アラビア半島の東海岸沿い──ペルシャ湾に突き出る、小さな半島の国で開催されたテニス大会「カタールオープン」の初戦。大坂なおみ対キャロリン・ガルシア(フランス)の一戦を、マリオン・バルトリさんは最初から最後まで、ひとつのプレーも見逃さぬ集中力で観戦していた。

 現在39歳のバルトリさんは、2013年のウインブルドン女王にして、元シングルス世界7位。それらの戦績もさることながら、左右両手打ちのカウンターパンチャーは、元医師の父親と二人三脚で編み出した独自のプレースタイルと、数字やデータに強い明晰な頭脳でも知られていた。

 引退後はその能力を生かし、指導者や解説者としても広く活躍。カタールオープンには英国の放送局『Sky』のコメンテーターとして訪れていた。

 博覧強記の元トッププレーヤーは、大坂なおみの復活をどう見ているのか? 手振り身振りも交えながら、詳細かつ明瞭に、たっぷりと語ってくれた。

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元ウインブルドン女王が分析した大坂なおみの今 photo by Getty Images

── 今大会での大坂選手のパフォーマンスを、今年1月の全豪オープン時と比べてどう感じましたか?

「動きの面では、大きな向上が感じられました。特にキャロリン・ガルシア戦は全豪オープンで負けた相手なので、いい比較対象になりますよね。動き、反応......特にサーブのあとの反応が、オーストラリアの時よりはるかによかったです。

 全豪ではサーブを打ったあと、足もとに返ってきたリターンに対してのミスが多かった。対してここドーハでは、すでにその部分が大きく改善されていました。それは技術面、戦略面、そしてフィジカル面のすべてにおいてです。サーブを打ったあとにどのような体勢を取り、どこに動くが明確化されていました。

 もちろん現時点では、以前に比べて筋力が足りず、体も重いと思います。そこに関しては、まだ時間が必要でしょう。彼女は産後、たった3カ月ほどの練習期間を経て戻ってきました。それは、ものすごく早い復帰です。だから彼女自身、あまり焦る必要はないと思います。

 それでもすでに、あらゆる面で全豪オープンの時よりもよくなっています。精神面も非常によさそうですね。(準々決勝の)カロリナ・プリスコバ(チェコ)戦では、試合終盤にやや体力ぎれして、それが100%の状態でサーブを打てなかった理由だと思います。それでも、非常に集中していたし、コート上で何をすべきかわかっていたように見えました」

── ハードコートは彼女が最も得意とするサーフェスですが、5月〜7月はクレー(土)と芝のシーズンが待ち構えています。そこが大坂選手にとっての課題となりそうでしょうか?

「正直、なおみが芝に向いていないとは、私には思えません。なにしろ彼女は、セリーナ・ウィリアムズ(アメリカ)と比肩する最高のサーブの持ち主なのですから。

 そうなると、課題はリターンです。サーブ、そしてリターンという最初の一打でいかに優位に立つかが、芝では何より重要です。その点に関しては、彼女のコーチのウィム・フィセッテがすでに着手していると思います。

 対してクレーは、まったく異なるアプローチが必要になります。コート上でスライディングする技術や、多くのショットバリエーションなど。いつもより多くトップスピンをかける必要もありますが、その点に関しても、ウィムは対策を練りはじめているようです。

 今の彼女は、苦手なコートや大会をスキップするのではなく、年間を通してプレーすることを切望し、すべてのサーフェスで上達したいと思っているようです。だからこそ、ウィム・フィセッテとの相性は最高だと思います。なぜなら、彼はデータ分析に長け、クレーのように5球以上ラリーが続く状況下で、どうプレーするかをなおみに示すことができるからです。

 クレーで勝つには、選手とコーチがしっかり話し合い、戦略を立て、その戦略を実行するための練習やフィットネストレーニングが必要になります。この先、彼女がすべてのサーフェスでどのようなプレーを見せるのか、楽しみです。それは今年だけでなく、この先、5年、7年と。彼女のキャリアは、まだまだ先が長いでしょうから」

── 大坂選手のコーチのウィム・フィセッテ氏について、あなたはたびたび言及されています。彼は評判のよい指導者ですが、どのようなコーチだと感じていますか?

「実はちょうど、テレビ番組用に1時間ほどウィムにインタビューをしたので、彼の考えについても言及してきました。それに私は、現役の時に『相手選手のコーチ』という形で彼とも対戦してきましたからね(笑)。特に(優勝した2013年の)ウインブルドン決勝で対戦した時のサビーネ・リシキ(ドイツ)のコーチでしたから、彼についてはよく知っています。

 ウィムは非常に経験豊富なコーチで、たくさんの選手を指導してきました。そして何より重要なのは、なおみの直近のコーチだったことです。彼は『ベストの時のなおみ』を知っている。これは選手にとって、非常に心強いことです。

 今、自分がどこにいるのかを正確に示してくれる。ベストの時に比べて、20%足りないのか、25%なのか? 選手が最も不安に感じるのはその点なので、その部分について信用できるコーチの存在は、非常に大きなものです。コーチの立場からしても、選手の何ができて、ピークはどこにあるかを知っていることで、指導もしやすくなります。

 それにウィムは、データを使うことに長けています。それも選手にとって安心材料です。数字を示して『ここが足りないから改善しよう』と言われたら、理解しやすい。感覚的なことを言われるよりも、コートに向かい、厳しく練習やトレーニングに打ち込むうえで、モチベーションにもなります。

 なおみの目標は非常に高いと思うので、そこに到達するには多くの練習や努力が必要になります。今回のドーハでの結果(準々決勝敗退)は、非常に大きな意味を持つと思います。自信を得てアメリカに戻り、十分な準備期間を経てインディアンウェルズ(BNPパリバオープン)とマイアミオープンという、彼女が得意としている大会に向かうことができますから。

 そこから先は、子どもとの時間のバランスも重要になってくるでしょう。娘を連れていくのか、いかないのか──。そのあたりの判断は、週によって変わっていくと思います。いずれにしても、彼女の復帰はテニス界にとっても非常に明るいニュースです」

── お話を聞いて、あなたの分析力や言葉での表現力の高さに驚いています。

「ありがとう(笑)。私が現役の頃を覚えているかもしれませんが、私はパワーやスピードに恵まれている選手ではなかった。だから勝つためには、賢くある必要があったのです。目標に到達するには、自分の武器を最大限に活用しなくてはいけなかった。その目標とは、もちろんグランドスラムの優勝でした。

 そのような現役時代からの訓練に加えて、メディアの経験を積むことで、分析力は上達したと思います。それに今は、非常に詳細で多くのデータや動画を見ることができますよね。視覚や感覚だけではわからない情報も手に入るので、男女問わず、戦略や勝因・敗因について語ることができるようになりました。

 テニスの解説は『Sky UK』に加えて『Amazon Primeフランス』、ウインブルドンの時は『BBC』でやっています。あとは『バルトリ・タイム』というラジオ番組を持っていて、そこではサッカーやラグビー、サイクリングに柔道なども取り上げています。そのような経験も、素早く思考する能力や、話術を磨く助けになったと思います」

 選手としての経験や、解説者や取材者としての視座も交えながら、多角的に大坂を分析するバルトリさん。彼女は大坂の「近い未来」について、次のように明言した。

「なおみが妊娠のためにツアーを去った時(2022年9月)から今までの間、女子テニスのレベルは上がりましたが、そこまで劇的な変化ではありません。ですから、彼女がかつてのベストの状態に戻れたら、必ず勝てるようになると確信しています」......と。