過去14回、欧州一に輝いてきたレアル・マドリード。1992−93シーズンに名称がチャンピオンズカップからチャンピオンズリーグ(CL)に変わってからは8度、優勝を飾っている。驚くことに、決勝で敗れたことは1度もない。挑戦者の立場で臨んだのは、CLになって初めて決勝に進出した1997−98シーズンのみだろう。

 そのとき下馬評で上回った相手は、3シーズン連続で決勝進出を果たしたユベントス。関係は45対55ぐらいだったと記憶する。番狂わせと呼ぶほどではないが、欧州史においては重要な意味を持つ結果だった。守備的サッカーに流れかけていた欧州のサッカーは、このレアル・マドリードの32シーズンぶりの優勝を機に、攻撃的に転じていくことになった。

 残る7回のなかで、戦前、最も楽勝と見られていたのは2001−02シーズン。グラスゴーのハムデンパークで行なわれたレバークーゼンとの一戦だ。ブックメーカーによるスコア予想では、レアル・マドリードの3−0が一番人気だった。しかし、結果は2−1。後半はレバークーゼンが展開する攻撃的サッカーの前にタジタジだった。試合時間があと5分あれば、同点弾を浴びていた可能性大と言いたくなる、大苦戦の内容だった。

 6月1日、20時(現地時間)にロンドンのウェンブリーでキックオフされた2023−24シーズンの決勝戦。対戦相手であるドルトムントに対しレアル・マドリードは、下馬評で大きく上回っていた。

 だが、思いのほか苦戦するのではないか。22シーズン前のレバークーゼン戦を想起せずにはいられなかった。


ドルトムントを破り、15回目の欧州王者となったレアル・マドリードの選手たち photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 レアル・マドリードは、カリム・ベンゼマとともに"BBC"を構成したガレス・ベイル、クリスティアーノ・ロナウドがチームを去っても、それに代わる大物を補強していない。Bチームから昇格したヴィニシウス・ジュニオール(ブラジル代表)がその間に成長したことは確かだが、BBCを看板に攻撃力を全面に打ち出していた頃に比べると、近年のサッカーは華々しさに欠けると言っていい。

【ドルトムントに手を焼いた理由】

 マンチェスター・シティを筆頭に、レアル・マドリードを攻撃力で上回るチームは欧州に4、5チーム存在する。大会前の下馬評で1番人気に推されることはない。今季のみならず、14度目の優勝を飾った一昨季も、前評判を覆しながらトーナメントの山をしぶとく勝ち上がってきた。

 過去14度も優勝を飾っている欧州一のクラブなのにチャレンジャー。この絶妙な立ち位置を抜きに、近年のレアル・マドリードは語れない。だが、ドルトムントを相手にすると、チャレンジャーという要素は消える。

 できればあまり攻めたくない。主導権を握りたくない。マンチェスター・シティ戦(準々決勝)、バイエルン戦(準決勝)のように、守備から入る展開を得意にするレアル・マドリードにとって、マイボールの時間が増える展開は、歓迎すべき形ではなかった。ボールを奪っては有効なカウンターを繰り広げるドルトムントに、実際、幾度となく手を焼くことになった。

 14分、フリーで抜けだしたドルトムントの1トップ、ニクラス・フィルクルク(ドイツ代表)のシュートはポスト右に抜ける。21分には同じくフリーで抜けだしたカリム・アデイェミ(ドイツ代表)が、この日が復帰戦となったGKティボー・クルトワ(ベルギー代表)と1対1となるチャンスを迎えた。さらにその2分後、左サイドバック(SB)イアン・マートセン(オランダ代表)のスルーパルを受けたフィルクルクの左足シュートは、右ポストに跳ね返された。

 28分にはMFユリアン・ブラント(ドイツ代表)の縦パスを受けたアデイェミが決定的なシュートを、41分にもMFマルセル・ザビッツァー(オーストリア代表)が強烈なミドル弾を放ったが、しかし、いずれもクルトワの美技に阻まれ、ゴールを奪うことができなかった。

 決定機、惜しいチャンスの数でレアル・マドリードを大きく勝った前半に先制ゴールを決めていれば、レアル・マドリードは苦境に陥っていただろう。

 レアル・マドリードはいつものように、左ウイング、ヴィニシウス頼みのサッカーだった。その足もとにボールが収まると、ドルトムントは途端に静かになった。彼が両軍のフィールドプレーヤーのなかでナンバーワンの選手であることは、一目瞭然となった。

【交代直後の決勝ゴール】

 レアル・マドリードはその結果、左から攻め、右で守る展開となり、対峙するドルトムントも右で守り、左で攻める展開となった。

 レアル・マドリードの右からの攻めが左に比べて落ちることも、マートセン、アデイェミの活躍を誘発した原因である。キツそうに見えたのはアデイェミと対峙する関係にあったレアル・マドリードの右SBダニエル・カルバハル(スペイン代表)だ。この選手がこの決勝戦の最高殊勲選手になろうとは、後半のある時まで想像だにしなかった。

 レアル・マドリードは後半28分、連続してCKのチャンスを得る。この試合限りでの引退を表明しているトニ・クロース(ドイツ代表)が蹴った、その2度目の右足キックだった。欧州でも屈指の音量を誇るドルトムントサポーターのサイドで起きた出来事だったこともつけ加えておきたい。

 ニアサイドでカルバハルが合わせると、ボールは弧を描くようにファーサイドへ吸い込まれていった。決勝ゴールが決まった瞬間である。

 その直前、ドルトムントサポーターは湧いた。この試合をもってチームを離れるマルコ・ロイス(元ドイツ代表)が交代選手としてピッチに送り込まれたからだ。ベンチに下がったのはカルバハルが手を焼いていたアデイェミ。その決勝ゴールとこの交代劇は少なからず関係していたのではないか。ロイス投入で湧いたドルトムントサポーター席は一転、沈黙することになった。

 ロイスは左ウイングの位置でカルバハルと対峙したというより、真ん中に寄って構えた。ドルトムントの左サイドはSBのマートセンがひとりでカバーする状況にあった。後半38分。そのマートセンがミスを犯す。ジュード・ベリンガム(イングランド代表)へプレゼントパスを送り、次の瞬間、ヴィニシウスのダメ押しゴールが生まれた。

 サイドの攻防が見ものとなった決勝戦だった。しかし、それ以前に特筆すべきは、クルトワが前半に見せたビッグプレーの数々かもしれない。

 レアル・マドリードはこれで優勝回数を15に伸ばした。1955−56シーズンがスタートなので、59シーズンで15回ということになる。確率は25%以上。

 W杯では過去22大会中、5回優勝しているブラジルが200数カ国の頂点である。それに対してCLでのレアル・マドリードの場合、分母は何千とある。CLに名称が変更されてからの32シーズンで9度目の優勝。確率は約28%だ。少なくとも4シーズンに1度は優勝している計算になる。奇跡に近い成績、と言っていいだろう。