外したら、保険財政を安定的に維持しながら高額でも画期的な新薬を取り入れることができるわけです。

これからは効果のある新薬が登場すれば、たとえそれが高額だったとしても、誰もが利用できるような状態にすることが望ましいですよね。

世界の「いいクスリ」が日本人は使えない

――いま政府で「クスリの費用対効果評価」を強化するという動きがあります。なぜ、いまこうした議論が始まったのでしょうか。

国民皆保険のおかげで、日本では誰もが医療にアクセスできるわけですが、クスリの「費用対効果」を検討して保険に組み込む、あるいは、保険適用されているクスリの費用対効果を検証して保険から外すという機能が、イギリスやフランスなどの先進国と比べて弱かったのです。

日本はクスリと認められたら、ほぼ自動的に保険で利用できるようになるわけですが、じつはここに落とし穴がある。保険財政を圧迫してしまうという問題です。

このままでは、いずれ諸外国で使われている画期的な新薬が高額過ぎて、保険適用されないということも起こりえるかもしれませんね。

現状では、保険財政を配慮して薬価を低く抑えようとしているが、これでは製薬メーカーは開発のモチベーションをなくしてしまう。

ただでさえ、クスリの開発は長期にわたり、高額のコストが必要ですからね。このため、画期的な新薬を作った海外の製薬メーカーは、日本での販売を後回しにするという傾向がある。そのために、海外と比べて日本では画期的な新薬が行きわたらないドラック・ロスやドラック・ラグが生じてしまうのです。

(印南一路氏談 後編につづく)

ここまで印南氏に聞いてきたように、費用対効果の評価を強化したい政府の方針には、保険医療の財源問題やより効果的なクスリへのアクセスができるようにしようという考え方があるわけだ。

では、日本の医療にまつわる制度は、今どうなっているのか。なぜ、効果のないクスリが広がってしまっているのか。後編「効果のないクスリを日本人は飲まされている…?政府と製薬メーカーの対立のウラにある「日本で“いいクスリ”が手に入らない」深刻な事情」で、さらに印南氏の話を聞いていこう。

効果のないクスリを日本人は飲まされている…?政府と製薬メーカーの対立の背景にある「日本で“いいクスリ”が手に入らない」深刻なウラ事情