〈歯科技工士たちが告発〉「もう限界だ…」歯科医によるダンピング、後継者不足、無責任な厚労省…「虫歯の再発は歯磨きのせいとは限らない」「業界の構図に問題がある」このままでは“入れ歯難民”が続出か

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現在、歯科医の指示書に従い、入れ歯や歯の被せ物・詰め物などを作成・加工・修理する「歯科技工士」の人材不足と、一部の歯科医によるダンピングが大きな問題となっている。6月4日は「64(ムシ)歯予防の日」だが、歯の健康を考える月間に、この問題について真剣に考えてみたい。

〈画像多数〉このままでは入手困難に…技工士の技が凝縮された入れ歯の制作作業

「集英社オンライン」は関東近郊でラボ(歯科技工所)を構える複数の歯科技工士を取材、“業界の悪しき構図”を詳報する。

いずれあなたも「入れ歯難民」に……? 

虫歯や歯周病に限らず、歯の心配をせずに一生を終えることのできる人は皆無に近いだろう。

しかし、それだけ身近な歯の健康を歯科医とともに守ってきた「歯科技工士」(歯科医の指示書に従い、入れ歯や歯の被せ物・詰め物などを作成・加工・修理する人)が、業界もろとも沈没しかねないほど、苦境に立たされていることはあまり知られていない。

高度な技術を要するにもかかわらず、納める製品は医療機器扱いされず、自由競争の名のもとにダンピング(不当廉売)を強いられる。

そうした構造的な問題は改善されずに放置され、それにより“担い手不足”が発生し、斜陽産業化にさらに拍車がかかる、という悪循環が続いている。このままではあなたも「入れ歯難民」になってしまうかもしれないのだ。

関東地方で長年、歯科技工所(通称「ラボ」)を営むA氏が嘆息する。

「私たちが作っている被せ物や詰め物、入れ歯などの装置は、医療機器として認められず雑品扱いのため、保険点数が決まっているのに価格競争を強いられています。保険請求をするのは歯科医で、我々はあくまで下請けなんです。

医療機器であれば100%のはずの技工士の取り分も、国が何十年も前に『技工士と歯科医の取り分は7対3ぐらいが妥当じゃないですか』とガイドラインを提示しただけ。

実際は構造的にダンピングを余儀なくされるので、その割合はロクヨンになり、五分五分になり、場合によっては逆転することだってあります」

さらにA氏はこう続けた。

「保険点数は装置(技工物)に応じて決まっていて、たとえば5000円の被せ物があるとすれば、その内訳は材料費に加え、歯科技工士の技工料と歯科医の技術料で成り立っています。しかし、実際は歯科医がまとめて保険請求するので、たとえば同じ被せ物をA社が3000円、B社が2000円、C社が1000円で納品するとなれば、歯科医はC社に頼めば、自分の実入りが一番よくなります。

これが雑品でなく、医療機器として認められれば、装置の価格自体が同じになるので、歯科医も『じゃあ一番上手なラボに頼もうか』ということになります。それがあるべき『競争の構図』だと、私は思います」

歯医者が技工士を探し回っている状態に

そのしわ寄せは、結局安くて悪い装置を被せられる患者が負う羽目になる。それにしても冒頭の「入れ歯難民」とはどういう状況なのか。A氏が解説する。

「日本の歯科は、約95%が保険の市場。でも構造的な問題から、保険適用の入れ歯は今、作り手がどんどん少なくなっています。

詰め物や被せ物で間に合わない場合は、基本的に差し歯にするか、入れ歯にするかの二択です。差し歯の場合は主にCAD/CAM(キャドキャム)という機械を使って作るので、若い技工士の中にもできる人が結構います。

一方で、入れ歯はすごく手がかかる割に採算が合わない。だから若い層はみんな効率のいいCAD/CAMのほうに移ってしまうんです。

現在は20人以上の技工士を抱えている大きなラボでも『うちでは入れ歯はやりきれません』と依頼を断っている状況で、歯医者が保険適用の入れ歯を作れる技工士を探し回っています。

患者さんもお金があればインプラントを打って差し歯を作る選択肢もあるでしょうが、そんな余裕のない人は保険で入れ歯を作ってもらうしかない。でも、作り手がそういった状況なので、“入れ歯難民”になっている患者さんがどんどん増えているんですよ」

歯科技工所は「残業が多い割に、給料が安い」

歯科技工士が抱える問題は、それだけではない。

「そもそも歯科技工所の95%が従業員5人未満で、そのほとんどが1~2人でやっている零細ラボです。しかも高齢化が進んで、今は40歳以上が7割、60歳以上も2割近くを占めています。10年後に歯科技工士がどれだけ減っているのかと考えると、恐ろしくなりますね。

また、技工士学校の入学者は減少の一途を辿っていて、どこもほぼ定員割れの状態です。技工士の免許を持つ人は一定数いるのに、現場の人数はどんどん減っているという現象も進んでいます。

その理由は、労働条件が決していいとは言えず、残業が多い割に給料が安いからです。その結果、技工士の高齢化が進んでいるのも問題です」

歯科技工士が苦境に喘いでいる現状は、今の一般的な歯科診療現場にも悪影響を及ぼしているようだ。自嘲しながらも、A氏はこう警鐘を鳴らす。

「私たちは歯医者さんから(患者の)歯型を預かり、その歯型に材料を入れて、口の中と同じ形を再現します。それをもとにちゃんと作れば、基本的に患者さんの口の中にピタッと合うものが作れるんです。

両側の歯がちょうどよく当たり、隙間もなく、力をいれないと入らないということもない。私たちは、噛んだときにほかの歯と同様に当たるように作っているから、ぴったり合うはずなんですね。

でも、ダンピングに精を出し過ぎているラボが作る詰め物やかぶせ物は、口の中に入れても、まず合いません。入らないから、歯医者さんが片側を削り、咬合紙を使って噛み合わせを見る。そうしているうちに、技工士が再現したはずの歯の形が、しっちゃかめっちゃかになってしまうんですよ。

それでも入らない場合は、義歯の上の部分をガンガン削って、下の部分を漉(す)いて入れる。すると、下の部分がスカスカなので、3~5年経てば虫歯になってしまい、患者はまた歯医者に通うハメになる。

『これ5年くらい前に入れたんですけど』『ああ、それはあなたの磨き方が悪いから虫歯になっちゃったんですね。ちょっと治しましょう。これからはちゃんと磨いてくださいね』というやりとりが繰り返されるんです。

歯医者から『歯を磨いていない』と言われたら、患者は『しょうがないな』と納得してしまうでしょう。でも、最初からちゃんとしたものを入れていれば、そんなことにはならない。

歯医者も安い粗悪品を患者さんの中にとりあえず押し込んで、それで終了にしちゃう。それが、歯科医療の現状なんですよ」 

無責任な政府の対応

厚労省が行なうアンケートも、業界を先細りさせる要因の一つになっているという。

「年に1回、厚労省が一般技工士を対象にアンケートを取り、『おたくの技工料金はいくらですか?』と聞いてくるんです。厚労省はそれに合わせて保険点数を下げるので、ダンピングをしていると、どんどん市場の相場が下がってしまう。

その仕組みを理解している人は、アンケートに安い料金を書かないんだけど、なかには正直に書いちゃう人もいるんです。

それに仕事を取るにしても、利益率や労働時間を計算したうえでちゃんとした料金を請求すればいいんですが……やっぱり仕事がほしいので、無理な金額で受注してしまうケースもある。休みもなく、朝まで仕事をしている人もいますよ。

私らがこの仕事を始めた40~50年前には、『蔵が建つ』と言われていましたが、今ではそれがウソのようです」(前同)

人工知能の開発やデジタル革命の進行で、産業構造や就労状況も激しい変革を迫られて久しい。しかし、生命や健康に直結する医療や保健衛生の分野では、価格競争に左右されず、安全性が優先されるべきではないか。少なくとも、議論を尽くす必要はある、♯2では業界のトップの意見を聞いてみた。

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取材・文/集英社オンラインニュース班