選挙のポスター掲示場(イメージ、時事通信フォト)

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 商業用の写真は必ず修正するもので、どんなに美しいモデルや俳優であっても、毛穴が目立たないようにであったり、肉眼では気づけなかった打ち身跡など肌色の調整などは当たり前に行われてきた。とはいえ、かつてのプリクラや、最近のSNSへの自撮り投稿のように、加工を重ねて別人のように変えるようなことはしない。そんな加工は素人のやることだとされてきたのだが、最近は、プロに別人加工を依頼するケースがある。ライターの宮添優氏が、立候補者が選挙で使用する写真のミスマッチについてレポートする。

【写真】ライトは多すぎても本来はよくない

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「外国の教会に書かれた歴史的な絵が、怪しい修復師によってベタ塗りされて、台無しになった事件がありましたよね。まさに、あの修正後の絵のような仕上がりでした。まあ、本人がよいと仰るので、そのまま納品したのですが」

 東京都内の某スタジオに勤務するカメラマン・坂田和喜さん(仮名・40代)は、都議会議員選挙に立候補した某女性候補が、選挙活動に使用する写真撮影の仕事を受けた。

「うちのスタジオでは、数名の国会議員さんや都議、他県の候補者も撮影しています。議員さんの撮影は商業写真とは少し違うこだわりがありますが、なかでも女性の議員や立候補者は仕上がりに注文が多くなりがちです。ふだんはやらない”白飛び”してしまうような数の照明を焚いて、結局顔や肌の凹凸がわからないような写真ができてしまうんです。カメラマンとしては明らかな”失敗作”なんですが、これがよいとする候補者の方が何人かいますね」(坂田さん)

 SNSでも、選挙のたびに「ポスターと実際の顔が違いすぎる候補」という話題はよく取り上げられている。ポスター制作現場にいる人々が、その評判を知らないはずはなく、ネガティブな反応を見ると、依頼者の注文通りにしたこととはいえ、坂田さんは自身の仕事を馬鹿にされているような、口惜しい気持ちに苛まれているのだと打ち明ける。

修正しすぎた選挙写真がきっかけでトラブル

 選挙の立候補者たちからすれば、ポスターこそが有権者に顔を売る重要なものであり、多少の修正はやむを得ないと考えている。だが、エスカレートした加工を施した写真をポスターなどに使用した候補者が、自分が出ると告知されていた公開討論会場に入ることができなかったという、冗談のような事態が発生している。都内の編集プロダクション社員・増田孝昭さん(仮名・40代)が振り返る。

「十数年前、当時の弊社はギャルやキャバクラ嬢向けの雑誌を作っていました。雑誌に使用する写真は、体を引き延ばしたり、顔を小さくしたり肌をなめらかにして……といった感じでとにかく修正だらけ(笑)。通常のグラビアや広告写真では決してしないレベルの修正をしていました。そうしないと、出演している雑誌モデルが納得しない。キャバの子たちは売り上げにも繋がるから必死なんですね」(増田さん)

 そんな折、増田さんの会社に飛び込んで来た依頼というのが、関東南部で行われたとある選挙の女性候補者からのものだった。

「知り合いの選挙プランナーを通じての依頼でしたが、修正の要請が多いのはもちろん、選挙候補者がうちに頼んでくるのかという驚きもありましたよ。仕上がった写真は、まるっきり別人になってしまったので、何度も大丈夫かと念押ししたんです。候補者はそのとき40代。にもかかわらず、ポスターは20代のような女性、という感じ。結局、ポスターは張り出され、候補者による演説会や討論会なども始まり、もう後戻りはできないと覚悟しました。そしたら案の定、トラブルが起きたんです」(増田さん)

 公開討論の会場に向かった件の女性候補者だが、あまりにポスターと実物が違いすぎて、他の候補者や現場責任者から本当に本人なのか疑われ、会場入りを止められてしまった。この対応に女性候補者が激高し、揉めている様子を有権者に見られたことも原因らしいですが、選挙は落選。あんなポスターを作らなかったらこんな火種はできなかったと思うと、複雑な気分です」(増田さん)

 トラブルの顛末を聞き、「何か悪いことに手を貸してしまったのではないか」と不安に駆られた増田さんは、確かめずにはいられなかった。

「もしかしたら、でたらめな写真を作ったために当局から突っ込まれるんじゃないかとまで考え、選挙管理委員会に相談もしました。まったく別人の写真を出しているなら問題だが、修正をかけているとはいえご本人の写真ですので、と笑われてホッとしましたが、こんなことで検挙されたらたまらないですよ」(増田さん)

本人だけが満足している25年以上前の写真

 商品やサービスを売る広告も審査基準があり、「ウソ・大げさ・まぎらわしい」などの誤解を与えたり適切でないものは、消費者に迷惑や被害を及ぼすようなことがないようにとCMやポスターなどで繰り返し呼びかけられている。広告ではなく選挙ではあるが、有権者にとってみれば立候補者のポスターは、商品の広告のように候補者を知る為のものであり、そこにウソや大げさな表現があってはならないはず。実際、ありもしない公約や年齢、学歴などのウソの経歴をポスターなどに記すのは公職選挙法違反に問われる可能性があるし、当選しても議員辞職に追い込まれた例が過去にあり、責任重大だ。

 とはいえ、加工しすぎた写真を選挙ポスターなどに使うことが、どのくらい責任に問われるか判断が難しい。目を大きくする、目元や口元、ほうれい線などのシワを消す、生え際を作るなどの修正は今のところ「ウソ」にはならないとされている。最近では、人気アニメ風のデザインを取り入れるなど、著作権者からツッコミが入りかねないような危なっかしいポスターさえ登場している。そうした”ゆるさ”が実際に許容されている現状だからか、もはや候補者や議員側には、ポスターで「盛る」ことに違和感を持つ人は少なく、別のトラブルも起きる。

「大ベテランの男性市議先生(80代)のポスターですが、どう見ても映っているのは60代くらいの男性なんですよ(笑)。15年ほど前から写真が変わっておらず、というかその時点でも10年くらい前の写真を使っていたはずです」

 こう話すのは、千葉県内の某市議の後援会員・井本勇一さん(仮名・70代)。選挙のたびに、若々しいかつての大先生の姿を見て、ため息が出るとうなだれる。

「市議会のドンとまで言われる先生ですが、最近ではあまりにポスターと違いすぎると、嘲笑されています。毛量も違うし、体つきも以前と比べてだいぶコンパクトになり、堂々と写っているポスターの姿とはほとんど別人。辻立ちや演説会でも”誰だあのじいさんは”と言われる始末ですが、ご本人だけが満足されていて、スタッフは何も言えないのです」(井本さん)

 清潔さやクリーンさをアピールするためには、確かに見た目が良いに越したことはないかもしれない。だが、そこに誠実さはあるのかと、有権者は選挙ポスターを通して見抜こうとするはずである。だが、満足しているのは本人だけで周囲が滑稽さを指摘できない”裸の王様”状態のポスターを使い続けている候補者は各地にいる。写真や映像があふれ、手元のスマホで簡単に加工や修正ができる現代を生きる目の肥えた有権者たちは、あざ笑っているのかもしれない。