鎌田大地の残留の決断を心待ちにするラツィオ 最大のライバルはクリスタルパレスか
鎌田大地の新しい人生に向けての"マニフェスト"は、シーズン最終節の試合でもしっかりと見て取ることができた。
試合開始3分、サッスオーロ陣内。マッティア・ザッカーニからのパスを受けた鎌田がヒールパスでバレンティン・カステジャーノスをフリーにした。惜しくもディフェンダーに阻まれたが、本能的で、想像力に富み、細心の配慮で敵のブロックを外そうとするプレーだった。それはまさにフランクフルト時代の鎌田が見せていたものだ。本当の鎌田がやっと戻ってきたのだ。惜しむらくはそれが少々遅かったことだろう。
セリエA最終節サッスオーロ戦にフル出場した鎌田大地(ラツィオ) photo by Italy Photo Press/AFLO
鎌田とラツィオの現在の契約はあと10日ほどで切れる。しかしフォルメッロ(ラツィオの本拠地)から聞こえてくるのは、「大地はラツィオに残り、来季のヨーロッパリーグ(EL)に出場すべきだ」という声だ。サッスオーロと引き分けたラツィオは7位でセリエAを終え、ELの出場権を得た。つい数日前、ジャン・ピエロ・ガスペリーニの率いるアタランタが獲得したタイトルへ、来季は挑戦することになる。これは契約更新において大きなアドバンテージとなるだろう。
鎌田の代理人であるロベルト佃とマヌエル・フェレイラは、来週にもフォルメッロに来て、ラツィオのアンジェロ・ファビアーニSDとクラウディオ・ロティート会長との話し合いの席に着くだろう。1年前の合意によれば、更新後は年俸300万ユーロ(約5億1000万円)の3年契約ということになっている。
ただ、鎌田のテーブルの上にあるカードはラツィオだけではない。彼のもとには、ブンデスリーガの2チームとプレミアリーグの3チームからのオファーが寄せられている。そのうちのひとつはクリスタルパレスで、率いるのはオリバー・グラスナー監督。フランクフルト時代の恩師だ。
グラスナーは再び鎌田を手元に置きたいと切望している。グラスナーほど彼を評価し、重用した監督はいない。彼のもとで鎌田は92試合をプレーし、25ゴールを決め、12アシストをしている。ドイツ時代の鎌田はトップ下もしくは中盤でプレーしており、グラスナーの敷く3−4−2−1の布陣もフィットしていた。おまけにクリスタルパレスはラツィオより高い、年俸500万ユーロ(約8億5000万円)を提示してきている。鎌田の心が揺らぐのも当然のことだろう。
【インテル戦で最高の評価】
しかし、ラツィオの指揮官イゴール・トゥドールというファクターも鎌田の未来にとって重要なものであるのは確かだ。トゥドールはサッスオーロ戦の前に記者会見でこう明言している。
「彼の望みはラツィオに残ることのようだ。とにかく数日以内に決断するだろう」
トゥドールは鎌田を評価し、リスペクトし、ことあるごとにそれを彼に伝えようとしている。
「私は彼のプレーが好きだ」「彼のメンタリティーは満点だ」「トレクアルティスタ(トップ下)としてもDFの前でも問題なくプレーできる」「頭のなかにコンピューターを持っているようだ」「他の選手も皆、彼のようだったら......」「鎌田が10人ほしい」「彼のような選手はどんな監督でも手に入れたいと思うだろう」......。
トゥドールがラツィオのベンチに座ってから、鎌田はリーグ戦すべての試合にレギュラーとしてプレーしている。9試合1アシスト、そして今季優勝を果たしたインテルから奪った1ゴール。エリア外から放った美しい左足のシュートが、ヤン・ゾマーの守るゴール突き刺さった。
このインテル戦での鎌田への評価は、ラツィオに来てから最高のものだった。昨年9月のナポリ戦での評価も高かったが、その後、マウリツィオ・サッリは鎌田からレギュラーの座を奪い、マテオ・グエンドゥージを重用した。しかしトゥドールはその反対だった。グエンドゥージを外して鎌田を入れた。それも中盤で創造性を発揮する存在として。レジスタ(司令塔)でもあり、時にゴールを急襲し、常に足元にボールを持つ。サッスオーロ戦では鎌田はトレクアルティスタとしてプレーしたが、それ以前の試合では司令塔としての動きをした。
2022年10月、鎌田のフランクフルトは、当時トゥドールが率いるオリンピック・マルセイユとホームで対戦し勝利した。この試合、鎌田は開始早々、自らのゴールで先制点を挙げた。当時の鎌田は中盤でプレーしていたが、トゥドールはその試合で、鎌田の動きと前線に飛び出す力に感銘を受けたに違いない。トゥドールは、あの時の鎌田をラツィオで見たいのだ。
そのチャンスはまだある。フォルメッロから伝わってくるニュース、監督の言葉、シーズン終盤で鎌田が見せたフォーマンス、やはりすべてがひとつの方向性を指示している。
もうひとつ重要なファクトがある。数日前、鎌田は6月に行なわれるW杯アジア予選を戦う日本代表のメンバーに招集された。森保一監督は、1月のアジアカップでは他の選手を使うことを選んだようだが、今回はラツィオでの活躍が彼を納得させたようだ。鎌田はこうした落ち着いた現在の環境を手放し、移籍して新たなリスクを冒すだろうか。
つい先日、前監督のサッリがテレビ『スポルティタリア』のインタビューに答え、鎌田と、かつてバロンドールに3度輝いたフランスのファンタジスタ、ミシェル・プラティニの例を持ち出すことで、自身の采配を正当化しようとした。
「プラティニがイタリアに来たときも、最初の5カ月は苦労していた。だから、大地も慣れるのに時間がかかっても不思議ではない。ただ練習では彼はその才能を見せていたし、高いクオリティーのプレーを見せていた。彼のテクニックの高さに疑いを持ったことはなかったが、私がいた数カ月はかなり苦戦していた」
しかし、そんな鎌田の苦悩を簡単に解いたのはトゥドールだ。問題は単にシステムとポジションにあったのではないかと、トゥドールは言う。
「たぶん鎌田はサッリ監督のサッカーにはあまり合っていなくて、より私のサッカーに向いている選手なのだろう」
鎌田が残留の意思を固め、トゥドールのもとで真価を発揮することを、ラツィオは心持にしている。