大阪桐蔭、履正社の「2強」撃破で大注目! 大阪学院大高のビジネスマン監督が見据える「日本一」への道程
今年の3月下旬、大阪府吹田市にある大阪学院大高の野球部練習場を訪れると、なじみのNPBスカウトとバッタリ顔を合わせた。ドラフト候補の遊撃手・今坂幸暉(ともき)の視察が目的と思われたが、スカウトは私に向かってこう言った。
「面白いチームに目をつけたね。こういうチームが勝つと、高校野球が変わっていくかもしれないよねぇ」
私が大阪学院大高に興味を持ったのは今坂という好素材が在籍していたこともあるが、監督の経歴がとてもユニークだったからだ。
詳しくは拙記事『一流ビジネスマン兼大阪学院大高監督が語る「野球と会社の共通点」激戦区で甲子園を狙う指導法とは』(web Sportiva4月23日公開)をご覧いただきたいが、辻盛英一監督はベストセラーのビジネス書を刊行してしまうようなカリスマビジネスマンである。その経営手法を高校野球に活用し、チームを強化していたのだ。
頭ごなしに選手を従えるのではなく、対話を通して選手の闘争心に火をつける。辻盛監督の手法は高校野球の現場で新鮮に映った。
前出の記事の文末に、私はこう書いて締めくくっている。
〈大阪桐蔭と履正社の2強時代が続く大阪に新風が吹きそうな予感がする。〉
春の大阪大会を制した大阪学院大高ナイン photo by Kikuchi Takahiro
結果から言えば「新風」どころの騒ぎではなく、「突風」が吹いた。今春の大阪大会で、大阪学院大高は履正社と大阪桐蔭の2強を相次いで撃破。春の大阪チャンピオンにのし上がったのだ。
大阪大会で打率5割をマークしたように、大黒柱の今坂の活躍はめざましかった。ほかにも今坂とともにプロ志望を表明する強肩強打の捕手・志水那優、大阪桐蔭を相手に1失点完投勝利を飾った技巧派左腕・前川琉人らも存在感を放っている。
これ以上ない戦いぶりに思えるが、辻盛監督は「打倒2強」が目標ではないと強調する。
「大阪桐蔭と履正社に勝ったことがクローズアップされてしまいましたけど、ウチの目標はあくまでも日本一です。大阪を優勝して日本一になろうと思うと、その間に大阪桐蔭と履正社がいるので。当然勝たなければいけないというだけなんです」
5月26日、大阪学院大高は明石トーカロ球場での春季近畿大会、須磨翔風との初戦に臨んだ。その一戦で、辻盛監督は思いきった手を打つ。高校に入学したばかりの1年生・鶴丸巧磨を「1番・三塁」で先発起用したのだ。
鶴丸は佐賀・黄城ボーイズ時代は捕手として注目され、辻盛監督も「捕手として見込んでいた」という。だが、鶴丸は今坂への憧れから内野手転向を直訴している。須磨翔風戦では三塁前に転がったバントの打球を軽やかな足取りで捕球し、鋭いスローイングで刺すシーンも見られた。左打席に入る打撃面では安打こそ出なかったものの、須磨翔風の好投手・槙野遥斗からいい当たりの打球を放っている。
辻盛監督は頼もしそうな表情で「今坂のあとのショートは鶴丸やな、と思っています」と高く評価した。
結果的にチームは槙野の前に3安打に抑えられ、1対3で須磨翔風に敗れている。それでも、鶴丸という新戦力の台頭は大阪学院大高の底知れなさをアピールするには十分だった。
プロ注目の大阪学院大高の遊撃手・今坂幸暉 photo by Kikuchi Takahiro
試合後、「ほかにも秘密兵器はいるのでしょうか?」と尋ねると、辻盛監督は柔和な表情でこう答えた。
「背番号10の松下(凌大)、今日はレフトで出た中山(悠紀)、それと今坂の3人はみんな140キロ以上のスピードが出ます。とくに今坂はピッチャーとしても、めちゃくちゃいいですよ。春先に肩のコンディションが少し不安だったので春の大会はショートだけでしたけど、夏は投げさせると思います。今は肩の状態もいいので、夏は140キロ台後半が出るかもしれません。変化球もコントロールもいいですし、今坂のピッチャーが秘密兵器になるかもしれませんね」
打者としての今坂はこの春、勝ち上がるたびに「真っすぐがほとんどこないな」と、対戦相手のマークが厳しくなっていくことを実感したという。それでも、今坂は語気を強めてこう続けた。
「マークされるなかでもしっかりと弾き返して、長打や勝負どころでの一本を打ててこそ本物だと思うので。そこを目指しています」
一方で、プロ志望の今坂にとっては1試合1試合がスカウト陣へのアピールの場にもなる。近畿大会では糸を引くように伸びていくスローイングが目を引いた。今坂はこの冬に福井耀介コーチと二人三脚で取り組んだ守備練習の効果だと語った。
「前までは捕ってから肩に任せてボールを投げていたのが、最近は『足でボールを投げる』感覚が出てきました。下半身を使って打球を捕って、その流れのままボールを投げる。今日はそれがとくにできました」
高校球界に好遊撃手が多い今年、今坂はどんな評価を勝ち取るだろうか。
最後に、どうしても辻盛監督に聞きたいことがあった。それは「春の大阪王者になったことで、逆に夏の大会が戦いづらくなったのではないか?」ということだ。
春の大阪を制したからといって、夏の大会を勝ち上がれる保証はない。大阪桐蔭、履正社も同じ相手に続けて負けるわけにはいかないはずで、どのチームも春の王者を倒そうと牙をむくはずだ。いくら新戦力が出てきても、チームが受け身に回ってしまう可能性もあるだろう。
質問を受けて、辻盛監督は表情を変えずにこう答えた。
「たしかに戦いにくいですけど、それで負けているチームじゃダメなので。戦いにくくなって、逆によかったと思います。今年のチームだけ勝てればいいのでなく、ずっと強いチームでい続けなければいけません。そのためには『強い』と思われた状態で勝てなければ意味がありません。だからマークされたほうが僕はいいです」
須磨翔風に敗れた経験も、大阪学院大高にとってはこの夏、さらには恒常的な強さを手に入れるための大きな糧になるはずだ。
これから大阪学院大高がどんな組織になっていくのか、ますます目が離せなくなってきた。