スペイン王者レアル・マドリードはチャンピオンズリーグ決勝でドルトムントを2−0と下し、威風堂々と欧州王者に輝いている。前半こそ苦しんだが、後半は徐々に挽回。90分間を通しての「勝負強さ」に、真の王者たる理由が映し出されていた。

 15回目の欧州制覇は燦然と輝く記録で、他の追随を許さない。「ビッグクラブ」とひと括りにされるが、レアル・マドリードは一線を画している。欧州制覇が2番目に多いのがミランでやっと7回、3番目がバイエルン・ミュンヘンとリバプールの6回、5番目がバルセロナで5回、6番目がアヤックスで4回と続く。他は3回以下で、足元にも及ばない。レアル・マドリードこそ、「唯一無二の世界に冠たる王者」と言える。

 その王者に見初められたからこそ、日本人MF中井卓大(20歳)は脚光を浴びたわけだ。
 

3部ラージョ・マハダオンダで19試合に出場した今季の中井卓大 photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 中井は9歳でレアル・マドリードの下部組織に入団している。その後、着実にステップアップし、スキルやビジョンが高く評価されている。17歳の時、親善試合ながらカスティージャ(セカンドチーム)の試合に出場し、年少ながらUEFAユースリーグ(ユース年代のチャンピオンズリーグ)でデビューを飾った。18歳の時には、スペインユース国王杯決勝戦に途中出場し、痛快な決勝点を決めた。

 この一撃で、カスティージャ昇格が決まっている。それはトップデビューへの最終関門に辿り着いたことを意味していた。

「重要な試合で勝負を決める活躍」

 そこを何より重んじるレアル・マドリード関係者にとって、インパクトは大きかった。

 2022−23シーズンは期待が高まったが、中井の進撃は止まる。戦場が、同年代同士のユースから多様な大人相手に変わったのが大きかったか。そもそも、ピッチに立てなかった。シーズンで2試合出場、出場時間はわずか5分。フィジカル面、特に守備に回った時の物足りなさが指摘され、トップデビューなど夢のまた夢だった。

【チームは最下位で4部に転落】

 そこで今シーズン、カスティージャと同じ3部で下位のラージョ・マハダオンダにローン移籍した。しかし、当初から見通しは厳しかった。

「テクニックレベルは高い。しかしコンディションを含めて、フィジカル的にまだプロでは準備が不十分。プレーに波が出るだろう」

 マハダオンダ関係者から聞こえてきた言葉は、シーズンを暗示していた。結果、19試合に出場も、ほとんどが途中出場、先発はわずか6試合だった。

 体を張る姿など肉体的な向上も見られたが、チームにフィットしていない。たとえば、果敢にプレスに行って、背後を取られて失点。あるいは、ドリブルでひとりを外して技術レベルの高さは見せても、味方に強引にミドルシュートに持っていかれてしまう。単純に、チャンスボールを呼んでも来なかった。今年5月のウニオニスタ戦では、途中出場でボールを運び、エリア外から際どいミドルを放ってバーをかすめたように、キックの精度は1部リーグレベルなのだが......。

 結局、中井はローンが終了し、レアル・マドリードに戻っている。しかし、"栄光の帰還"とは言えない。最下位で4部降格が決まったクラブで定位置をつかめなかった、という事実は重い。レアル・マドリードとの契約は2025年6月末まで。カスティージャで再挑戦させるのもひとつの手だが、はたしてその猶予が与えられるのか。

 来シーズンも3部のカスティージャはラウル・ゴンサレス監督が引き続き指揮をとる可能性が高い。ラウルは「中井の才能に惚れ込んでいた」と言われるが、一昨シーズンは戦力外同然に扱っていた。ボランチとしては守備が弱く、トップ下としては得点力や打開力が乏しく、「ポジションがなかった」とも言われる。

 来季は、ポジション的ライバルになるニコ・パスやテオ・ジダンなどはローンが濃厚だけに、中井にもチャンスは与えられるか。ただ、U−19スペイン代表セサル・パラシオスのように10代の選手も台頭。欧州では21歳が育成年代の最後となるだけに、中井はプロサッカー選手としての価値が問われる。

「3部リーグは肉弾戦で、ピッチも荒れている。もっとボールをつなげる環境、高いレベルで、中井の技術的アドバンテージが生きるのでは?」

 それもひとつの正論だろう。そうしたケースがないわけではない。

 たとえば久保建英も、これまでで最もレベルの高いレアル・ソシエダで、ダビド・シルバのような天才と遭遇し、最大限に能力を引き出された。ただし、残留を争うマジョルカでも定位置を取っていたことを忘れるべきではない。フィジカル的な要求が高かったウナイ・エメリ監督のビジャレアルでは苦労したが、ヨーロッパリーグの決勝トーナメント進出に貢献していた。

 3部の最下位チームで通用しない、では話にならない。体格や舞台の問題ではないだろう。17歳だったアンドレス・イニエスタは、中井よりも細身で小柄だったが、3部で大人たちを手玉に取っていたのだ。

 ひとつ言えるのは、レアル・マドリードは王の中の王のクラブである。這い上がってこない選手に構っていられないということだ。最悪の場合、契約満了前に売り払う可能性も否定できず、ローンのまま買い取りオプションを付けたバイアウトもあり得る。

 中井は「レアル・マドリードの日本人選手になる」という夢と向き合う。今も可能性で言えば、誰よりも近い場所にいることも間違いない。