なでしこジャパンインタビュー
藤野あおば(FW/日テレ・東京ヴェルディベレーザ):前編

パリ五輪アジア最終予選を間近に控えるなでしこジャパン。昨夏の女子W杯での戦いぶりから、五輪切符獲得はもちろん、本番でのメダル獲得も期待される。その原動力として大いに注目されるのは、藤野あおば(20歳)だ。将来のエース候補である彼女の成長、思考に迫る――。


なでしこジャパンの若きホープ、藤野あおば。photo by Hayakusa Noriko

「このプレーヤーが日本のライジングスター?」

 オーストラリア&ニュージーランドで開催された昨夏の女子ワールドカップ。なでしこジャパンのトレーニング後に、海外メディアから見せられた写真に写っていたのは、藤野あおばだった。彼女の存在が"ライジングスター"として広く認知されたのは、日本国内からではなく、ニュージーランドの地から、だった。

 このわずか1年前、U−20女子W杯で準優勝したチームの主力として活躍。間をあけずになでしこジャパンに招集された。すぐさまプレー機会を与えられ、格下のナイジェリア、ニュージーランドが相手だったものの、冷静かつ強気なプレーを披露。いきなり高い可能性を見せつけると、続けてイングランド、スペインといった世界トップクラスを相手にしても、十分に戦えることを示して、なでしこジャパン内での信頼を勝ち取った。

 目の前に開けた世界への道――。

 初めて現実的な目標と捉えたワールドカップは、藤野にとっては特別な場所だ。やや気負いも見えたが、大会直前に藤野は「もう、思いきりやっちゃおうかなって(笑)」と言って、夢の舞台に強い決意で臨んだ。

 その思いを最も表していたのはグループステージ第2戦、コスタリカ戦のゴールだ。ニアサイドをぶち抜いて、角度のないところから決めたシュートは世界を驚かせた。

 ただ、その圧巻のゴールを除くと、自分なりに思いきったプレーとして挙げたのは、意外なシーンだった。

「探り、探りではあったけど、初戦のザンビア戦は(自分の)やりたいようにやってたなぁ〜、と。たぶん(今までで)一番自由にやってましたね。

 開始10分くらいに左サイドからのボールを中央寄りで受けて、振り返ったら(ゴールが)『遠い!?』って思ったところから打ったミドルシュートがポストに当たったんですけど。あれ、冷静に考えたら、さすがにここから打たないでしょってところからでしたし(笑)」

 なでしこジャパンに馴染めば馴染むほど、藤野からは当初の積極性が影を潜め、「どうにかチームに貢献しよう」といった想いから、周囲に気を遣うような、考えすぎるプレーが出始めていた。

 だが、大会前に宣言したとおり、藤野にとって特別な世界の舞台に立ったことで、本来の思いきりのよさが復活。それはまた、彼女にとっては大きなチャレンジでもあった。

「もっと言えば、準々決勝のスウェーデン戦での最後のFK。(1点ビハインドの状況で)"1点"が重要な場面......。ふつうだったら、『自分は蹴らないです』って言っていると思います。

 あの時は(長谷川)唯さん、(遠藤)純さん、そして自分の3人がキッカーと決まっていて、(ゴールに)近かったら自分が蹴ることになっていましたが、あの状況では誰もが唯さんが蹴ると思っていたはずですし。

 でも、唯さんが『いける?』って聞いてくれた時には、『はい』と言っていました。直接FKを決めるための練習をずっとしてきたわけでもないし、そもそも(それまでに)蹴る機会もなかったんですが、あの時は『蹴りたい』って思ったんです」

 試合を振り出しに戻すビッグチャンスだった。ニュージーランドの地元ファンからもニッポンコールが沸き起こるほど、注目を集めた場面。だが、彼女から放たれたFKは、無情にもバーを叩いた。

 結果、日本は準々決勝敗退に終わったが、この一本が藤野のさらなる飛躍、この舞台へと引き戻す原動力になるに違いない。ニュージーランドでの激動の1カ月は、藤野を変えた。

「ワールドカップに行って、技術うんぬんとかはぜんぜんダメだったと思います。でも、あそこに立つには自分ひとりじゃ絶対に無理だった。家族が現地まで見に来てくれたり、あんなビハインドの場面、(さらに)上まで行けるかどうかっていう状況のところで、FKを蹴らせてくれた唯さんもそうだし......。

 だから、もっと"表現"したい。それほどの想いを(周囲が)自分に注いでくれたっていうことを強く感じましたから。それに応えるためにも、点を決めたい、勝ちたいっていう想いが強まりました」

 大会前は、周りの先輩たちに対して「こうしたほうがよかったですか?」とコミュニケーションを取るスタイルだった藤野。自身の感情を出すことに抵抗があったが、今は自らの働きによって勝利を引き寄せることを、誰に憚ることなく、全力で欲している。

「画期的な変化です(笑)」と言って笑う藤野の変貌は頼もしい限りだ。

 なでしこジャパンは今、パリ五輪のアジア最終予選を目前に控えている。昨年10月の2次予選を突破し、残すは北朝鮮との一騎打ちのみである。

 女子サッカーは、オリンピックを一区切りとしてチームを強化していく。目の前の重要な戦いを勝ち抜いて、大舞台に挑むことは現チームの集大成とも言えるが、藤野の捉え方は少々異なる。

「ワールドカップは、やっぱりサッカーの祭典なので特別です。オリンピックは、日本全体がこのスポーツの祭典に沸く。比較するのは難しいですね......。(自分にとって、女子サッカーにとって)オリンピックって何だろう?」

 2011年のなでしこジャパン優勝によって、広く知られるようになった女子ワールドカップ。それ以降に競技生活を充実させていった世代にとっては、それが当然の感覚なのだろう。いや、いずれは女子サッカーのサイクルも、男子と同じくワールドカップを基準軸に据えるようになっていくのかもしれない。

 であれば、ここで必要以上にプレッシャーがかかることはないだろう。しかも、幸か不幸か、2次予選をケガで戦うことができなかった藤野は、今回初めてオリンピック予選というものに触れることになる。

「なでしこジャパンって不思議で、一緒にプレーすると『上手いな!』『楽しいな!』って思うんです。それで、2次予選をテレビで見ていた時、いつもテレビで見ていた顔ばかりなので、それはそれで違和感はないんですけど、(そこにいたのは)自分がいたチームではなくて......。自分もここに行きたいなって......」

 2次予選では結果はもちろんのこと、ワールドカップで戦った3バック(5バック)ではなく、再び4バックのシステムを試したり、実戦のなかで戦術の幅を広げていく作業も同時に行なっていた。また、格下相手の戦いだったため、新戦力たちも結果を残していったが、それを見た藤野に焦りはなかったのだろうか。

「ワールドカップには出させてもらいましたけど、もともとなでしこジャパンに自分の場所が確保されているわけじゃない。競争があってのメンバーだから、(他の選手と)比べてもしょうがないです。自分には自分のよさがあるから、もし自分が入ったら『こうしようか』という目線でしか見ていませんでした」

 そのイメージを持って臨んだ2次予選後のブラジル遠征では、先制点を挙げ、改めて積み重ねてきた力を自ら確認できた。同時に見えてきた次なる"壁"は、以前と同じようで、異なることに気づいた。

「海外の選手と戦う時、ドリブルやボールを持つところは、自分のよさとして出せる自信はある。それを考えると、スペースがあって、運ぶ時間があるからこそ、選択肢がたくさん出てくる。

 パスを出すにしても、サイドの(清水)梨紗さん、中にいる唯さん、奥の(宮澤)ひなたさん、前の(植木)理子さん、たなっさん(田中美南)......。考える時間があると、より慎重にどこがいいのか。ここに出すとこうなるっていう考えとプレー速度が追いついてないところが出てくるんです。でもこれは(周りが)見えてきたからこそ、出てきたものなんですよね」

 成長を重ねる藤野の、その純度はさらに増している。その分、悩みは尽きないようだが、彼女は実に楽しそうだ。

「楽しいですよ!」

そのクシャっとした笑顔に迷いは感じられない。

 パリ五輪最終予選の第1戦は2月24日に行なわれ、出場が決まる第2戦(2月28日)の舞台となるのは、国立競技場だ。

 初めて北朝鮮を破ってアテネ五輪出場を決めた場所で、再び歓喜の瞬間は訪れるはずである。そこには、観客を沸かせる藤野の姿があるに違いない。その時、彼女はどんな表情を見せてくれるのだろうか。

(つづく)◆藤野あおば、20歳――WEリーグで増す存在感>>

藤野あおば(ふじの・あおば)
2004年1月27日生まれ。東京都出身。日テレ・東京ヴェルディベレーザ所属のFW。2022年U−20女子W杯で日本の準優勝に貢献。その直後になでしこジャパンに招集され、2023年女子W杯に出場。グループステージのコスタリカ戦では、男女を通じて最年少記録(19歳180日)となるW杯ゴールを決めた。