2月14日、佐賀県鳥栖市。北部グラウンドのトレーニング施設で、J1サガン鳥栖の選手たちは汗を流していた。いつもより早い春の訪れを予感させる暖かさ――。沖縄でのキャンプを終えたチームは、前日には佐嘉神社で新シーズンに向けての戦勝祈願を行なった。ケガ人の多さは不安要素だったが、チームとしての仕上がりは悪くないようだ。

「ボールに行こう!」


サガン鳥栖の練習を見守る川井健太監督と小林祐三スポーツダイレクター photo by Kyodo news

 選手を叱咤するコーチの声が聞こえる。それに応じ、選手の強度が高まる。そこに呼吸があった。ただ、その励ましがなくてもオートマチックに動けるのが理想だろう。トレーニングでは、「プレス」(圧力をかける)ではなく、「ハント」(狩りする)という言葉を用いることで、本気でボールを奪いに行く動きを浸透させていた。

「リアクションは近い人だけじゃダメ。遅れたら後が大変だぞ」

 コーチがさらに具体的に熱を高めた。「ハント」は守備ではない。全力で攻撃に用いるために使う。敵陣近くでボールを奪ったら、必然的に攻撃はゴールに直結する。

 トレーニングの仕上げで、GKが出したボールに「ハント」をかける。奪い返すとダイレクトでトップに入れ、それをダイレクトで落とし、もうひとりがシュート。最短距離で最も迅速にゴールに迫る。その後、ボールを奪い返した選手がセカンドをミドルで狙う。連続性のなか、トランジションからのゴールもイメージさせていた。

 そして、こだわるべきはロジカルな定理から編み出された細部でのクオリティにある。

 そのディテールこそ、J1最年少監督である川井健太が起こしている渦の中心にあるものだろう。チーム予算規模は常にリーグで一番下か二番目。それまでJ1のレギュラーだった選手はほとんどいないが、その力を最大限に引き出している。それでJ1残留という結果を残しているだけでなく、北海道コンサドーレ札幌のミハイロ・ペトロヴィッチ監督から称賛を受けるほどの攻撃サッカーを示しているのだ。

 2024年シーズン、鳥栖の全貌とは?

【「勝つことでトライを正解にしたい」】

「(川井監督就任)3年目のチームの積み上げ、勝つことでその価値を示したいですね」

 そう語るのは、"川井チルドレン"とも言える堀米勇輝(31歳)だ。

 堀米はJ2モンテディオ山形時代に川井監督の指導を受け、鳥栖に呼び寄せられた。プラチナ世代の天才レフティも、J1では長らく燻っていたが、過去2年で目覚めたように才能を発揮している。

「(川井)健太さんがよく言っているのは、『たとえミスをしても、いいプレーをしたとしても、次のプレーをたえず意識して』という連続性ですね。そこは自分が長く指導を受けているのもあるので、体現したいし、大事に取り組みたいです。きついときにこそ、チャンスだとは思っているので、スプリントをやりきって試合を決められるか。守備のところでも、ポジションに最後のところで戻れるか。そこは求められているところですね」

 攻守の切れ目がない連動が、選手の力を引き出し、チームの力になる。

「個人的には、試合に出る時間が増えて、できることも増えて、でも勝てないと悔しくて......。去年の終盤戦は勝ち星をつかめなかったですから。対戦する選手に『いいサッカーしているね』と言われるのはうれしいですけど、勝たないと何も残らないんじゃないか、というのはあって、ここからは自分自身が『うまい』じゃなく、自分のキャラを変えても結果を残して戦える"勝つための要素"になりたいですね」

 川井チルドレン筆頭の決意だ。

「(川井)監督がやっているトライはすばらしいものだと思うので、それを正解にしたいですね。自分たちが勝つことで」

 そう語ったのは鳥栖の守護神である朴一圭(34歳)である。2023年シーズンはトップランクのセーブ率を記録。足元の技術にも優れ、鳥栖の攻撃サッカーの原理とも言える。

「川井監督には"余白"をもらっていると思うので、あとはピッチに立った選手が何を選択し、決断できるか。真面目に言われたことをするだけでなく、よりいい道があると確信したら、勇気をもって選ぶ。それこそ、監督が求めていることだとも思っています」

 川井監督には、仮説を立て、それを実証する実験を続け、新しい戦いを見つけ出す"サイエンティスト"の一面がある。そのため、一般的にうまくいきかけたように見える布陣や戦い方も躊躇なくばらす。ひとつのヒントから見たこともない答えに辿り着こうとする。結果、選手によっては混乱するが、それを理解し、整理できない選手は戦場で恃(たの)むに値しない。知性と勇気が求められるサッカーだ。

「今シーズンは、GKとして自分自身にフォーカスしてやることも大事だなと思っています。ベストイレブンとか、個人賞も狙いたいですね。いくらスタッツを残しても、上位にいないともらえないので。ただ極論を言えば、最少失点だったら下位もない。結局、自分がどれだけ止められるか。圧倒的スタッツを残せるように」

 朴はそう言って、こう続けた。

「ひりつくような試合をしたいです。横浜F・マリノス時代、優勝を争って勝ち取った経験(2019年)はとてつもなく大きくて、人を2倍も3倍も成長させるものだった。それを鳥栖でできるように!」

 鳥栖は波乱を巻き起こせるのか? 2月24日、開幕戦は本拠地にアルビレックス新潟を迎える。