羽生結弦が『ファンタジー・オン・アイス』で見せた新たな表現 思いがじんわり体に浸み込んでくる
アイスショー『ファンタジー・オン・アイス』が5月24日、千葉・幕張メッセで開幕した。
羽生結弦は、6月の神戸公演と静岡公演には出演できないが、幕張公演ではファンにとってうれしいプレゼントがあった。近年はしばらくアーティストとのコラボレーションの1プログラムだけだったが、今回は第1部と第2部で、久しぶりに2つのプログラムを演じたのだ。
『ファンタジー・オン・アイス』に出演した羽生結弦
オープニングで羽生は、いつものように4回転トーループをきれいに決めてソロで踊るシーンも見せた。そして第1部での登場は、ステファン・ランビエールが10年前のプログラム『Ne Me Quitte Pas』を情感たっぷりに再演し、会場の空気が濃密になったあとだった。
最初に演じたのは、3月の『notte stellata』で初披露したピアノ曲『ダニーボーイ』だった。
「コンセプトは、希望です。その希望のなかには、たとえば過去があって未来がある。過去の希望は、うれしかったことだったり、戻りたい過去だったり、震災前だったり。そういったものに対して手を伸ばす、希望に手を伸ばすところがあったりします。
逆に、未来に対して手を伸ばして、未来の希望に向かって祈りを捧げるみたいなシーンがある。リンクの真ん中が現在で、ステージから見て左側、最初に見ているシーンが過去で、反対側が未来というようなイメージでデビッド・ウィルソンさんに振り付けをしていただきました」
羽生は、このプログラムについて『notte stellata』宮城公演でこう話していた。
そして今回は、木の葉が敷き詰められたような照明のなかで踊った。最初に跳んだ3回転フリップや次の3回転ループ、最後のディレイドアクセルだけではなく、スピンでもキャメルスピンやシットスピン、アップライトスピンを組み合わせて表現を濃密にする滑り。
滑りや体や手足の動きのすべてが、繊細に響くピアノの音や余韻を表現しているような、高い完成度だった。
そのなかにも、そこはかとなく郷愁感のようなものもにじみ出させる演技で、以前よりさらに研ぎ澄まされた鋭さも感じさせた。
羽生に続いたのは、第1部最後のガブリエラ・パパダキス&ギヨーム・シゼロンの『BACH』。無人の氷原を思わせるような照明のなか、ふたりだけで重厚に踊るアイスダンスの演技は、羽生がつくった空気感を持続させるような濃密な世界。圧巻だった。
【新コラボはひと味違った表現】そして、第2部の大トリで羽生が演じたのは、T.M.Revolutionの西川貴教とのコラボレーション。曲はアニメ『機動戦士ガンダムSEED』の挿入歌『ミーティア』だった。
羽生は、公演プログラムのインタビューでも「小学生の頃から聞いていたので、今回出演されると聞いてびっくりしました。どうやってコラボレーションしていけるか、すごくドキドキもしているし、ワクワクもしています」と話していた。
戦いに臨む者たちの、複雑な心情が表現されている歌詞。メリハリのある滑りのなかに、3回転フリップとトリプルアクセルを入れた演技は、これまでの激しい曲とのコラボレーションのような、自身の心情を爆発させるような激しさを正面から感じさせるものとは違った。
歌詞への思いをその瞬間ごとに直接伝えようとするのではなく、冷静にコントロールして流れに溶け込ませ、物語全体のなかから感じさせる滑り。思いが鋭い刃のようになって見る者に突き刺さるというより、見終わった時に彼の思いが、じんわり体のなかに浸み込んでくるような演技だった。
プロアスリートになってから2年。羽生はまるで突っ走るように、自分の世界を模索し、表現し続けてきた。そんななかでより熟成してきた彼自身のフィギュアスケート。今回の『ファンタジー・オン・アイス』ではそれを、明確に見せてもらった。