プロ6年目のブレイク 日本ハム・田宮裕涼は打てて、守れて、走れる「新スタイルの捕手像」を確立できるか
成田高(千葉)の田宮裕涼(ゆあ)捕手の評判を耳にして、実戦を見に行ったのは彼が3年春の県大会だった。だが、その日のメンバー表を見て驚いた。「捕手」としての能力が高いと聞いていた田宮だったが、「4番・一塁手」の出場だったからだ。
「田宮、今日はキャッチャーで使いません。県内の強いチームが見に来ていますから」
試合前、成田高の尾島治信監督がキッパリ言いきった。残念と同時に「そこまで大きな存在なんだ」と、興味がグッと湧いた。
あれから時が経ち、久しぶりに尾島監督と当時の話をすると、開口一番、笑顔でこう言った。
「よく覚えています。五島(卓道/木更津総合高監督)さんでしょ......。あの頃の田宮は、すべてにおいてチームの中心。あいつを潰されたら、チームも潰されかねないので......夏のことも含めて、とてもじゃないけど出せませんでしたね」
今季、自身初の開幕スタメンを果たした6年目の日本ハム・田宮裕涼 photo by Koike Yoshihiro
就任3年目を迎えた新庄剛志監督率いる日本ハムに今季、若き正捕手が誕生しようとしている。昨季終盤、強肩とパンチ力光るバッティングで台頭の兆しを見せた田宮。今季は開幕から一軍でマスクを被って、もうすぐ2カ月になる。ここまで(5月23日現在)36試合に出場し、112打数36安打(打率.321)、1本塁打、17打点。チームも2位と好調を続けており、田宮は欠かせない"戦力"になろうとしている。
その片鱗は、彼が成田高でマスクを被っていた頃からあった。
「4番・一塁手」で出場した翌日は、宿敵・木更津総合との一戦。この試合で定位置の「3番・捕手」で出場した田宮は、才能を見せつけるかのように躍動する。
まず驚いたのが、スローイングだ。イニング間の投球練習での二塁送球で、弾道の低い球が二塁ベース上に突き刺さる。リリースの瞬間、しっかり縦にボールが切れるから見事なバックスピン回転となり、ボールが垂れない。ショートバウンドだろう......と思った送球が、最後にひと伸びしてベースにピタリと届く。
百戦錬磨の五島監督は、初回からスチールを仕掛けて田宮を揺さぶってくる。完全にアウトのタイミングだったが、あまりの送球スピードの速さにベースカバーに入ろうとした野手が追いつけず、盗塁を許す。それでも観客席から上がった「おおぉー」という歓声は、田宮の鉄砲肩を称賛するものだった。
「そう、スローイングなんです。田宮がすばらしいのは」
尾島監督の言葉に熱がこもる。
「アイツがすごいのは、あのスローイングを3年間変えなかったことなんです。おそらく『二塁ベースに届かせよう』という意識はなかったはず。上から叩きつけるような軌道で、ベースに突き刺す。その意識を崩さなかったのが、田宮なんです」
まだ体幹の強さが足りず、下級生の頃はベース前でショートバウンドしてしまう送球が目立ち、みすみす盗塁を許してしまう場面があったという。
「当時、『もうちょっと送球の軌道を上げてみたら』って言おうかと思ったんです。でもある時、『アイツは今からプロに行った時のことを見据えているんじゃないか』と。プロから認められ、プロに進んでからの強力な武器にするために、あの弾道の低い送球にこだわっているんじゃないかと」
【成田高に来るような選手じゃなかった】当時の田宮は、身長175センチ、体重73キロと決して大きな体躯ではなく、足は速いけど、飛び抜けた長打力があったわけじゃない。プロ野球界のサバイバルに勝つには、武器のスローイングを磨くしかない。そんな覚悟が、すでに高校の早い時期から芽生えていたのでは......と尾島監督は振り返る。
「(成田高OBの)唐川(侑己/現・ロッテ)の時も、クイックとか牽制とか、細かいことはあまり言わなかったんです。大きく育てるというか、田宮の場合もそうかもしれませんけど、一生懸命練習して、体が大きく強くなればできるようになるんです」
中学時代の田宮は、強豪と言われる佐倉シニアでプレーし、バリバリの正捕手だった。「ほんとなら、ウチに来るような選手じゃない......」と尾島監督は謙遜するが、じつは田宮の祖父が成田高野球部OBで、母のお兄さんふたりもそうだった。
「来るべくして来た選手とも言えるんですけど......」
そうした運命的なつながりもあったわけだ。
そして尾島監督は、田宮の身体能力だけではなく、人間性も高く評価する。
「バッティングだって、ベースランニングだって、あれだけ能力がありながら、田宮は『オレが、オレが......』というタイプじゃない。黒子(くろこ)にもなれるヤツなんです。それが今も、起用してもらっている要因のひとつじゃないかと思うんです」
【新しいスタイルの捕手像】以前、プロ野球で200勝以上挙げている投手から、こんな話を聞いたことがある。
「投手にとっていい捕手とは?」と質問すると、「いろんな意味で、気分よく投げさせてくれる捕手」と即答した。そのことを尾島監督に告げると、こんな答えが返ってきた。
「当時から、田宮はピッチャーのその日のベストボールを探り当てて、その投手の能力を最大限に引き出そうと気を配っていました。配球にしても、『これを投げてこい!』じゃなくて、『次はこのボールでどうかな?』みたいな感じで、あくまで投手優先のリード。『ナイスピッチング!』って、投手がみんなから讃えられているのを、遠くからニコニコしながら眺めている。そんなヤツでした」
田宮は、昨年までの5年間で31試合の一軍出場しかなかったから、かなり疲れもあるはずだ。それでもしっかり食らいつき、チームの勝利に貢献している。
「今の調子で、1年間ケガなくいってくれたらいいんですが......いつも元気でチームにいる。キャッチャーがチームの信頼を得るには、それが最良だと思うんですよ」
昨年秋のドラフトで、日本ハムが2位で指名したのは、アマチュアナンバーワン捕手と評されていた上武大の進藤勇也だった。その瞬間、尾島監督は「田宮、危うし!」と不安を抱いたという。
「それでも今年は一軍の試合に使ってもらって、チームの勝利にも貢献している。私たちの知らないうちに、アイツがそれだけの実力者になったということ。きっと、私たちがわからないところで、必死に頑張ったんだと思うんですよ」
そんな田宮に、尾島監督は託したいちょっとした"夢"があるという。
「あれだけ守れて、打てて、それに足も武器になるでしょう。そういうキャッチャーって、今までそんなにいなかったように思うんです。だからこの先もっと腕を磨いて、絶対的なレギュラーになって、『田宮タイプ』という新しいキャッチャー像を確立してほしいですね」
打てて、守れて、走れる──活気に溢れたプレースタイルの捕手が、いよいよ本格化し、プロ野球界に新たな風を吹かす。